2012年5月17日 (木)

辺見庸『死と滅亡のパンセ』(二)

『死と滅亡についてのパンセ』にある思考と言葉は、
私が内臓辺りで抱えあぐねていたもやもやとしたものを触発し
そこに形を与えてくれます。
比喩あるいは詩的イメージに映し出すようにしながら。

「泰淳のエッセイ『滅亡について』は言う。『すべての倫理、すべての正義を手軽に吸収し、音もなく存在している巨大な海綿のようなもの』。ついで、こう記している。『すべての人間の生死を、まるで無神経に眺めている神の皮肉な笑いのようなもの』。」(「死と滅亡のパンセ」)

「すべての倫理、すべての正義を手軽に吸収し、音もなく存在している巨大な海綿のようなもの」
「すべての人間の生死を、まるで無神経に眺めている神の皮肉な笑いのようなもの」
自分のもやもやもここに関わっているのだと思います。
「巨大な海綿のようなもの」と「神の皮肉な笑いのようなもの」が
私の外部からきこえてくるだけでなく明らかに内部からも始まっているのです。
今自分でもそれがすごく怖いと思います。
たとえば悲しい出来事や他者の痛みやファシズムの脅威を目の当たりにしながら、
自分が全存在で同じ痛苦にうちふるえているかといえば
決してそうではない。
内部にぼんやりとした無感情な洞のようなものがたしかに拡がっている。
よく自分自身に耳をすませば
そこで自分の声は他人の声のように響いている。
あるときは笑いのようにしてさえ。
「悲しい」という声もまた本当には私の真実の声であるとはいいきれなくなっているです。

そう、自分の中にある声にすら不信を抱きます。
「悲しい」と言いながら本当は声の奥には響かない薄闇があり、
そこにはたしかに皮肉な笑いさえきこえている。いつからか本当はずっと。
しかしそれが予感を超え、たとえば詩を朗読する時に自分が放つ声に
「巨大な海綿のようなもの」の沈黙や「神の皮肉な笑いのようなもの」の残響を
を内奥から意識してしまったら
何か恐ろしい事態が出来するのではないでしょうか。
真摯な物言いをしながら、それがじつは自分を装っている不気味なものの声であることを声の内部から覚知してしまったら、
自分の中で何かが崩壊しはしないでしょうか。

国際電話のエコーをめぐっての声の考察に戦慄を覚えました。
「わたしの声はわたしが話すたびにわたしから離れて浮游し他者化された。それをなにか不当なことに感じ、他者化されたわたしの声をわたしは嫌うようになった。といっても、わたしの声と妖しい残響は、どのみちわたしという他者の反映なのであり、わたし=主体との同一化は、可能なようでいて絶対的に不可能なのである。ひとの開口部からいったん発せられた声はつまり、元の鞘におさまることはない。」(「声の奈落」)

かつて私もまた、いってみれば日常的に発する自分の声をどこか疑うがゆえに
声ならぬ声としての詩を書き始めたのではないでしょうか。
自分の本当の声がききたくて。
あるいはむしろ言葉という誰のものでもない声になってしまいたくて。

2012年5月16日 (水)

辺見庸『死と滅亡のパンセ』(一)

辺見庸さんの『死と滅亡のパンセ』(毎日新聞社)を読了しました。 Shito_2
一昨日のジジェクの言葉を借りればこの一書は、
「この世界にはうんざりしている」
という無自覚に抱き続けていた感情の実体を
私の底からあぶり出し、
知や感性のいわば「根源的なオルタナティヴ」を与えてくれた気がします。
哲学的でもあり詩的でもある詩人の言葉の力は、
外部に吸われ拡散しかけていた思考と感覚に
忘れていた重心を取り戻させてくれました。

その重心とは何か。
それは「死と滅亡」をよるべなき個として見据える立ち位置のリアルな確かさであり、
3.11以後じつは私たちに残された唯一のものである「ことば」と
それを語り書く私たちとの関係のありようを感じつくし考えつくす
問題意識の深さであり、
そしてとりわけ現在この国で語り書く者が巧みに回避し続ける
「じぶんのなかにある自己抑圧の機制との対峙」
を自他に触発するダイナミズム、強さです。
それはひとことでいえば、「言葉の重心」、あるいは「言葉という重心」でしょう。

「死と滅亡」。
それは今この国で最も自己抑圧されているテーマではないでしょうか。
3.11以後
どんな立場の言説においても自己抑圧されてしまったのは、
反原発でも反反原発でもなく、
まさに「死と滅亡」への欲望であると思います。
もちろんそれはこれまでもずっと抑圧されてきた欲望でしょう。
年々増える自殺者や餓死者やうつ病患者や引きこもり者は
むしろ「死と滅亡」への欲望を募らせながら抑圧し否認してきた結果ではないでしょうか(そのために象徴化や昇華の機会を失ってきたのです)。
さらに大震災後私たちは
あのような途方もない「死と滅亡」の光景を先んじて見せつけられ
一切のことばをやすやすと失ってしまったために、
そもそも生命の欲望、蘇生の欲望のように持っていた「死と滅亡」への欲望を
むしろ深くおしころし自己規制してしまったのではないでしょうか。
それがもたらす想像力と解放感、そして言葉の力と共に。

「わたしはそれとなく待っていたのだ。いまもそれとなく待っているのかもしれない。世界のすべての、ほんとうの終わりを。目路のかぎり渺々(びょうびょう)とした無のはたてに立ってはじめて、新しい言葉──希望はほの見えてくるだろう。本書の各文章はそのような気持ちで書かれた。」(「世界の終わりと新しい言葉─あとがきの代わりに」)

ここに表現されているのは、文学的な言辞の次元にとどまらない、
すべての人間にとっての真の蘇生の境地なのです。

2012年5月15日 (火)

「人は幻想なしに生きていけない」という心配には及ばない

昨日ジジェクを話題にしましたが、Jije_2
このスロヴェニア出身の哲学者は、ポスト構造主義者とか、マルクス主義者とか、精神分析家とも言われますが、
かつて数冊の著書に、難解ながらも魅惑された私には
「ラカン派の精神分析による政治や文化現象の解読者」という印象です。
私はラカンの著書は余り理解できませんでしたが
斎藤環さんの『生き延びるためのラカン』(バジリコ)で
少し分かったつもりになったという気持になった覚えがあります。
そこでラカンって面白いと思ったのは、
言葉や欲望が本来空虚であるものであって、
じつはその空虚さこそが人を結びつけたり、資本主義や人間の文明を持続させているという考え方です。
しかも欲望は言葉が作り出すもので、だから本当は人間にとって欲望以上に空虚なものはないのだけれど、
不思議なことに私たちは日頃自分の欲望こそを最も実体的に感じてしまうこと。
そうでなければ生きていけないという人間は面白くて恐ろしい存在。
そのようなラカンの欲望についての考えは
今を生きるみなが小耳に入れておく必要があるのではないでしょうか。
自分が望む貨幣や人のまなざしが
不在である時に最もつよく欲望の対象となる「対象a」なのだと心のメカニズムとして把握しそこから考えていくのは
色々な社会的な事象の奥にあるものを考えるために有効だと思います。
「対象a」とは完全な他者としての対象ではなく、
じつは自分自身が深く関わる幻影であって
実際は小文字aの存在に過ぎないものです。
ラカンの考えを学ぶことで、
そのような正体のあっけない影に振り回されないよう、
そのメカニズムを逆手にとるということも可能ではないのかと思います。

さて、昨日はオキュパイでのスピーチを紹介しましたが
最近ちょっとジジェクをふりかえるきっかけとなったものがあります。
5月1日の朝日新聞に掲載された
東浩紀氏のインタビュー記事。
東氏は独自に憲法改正案を作り、今夏発表するとのことです。
記事の中の東氏の発言にあった次の箇所にあれっと思いました。

──改正試案のコンセプトは何ですか。
「『ストックの国家』と『フローの国家』の両立です。ストックとは、1500年前までさかのぼるひとつの精神的な共同体としての日本です。幻想かもしれないが、幻想なしには人は生きていけないから、試案では日本という国を尊重しろと書き、天皇は元首として位置づけました。他方、日本国籍を持っている人が世界中に散らばり、世界中から様々な国籍の人が日本に入ってくるという、フローを前提にした憲法をつくる必要がある。」

後段も国際交流をうたうようでいて
「国籍」という言葉をやけにあらっぽく強調していて気になりますが、
前段も試案とはいえ、「精神的な共同体」には驚きました。
本気なのでしょうか?
あまりにも稚拙なクリシェですし、
そういうクリシェは今や普通シニカルにしか使えないはずです。
まあ試案であり、誰がどんなふうに憲法を改正することを夢想するのは勝手ですから
その内容についてはここではとりあえず問いません。
しかし気になったのは
「幻想かもしれないが、幻想なしには人は生きていけないから、試案では日本という国を尊重しろと書き、天皇は元首として位置づけました。」
というところ。
恐らくこれはジジェクの『幻想の感染』のとても表層的な換骨奪胎です。
ジジェクは幻想とは、物語や他者との関係が絡み合って生まれる、欲望に方向性を与えるものであると言っています。
つまりそもそも幻想とは、明示されていれば幻想にはなりません。
「天皇」という明示された「幻想」は、ただの抑圧的な「表象」にすぎないということです(表象を守るためにきっと治安維持法なども生まれる危険があるでしょう)。
そもそも私たち人間にはいつしか幻想が骨身にまで染みこんでしまうからこそ、
それを解きほぐすために精神分析以前も以後も様々な思考と象徴化の努力を続けてきたのではないでしょうか。
つまりこの東氏の発言は、幻想という言葉が引き起こすべき文脈とまるで逆なのです。
ジジェクを故意にB級化したような無責任な放言としてしか聞こえません。

もちろん私たちは「人は幻想なしに生きていけない」というご心配には及びません。
人はこの世に生まれてからすでに限りなく幻想に感染しているのですから。

2012年5月14日 (月)

赤インクと青インク

「ウォール街を占拠せよ」での
「スラヴォイ・ジジェク - 民主主義と資本主義の結婚は終わった] http://beneverba.exblog.jp/15980772/に触発されました。
(なお動画はこちら→ http://youtu.be/zFk0ZXGO3aYです)

「私たちには、私たちが望むあらゆる自由があります。私たちには、ただ赤いインクがないだけなのです。私たちの不自由を明確に表すための言語が。」
ここで「赤インク」とは、書かれていることが嘘であるということを示す色、
反対に「青インク」は、書かれていることが真実であることを示す色です。

私たちは、今、間断なく資本主義の欲望に追われるマスメディアによって、
実体のない夢やイメージを間断なく強いられています。
それらが嘘であることは自覚しているのに、
その自覚を伝えうる話法を獲得していない、とジジェクは言うのです。
つまりそれほど資本主義の欲望の虚無とは根の深いものだということです。

そう、もはや資本主義と民主主義は相反するものになっています。
資本主義は夢や幸福のイメージだけはくれる。
しかし人々から夢や幸福を実現する手段を奪ってばかりいる。
マスメディアは人間の切なる欲望をたえず社会全般に触発するのに、
現実的な一人一人の個人の内面においては
そのような欲望の不可能性を深淵をひらくように暗く苦く自覚させられるだけです。

日々、私たちの足下には底しれない深い虚無がひろがっていく。
その不安に、ともすれば次々与えられる夢や幸福のうつろなイメージに
うつろな感情のまますがりつくことにもなってしまいかねない。
今、日本に独裁者を待望する気分が広がっているとすれば
その原因はまさにそうした精神的なメカニズムにあるでしょう。

人が今
与えられる一方の夢や幸福のイメージを嘘であるというためには
一人一人が自分の中から見出す鮮やかな赤インクが必要です。
ジジェクが言うように、
私たちは「より高い生活」ではなく「より良い生活」を望んでいます。
「より良い」は「より高い」よりも言葉にするのが難しい。「より良い」を語る文法は、一人一人が生きる中でつかみ取らなくてはならないから。
それをつかみとるためには、
誰しもが今自分が抱える「この世界にはうんざりしている」という感情の
リアリティを感じつくすことと、
一人一人がどんなオルタナィヴを望んでいるのかを考えつくすことが必要でしょう。
それら双方を往還し模索することからこそ、インクの赤の鮮やかさはつかみだすことができるのです。

青と赤は補色関係。
鮮やかな赤インクは、
青インクに遙かに、しかし確かに呼応する。
詩人には
生命の根源の二色が呼び合うような
資本主義の中から屹立する新たな文法と言葉を獲得する直覚の力があるはず。
詩は今
「どうか、あなたが欲するものを望むことを恐れないでください。」
と言葉の中から人を励ます言葉でなくてはならない。

2012年5月12日 (土)

「PACE」6号/「私の中から今その声を聴く──アルフォンソ・リンギス『汝の敵を愛せ』

「PACE」6号が出ました。Pace
特集は「洛北出版という天使」。

「PACE」は
「2004年4月6日、立命館大学の学部生と院生十数人で、有事法制と日本政府のアメリカによるイラク占領への加担に反対するために立ち上げたネットワーク集団」(まえがき)です。
今号の編集長は竹村正人さん。
洛北出版は知る人ぞ知る、2004年に立ち上がった
京都の新しい知の発信基地としての出版社。
装幀も美しく内容も斬新な人文関係の書物を刊行しています。
京大近くの、まさに思想の隠れ家のような同社に私も一度伺ったことがあります。
代表の竹中さんの本作りの熱い思いもきかせていただいた記憶も。

今号は竹中さんへのインタビューと
同社刊行の主だった書物についての若き評者たちによる書評でLingis
構成されています。

私も光栄なことに
同社刊行第一号のアルフォンソ・リンギス『汝の敵を愛せ』の書評を書かせていただきました。
以下、冒頭部分だけを引用しますが、
これだけでも私がいかにリンギスの情動とそれを支える文体に惹かれたか、
分かっていただけると思います。

 私の中から今その声を聴く──アルフォンソ・リンギス『汝の敵を愛せ』
                                                 河津聖恵
 これは、情動という人間が隠し持ついわば動物的な謎の力をめぐって、書かれた書物だ。知が、感覚が、魂のうねりに連動して次々と言葉と化し、リンギスの思考や感覚が、みえない強烈な光彩となり頁から匂い立つ。情動という危険な力を、肯定する賭けに出た哲学である。だが賭けのない書物など、人間社会が死産をつづける紙束に過ぎない。この本はまぎれもなく生きている。このはかない社会に一匹の動物として挑む。闇の中の黒い光をぎらぎらと放つ手応えがある。
  情動。その概念の、物質的に社会に躙り寄るような響きが好きだ。「欲望」が、この消費社会が作り出す幻影(たとえばラカンのいう「対象a」、失われてそこにないことで価値を生むもの)への徒手空拳の飢えであり、失われたがゆえに欲望するというタイムラグを孕むとすれば、「情動」は今眼前にあるものが瞬間的に触発する、人間の中の動物の目覚めであり、そこから引き起こされる世界の無限のうねりといえる。それがタイムラグを含まないのは、惹く者、惹かれる者の双方が、世界という動物の熱い一枚の皮膚そのものとして永遠に繋がっているからだ。
 イースター島のモアイ像へ誘われた文明人リンギスの情動から、本書は身じろぎだす。
「テ・ピト・オ・ヘヌアで私ははっきりと悟った。はかりしれないほど遠方に向けられ、あの石を巨大な彫像へと変えた熱情は、大波のように盛り上がる火山それ自体から引き出されたのだ。あのがらんどうの目は、空の燦然(さんぜん)たる輝きをうつし、唇には風や海の歌が流れ、あの巨大な石の顔やその衣服は、情熱のように熱い溶岩や、不安そうにたえず動きつづける深海の色を湛(たた)えていたのだ。」
 

2012年5月 9日 (水)

5月4日/劇団アランサムセ「歌姫クロニクル」

5月4日、大阪市立青少年センターで
劇団アランサムセの「歌姫クロニクル」を観ました。Kuro
李英哲原作・脚本、金正浩演出。
李さんといえば、
以前月刊「イオ」に掲載されていた小説「水曜日たち」を読み、
詩性と歴史性をきわどく交錯させた実験的なその作風に一瞬で魅了された作家です。
今回の原作も、同誌に掲載されていたもの。
脚本もご自身で書かれたそうです。

物語は少し時間が経ったのでこまかいところは追えませんがざっと。

歌姫ナビが率いた朝鮮人の若者たちのバンド「ナビ&パルチザン」が、
廃校となった朝鮮学校を占拠して行なった、
伝説の“7days籠城ライブ”から10年後。
朝鮮人に(そして日本人にも)自己否定を強い続けている苛酷な日本社会に
人と人を連帯させる歌が消えて久しい。
再び廃墟となった朝鮮学校も近々取り壊され、
跡地に大手スーパー・マーケットが建つという。
そんな中、この町で育った朝鮮人の少女たちが、町おこしの祭りをきっかけに、
ガールズ・バンドを作ろうと乗り出す。
彼女たちは、まだ幼かった頃に、“7days籠城ライブ”を見ていた。
その後行方知れないナビにまつわる人々の記憶や噂から、
いつしか歌姫の魂は少女たちに乗りうつる。
「ナビ&パルチザン」の幻影を追いかけつつ、
少女たちは歌を蘇生させるために立ち上がる。
まるで生命の欲望のように。
「朝鮮人はもういやだ」と反語の叫びを上げる朝鮮学校生もUtahime
原発被害から逃れてきた福島の日本の少女も、
日本人のように生きてきた朝鮮人の少女も、
籠城の最後にみずからを捧げるようにチョゴリを切り裂いた歌姫の意志を受け継ぎ、
取り壊される校舎に立ち尽くす。
舞台は朝鮮学校や朝鮮人の未来を観客に問いかけて終わる─

劇中で歌うナビ役のfasunさんの歌声も素晴らしかったです。「チョゴリ」という歌は、一昨年、東京朝鮮高級学校で見た、廊下にチョゴリの形の色紙にハングルで書かれていた詩であることを、友人の許玉汝さんが教えてくれました。

「まぶしいチョゴリの白で この身体を包み/夢におどるオッコルム やさしい風になびかせ/ウリハッキョへと続く坂道を 毎日のぼってゆく/愛しい妹たちよ オンニの話を聞いておくれ/・・・/ふるさとの地がひとつの歴史を刻む日/おまえたちよ ついに民族の花と咲き誇れ/つつじの花を運ぶ 統一の風に乗ってゆけ/チョゴリは ふるさと、祖国へとはばたく われらの翼」

われらの翼。そう、チョゴリは翼なのです。ナビ(蝶)の羽根です。

少女や兄や元教師の台詞には、
現在朝鮮人と日本人の双方に突き付けられた痛みが
巧みに、リアルに表現されていました。
劇が佳境に入る頃には、
私も自分の中で少女たちと共に語り、叫ぶ思いがしました。
歌とは何か、それは魂のつながりを蘇生させるのか、
あるいは国家という幻想を復活させるか、ひいては詩とは何かと
さまざまに考えさせられました。
「朝鮮学校など、歌などなくなってしまえ」という
日本人の警察官の声を借りて発せられていた国家の悪意は
歌い連帯する者たちへのリアルな挑戦として響き残りました。

そして舞台美術も、シンプルだけれど象徴的な完成度に達している
素晴らしいものでした。

2012年5月 6日 (日)

「環」49号/「連載・詩獣たち」第6回「詩という空虚を抱え込んで─ガルシア・ロルカ」

「環」49号にKan
「連載・詩獣たち」第6回「詩という空虚を抱え込んで─ガルシア・ロルカ」を書いています。

ロルカといえば、「ファシストに虐殺された詩人」として知られています。
しかし決して反ファシズムの思想ゆえに殺されたのではありません。
確かに彼は人民戦線に加わっていましたが、
それは「革命家ではない本当の詩人はいない」という信念からです。
つまりファシストたちは
彼が本当の詩人であるがゆえに危険視し、憎んだのです。
ロルカの宿命の悲劇性は
これまでこの連載で触れた、あるいはとりあげた詩人たち、
尹東柱やパウル・ツェランやランボーや中也の悲劇性とも
確かに通底しています。

ロルカの詩には、
人間の魂が遙かに共鳴し響き合うための
美しいゆたかな空虚があります。
そのためにファシズムは詩獣を憎みました。
しかしその詩的空虚はファシズムの炎の中からも不死鳥のように甦り
今も私たちの魂をうちふるわすのです。今回、その不死の秘密に、詩人の生涯と時代背景をからめて迫ってみました。

「ガルシア・ロルカの詩は、音読する時にその美しさがもっとも立ち現れると言う。スペイン語の原詩を我流に読むだけでも、その豊かな音楽性は感じられる。だがたとえ翻訳であっても、その詩には詩人の魂の動きが、おのずと見えてくる。悲しみと歓びの透明な波動が、光や風や水のように伝わってくる。磨き抜かれたプリズムのような詩獣。その詩は、世界の煌めきに共鳴し、ガラスのような感性で愛や苦悩を屈折させる、類稀な美しい空虚の結晶体だ。詩という空虚こそは人間の魂の真実である──詩獣は、空虚を押しつぶす政治の肉厚な声の暴力が世界を満たし始めた時代に、透明な声で高らかにうたった。」(冒頭部分)

なお、今号の特集は「3.11と私─東日本大震災で考えたこと」です。

2012年5月 2日 (水)

5月2日朝日新聞朝刊 憲法学者・樋口陽一氏インタビュー「国民が権力を縛る 明治からつながる 日本の『持ち物』」

明日は憲法記念日です。
このところ、
復興の迅速化を理由に改憲を推し進めようとする動きが目に余ります。
自民党が出した改憲法案などは
国家が国民(「国民」は憲法の英語原文では「people」、つまり「人々」で、日本に居住する全住民ということです)を縛るという方向をあからさまに示していて驚きました。
その方向はもちろん現憲法の国民主権という理念に反したものです。
現憲法の精神に反する改憲というのはまさに憲法改悪だと思います。
現憲法が押しつけであるとか、九条では国を護れないとか、
改憲勢力は様々に正当化していますが
本当にかれらの言い分は正しいのでしょうか?
私自身は少なくとも国民(people)一人一人が現憲法の精神や成り立ちをきちんと知らされ、
自分自身と憲法の間に一対一の関係を打ち立てることが出来ているとは言い難い今の状態のまま、
政治家が自分たちの思惑だけで迅速に憲法を変えてしまおうとしていることは
大変恐ろしいと思います。
とりわけ今は、じつは原発事故の被害が止め処もないという状況です。
もしこのような中で国家が主権を握る方向への改憲が実現すれば、
確実に情報統制や、言論や集会や移動の自由の制限などが発令され
国民(people)は途方もない不利益を蒙ることになるはずです。

本日の朝日新聞朝刊に
憲法学者の樋口陽一さんのインタビューが素晴らしかったのでご紹介します。
樋口さんが一年前に出された『いま、憲法は「時代遅れ」か』(平凡社)は
とても分かりやすい憲法入門書であると共に
国家とは何か、人間とは何か、という私達にとって根本的な問題をめぐる
貴重な、そしてスリリングな思考が各所に煌めいていました。

インタビュー 戦時世代が語る憲法といま オピニョン
国民が権力を縛る 明治からつながる 日本の「持ち物」

                              憲法学者 樋口陽一さん

大震災、原発事故、そして決められない政治。社会に行き詰まりを感じるなかで、憲法が障害だという意見も出ている。憲法に対する私たちの見方が変わってきているのだろうか。護憲の論客で「私は戦時世代」と語る樋口陽一さん(77)に聞きに行った。

 東京の自宅の窓から、六本木や赤.坂の街が見えます。夜には明るく輝いている。豊かさを楽しむ人たちがいるのでしょう。一方、3.11後の苦難を強いられている多くの人たちがいます。新聞の社会面には餓死や孤独死といった悲惨なニュースが絶えません。
 公正な社会をつくろうというのは、第2次世界大戦後、日本も含め、戦勝国にも敗戦国にも共通した流れでした。日本国憲法はその一つとして生まれました。この憲法のもとで私たちは、外国から「日本ほど平等な社会はない」とまで評価された社会をつくってきました。それがどこでどう変わってしまったのか。
 大震災、そして原発事故という大きな試練と合わせ、一度、戦後の出発点に立ち返って考える時期だと思います。私自身は、まだ答えは見つかっていません。
          ■  ■
 敗戦の年の1945年、私は仙台市内の国民学校の5年生でした。7月に空襲があり、危なくなったので家族で農家の馬小屋を借りて住み、そこから通学しました。当時の学校は兵営みたいで暗く、貧しかった。級長をしていましたが、ある日先生から「副小隊長を命ず」という辞令を渡された。クラスが軍の単位でいう小隊で、先生が小隊長、私が副小隊長というわけです。
 夏休みが終わって2学期になったら、役の名前が学級委員に変わりました。学校も急に民主化されたのですね。福沢諭吉流に言えば、 一身にして二生ならぬ三生を経る、です。
 私たちの世代は戦争には行きませんでしたが、戦時を体験したという意味では「戦時世代」です。この体験を次の世代に引き継げただろうか、という思いがあります。
 戦前の日本がすべて真っ暗な時代だったというわけではありません。誰でも知っている明治時代の自由民権運動があり、これも誰でも知っている大正デモクラシーがあり、マルクス・エンゲルス全集が世界で一番売れたという時代もありました。
 45年7月に米・英・中の3カ国が日本に降伏を求めたポツダム宣言に、こんな文言があります。「日本国政府は日本国国民の間に於(お)ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙(しょうがい)を除去すべし」。戦前の日本には民主主義があったことを、ほかならぬポツダム宣言の起草者が認識していたわけです。
 日本国憲法を「この国に合わない」「押しつけだ」と非難する人たちがいますが、それは違う。この憲法の価値観は、幕末以来の日本の近代と無縁ではありません。先ほどあげた自由民権運動や大正デモクラシーといった、幕末・明治以来の日本社会の「持ち物」とつながっています。むしろ35~45年の国粋主義、全体主義の時期こそ、幕末からの流れと異なるものだった。ポツダム宣言は軍国主義に染まる前の日本の民主主義を「復活強化」せよといい、日本政府はそれに調印したわけです。
 大東亜戦争に負けた翌々年の5月3日、日本国憲法が施行されました。私は新制中学の1年生でした。初めて日本国憲法を知ったときの印象ですか。学校であの有名な冊子「あたらしい憲法のはなし」が配られました。当時の私は「そういうものか」ぐらいの感じでしたが、少し年上の先輩は「基本的人権」という文字を見て、そんな言葉があるのかと身震いしたといいます。
          ■  ■
 日本国憲法が想定している人間像とは、一人ひとりが自分自身の主人公であり、主人持ちではいけない、というものです。誰かがではなく、自分で自分のことを決める。作家の井上ひさしさんは、人間にも砥石が必要だ、と言いました。砥石で自分を磨いて、立ち位置や居住まいを正す。それが憲法の言う人間像であり、人権の基本です。
 よく、人権というと、甘いとか、きれいごとだと受け止める人たちがいますが、実際は逆です。誰かが決めてくれた方が、ずっと楽ですから。その誘惑は常にあります。
 自分で決めると言いましたが、「自分でも決めてはいけないこと」もあります。しかもそれが何かは、自分で決めないといけません。
 国民主権についてもそうです。たとえば、ドイツ憲法は第1条で、国民主権よりも前に「人間の尊厳」をうたっています。ドイツは過去に国民全体でヒトラーとナチスを受け入れてしまった。それが大量のユダヤ人虐殺を生み、第2次大戦につながった。だから今度こそ、人間の尊厳を冒すようなことは決めてはいけない、たとえ主権者たる国民の多数を占めても、決めてはいけないことがある。憲法でそう定めたわけです。ドイツは、抽象的な憲法原理でそんなことを言っているわけではありません。
 民主主義という制度は、選挙という民主的な手続きによって、独裁者を生んでしまうおそれがあります。民主的に生まれた権力であっても、国民が作る憲法によって制限する。それが憲法の役割です。政治家の側が、選挙で多数を得たのだから白紙委任で勝手なことをしていい、などということにはなりません。
 近代国家における憲法とは、国民が権力の側を縛るものです。権力の側が国民に行動や価値観を指示するものではありません。数年前に与野党の政治家たちが盛んに言っていた、憲法で国民に生き方を教えるとか、憲法にもっと国民の義務を書き込むべきだ、などというのはお門違いです。
 今から120年も前、大日本帝国憲法の制定にかかわる政府の会議で、伊藤博文がこう語っています。
 「そもそも憲法を設くる趣旨は、第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保全することにある」
 憲法をつくるとはこういうことです。伊藤は、いわば模範解答を残した。憲法によって国家権力を縛るという「立憲主義」の考え方を理解していたことがわかります。
 明治から昭和のはじめにかけて、立憲改進党とか立憲政友会のように「立憲」の名を冠した政党がいくつもありました。それほどなじみのある言葉だったのです。では、現代の政治家たちはどうでしょうか。
          ■  ■
 私が生まれ育った東北は、戦前、貧しさに耐えられずに娘を売るなどということがずいぶんありました。一方、当時の東京の銀座や浅草ではモダンな消費文化が大きな花を咲かせていた。戦争も震災も、大きな格差を抱えた中での惨禍という意味で、私には重なって映ります。 3.11の天災・人災と生活格差が覆ういま、11条の「基本的人権」や13条の「幸福追求の権利」、そして25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」といった日本国憲法が持っている理念を、私たち戦時世代は次世代に引き継がなければいけません。冒頭で「戦後の出発点に立ち返って考える時期」とお話ししたのは、そういうことです。
 停滞する政治や社会を、憲法を改正することで変えよう、という声が聞こえてきます。
 しかし、例えば衆参両院の議論がまとまらないのは、憲法が定める二院制が悪いからでしようか。決められない首相は、公選制になったら正しく決断できるようになるでしょうか。憲法に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」があるのだから、脱原発で電力が十分に供給されないのはけしからん、とでも言うのでしょうか。あの小泉純一郎首相でさえ、イラクヘの自衛隊派遣の際「参戦」とは言えなかった。本当に9条は空洞化したのでしょうか。
 自分たちで新しい憲法を書きたい、作りたいという若い人たちがいるそうですね。そのこと自体は健全な考え方だと思います。議論することには反対しません。
 ただ、お願いしたいのは、その際、日本の近現代史、さらには世界史まで視野を広げてほしいということです。少なぐとも幕末まではさかのぼって、自分たちの社会を作ってきた先人たちが何を考え、どういう犠牲を払って何を達成し、何を達成できなかったのか。どれを継承していくか、捨てるものがあるとしたら何か。過去の蓄積の上に現在があることを、忘れないでください。
 世界には、日本国憲法よりはるかに古い憲法を今も使っている国があります。アメリカでは「建国の父」たちの権威は絶対で、1788年に成立した合衆国憲法、あるいは1776年の独立宣言が現役です。フランスでは1789年の人権宣言が現行法なのです。彼らには、こうしたものを度外視して憲法草案をつくるという発想はありません。 憲法という基本法を作り直すということは、自分たちの歴史に向き合うことでもあります。論議をするのなら、そのことは十分に意識してほしいと思いますね。
 「決められない政治」にいらだつあまり、大きな物差しでこの社会の将来を考えることを、忘れないでください。
          (聞き手 編集委員・刀祢館正明、秋山惣一郎)

2012年4月30日 (月)

4月22日イベント(2)・民族器楽重奏団「ヒャンギ」ファーストコンサート

4月22日午後2時からH2
京都市立堀川音楽高等学校の音楽ホールで
民族器楽重奏団「ヒャンギ」のファーストコンサートが行われました。
詩人の許玉汝さんにお誘いを受け足を運びました。
あいにくの雨でしたが、
会場はほぼ満員御礼で驚きました。
多くは在日コリアンの人々でしたがそれもそのはず、
この「ヒャンギ」(「芳しい香り」という意味)は、
「民族教育の過程で民族楽器に出会い、民族の心を受け継いだ在日3世、4世を中心に結成された京都で初めてとなる朝鮮の民族器楽重奏団」(パンフレット)なのです。期待感は高いはずです。
ちなみに京都朝鮮第三初級学校のクラブ「民族器楽部」がルーツだそうです。

私が朝鮮学校で感動を受ける光景の一つに
民族楽器のクラブで生徒達がすごく真剣に、そして生き生きと
民族楽器を演奏する姿があります。
その時、生徒達にとって楽器はただの道具ではなく
かぎりなくいとおしい生命を持ったものになっているのだと感じるのです。
遥かな故郷である朝鮮の山々から伐り出されてきた木で作られた楽器と
指や唇あるいは体全体が一体化し共鳴する。
そして何百年もの時を生き死にした祖先たちと交感する。
その共鳴と交感のよろこびが
端から見ている私の胸にもじんと伝わってきます。
そして何だか羨ましいという気持にさえなります。
日本人の私には、これまで触れえた民族楽器が殆どないのですから。
(その代わり木や水や風が何か遠く懐かしいものをいつでも奏でてくれますが)

このコンサートのプログラムはH_3
伝統的な曲である「トラジ」や「アリラン」から
「情熱大陸」や「コンドルは飛んでいく」などの現代的な曲まで、
多彩な構成となっていました。
各民族楽器の特徴を活かすように選曲されていたようです。
ソヘグムやカヤグムやコムンゴやチャンセナブなどは
これまでも聴いたことがありましたが、
今回初めて聴いた楽器は「ヤングム」でした。
長方形の共鳴箱の上に鉄線を張り、フェルトをつけたバチで叩いて演奏するものです。
「洋琴」とも「揚琴」とも書くようですが、
ハープともピアノともつかないとてもとてもきれいな音色に感動しました。
このヤングムが独奏した「別れの曲」(朝鮮映画の挿入歌だそうですが、恋愛映画なのでしょうか)が余りにロマンチックで涙が出そうでした。
また今回は京都朝鮮中高級学校の民族管弦楽部も民謡「フェヤンニルリリ」を演奏。
数々の栄冠に輝いたプロ並みの実力派の演奏に唸らせられました。
そしてコンサートのラストは
オリジナル曲の「ヒャンギ」。
その名の通りとても香り高い美しい曲で胸に染み入りました。

民族という存在は私自身の中にはないけれど、
この会場に来ている人々はみな音色に民族の香りを吸い込み、
自分の奥にある民族のいのちを優しく触発されたんですね。
席を立ち出口に向かう人々の表情は
たしかに何か不思議に輝いている気がしました。

民族楽器は素敵です。
時を越えた魂の故郷の音が、今ここに生きる人々の心を励ますという奇跡は
何度目にしても私は胸を打たれるのです。

2012年4月27日 (金)

4月22日のイベント(1):「にじいろクレヨン」報告会

少し前のことになりますがKure 4月22日(日)に参加したイベント二つについて。

午前中は、
昨年夏にもこのブログで記事にした
宮城県石巻を拠点に、仮設住宅の子どもたちのために活動する
NPO法人「にじいろクレヨン」の代表柴田滋紀さんの報告を聴きに行きました。
場所は、京都・二条にある絵本のお店「きんだあらんど」。
「きんだあらんど」は「にじいろクレヨン」に読み聞かせ活動のための絵本を
選択し、定期的に送っています。
出資者は60名ほどいるそうですが、私も昨夏からその一人です。

「にじいろクレヨン」は忍耐強く定期的に
この一年絵本のよみきかせ、一緒に遊び、話をきくという活動を続けてきました。
その成果あって、子供達は当初の孤独と不安から解放されつつあるそうです。

「きんだあらんど」の店長の蓮岡さんによれば
そもそも絵本を読むこととは読む人の全てがそこに受容されることだそうです。
信頼する人(とりわけ親)が絵本を読むことは重要とのことです。
どの子にどの絵本が今必要なのかを見極めるのが
絵本を扱う専門家である「きんだあらんど」の役割です。

柴田さんによれば石巻の仮設住宅の問題点は、
入居が地区ごとではなく先着順だったということ。
だから共同性がいまだなかなか生まれにくいそうです。
時には子どもたちの遊ぶ声を疎ましく思う人もいる。
だから活動の際には近隣の人々を気遣い、話を聞くことも必要になります。
また仮設と被害を免れた周囲の家々とは没交渉になりがちで、
そこも時にはみずから訪れ繋がなくてはならない場合もある。
大変な仕事です。

震災後の子供が描いた
真っ黒な手形だらけの絵には本当に胸が痛みました(親を亡くした子も、当初親とはぐれて心に傷を負った子もいます)。
しかし色と、絵の具に触れることには、大きな癒やしの効果があると柴田さんは言います。次第に絵が明るくなっていったそうです。
もちろん、PTSDはこれから現れる可能性が。
震災後二年経つと自殺が増えてきたという阪神大震災の時のデータを見ても心配だ、と。

この読み聞かせの支援をまずは10年続ける、と柴田さんは言いました。
それから何年はこれこれ、そしてその次は・・と。
目標は「挨拶が出来て、身の回りのことを自分で出来ること」。
そしていつか「何かの役に立てる人間になればいい」と。
みずからも被災者である柴田さんは
真剣に子どもたちと向き合い、子どもたちの未来に対しきちんと責任を背負おうとしていると実感しました。

関西に住んでいると、今ではかなり意識的にならなければ見えなくなりがちの
被災地の現状。
人々の、子どもたちの心。
だからこうしてささやかでも彼の地の支援活動に関わり、
時にはこんな風に現地での活動報告を聞く、ということを続けるだけでも
私にとってもとても大切な経験だと思っています。

ちなみに柴田さんは、5月下旬にこれまでの活動の全記録を執筆した本、
『にじいろクレヨンが描いた軌跡(仮)』を上梓されるとのことです。
今からとても楽しみです。

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