2012年1月26日 (木)

1月25日付「しんぶん赤旗」掲載エッセイ│「人間は人間を目指し続ける」

2012年1月25日付「しんぶん赤旗」
朝鮮学校無償化除外から2年
人間は人間を目指し続けるソウルの合同出版記念会 海こえた共感
                                                            河津聖恵

 2010年2月、鳩山元首相は、当時の拉致大臣の要請を受け、朝鮮学校を高校無償化の対象から当面除外すると宣言した。あれから二年。錯綜する情報に私達は一喜一憂し、希望を抱くたび打ちのめされた。だが政治家達は依然として、自分達の利害と保身のために無償化除外を続けており、そのことで傷ついている子供達の心を知ろうともしない。政府には高校無償化の理念を守り通そうとする気概は見えない。当初は朝鮮学校の無償化を決めていた文科省も、政治の介入を毅然とはねつけられないままだ。さらに理不尽なことには、震災後、地方議会で補助金の支給停止が次々決議されている。この国の保守政治家たちの非人間性はとどまるところを知らない。ただ恥ずかしく、情けない。
 だが一方、この二年間に朝鮮学校に対する理解の輪は、確実に拡がってきている。除外の理不尽さに疑問を抱き、多くの人々が授業や学校行事を見学した。各地で新たな支援会も立ち上がった。また東北の朝鮮学校は震災時に炊き出しをして市民との交流を深めた。残念ながらそれらの出来事は殆ど報道されない。しかし、皮肉にも除外問題をきっかけに知られるようになった生徒達の、普通の高校生と変わらない勉学やクラブ活動に励む姿は、確実に多くの人の共感を得ている。
 さらに共感の波動は海の向こうにも拡がっている。昨年11月、ソウルで『ハッキョへの坂道』と『私の心の中の朝鮮学校』の合同出版記念会が開かれ、私も朗読者として参加した。前者は、昨年八月に私と許玉汝(ホ・オンニョ)さんが編集した『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』から、在日コリアンの詩人と日本の詩人合わせて38人の詩を韓国語に翻訳した詩選集。後者は、かの地で生まれた支援組織「モンダンヨンピル」共同代表である俳優権海孝(クォン・ヘヒョ)氏(「冬のソナタ」等に出演)が、生徒達が描いた絵に寄せたエッセイの絵本。この同時出版は、収益金の半分が「モンダンヨンピル」を通じ被災地の朝鮮学校に送られるという、朝鮮学校のためのチャリティー企画である。
 その夜、私は、朝鮮学校の生徒をイメージして綴った「ハッキョへの坂」を朗読した。人前で何度も読んできた作品だが、これまで感じたことのない真剣な場の空気を感じた。殆ど韓国人である二百名の観客が、身を乗り出すようにこちらに耳を傾けていた。かれらの多くは、朝鮮民族としてのアイデンティティを守る朝鮮学校の立場を理解し、また映像等で生徒達の実際の姿も知っていた。私が読んだのは日本語だったが、翻訳本を時折見つつ熱心に聴いていた。会の終了後、多くの人が韓国語や日本語で励ましの言葉をかけてくれ、用意した四百部はすぐに売り切れた。
 『アンソロジー』を読んだことで二冊の同時出版を企画した韓国の写真家は言った。「私が朝鮮学校を支援するのは、同じ民族だからではありません。民族の文化や言葉を学ぶ生徒達の輝きに感動したからです。それは普遍的な気持です」。そう語る彼の言葉に人間の深さと温かさを感じた。そう、この国の無慈悲さや理不尽さなどに負けてはいけない。闇が深まれば深まるほど、人と人とは星座のように繋がれていく。心の壁や国家のエゴイズムを乗り越えて、人間は人間を目指し続けるのだ。

2012年1月24日 (火)

賛同いただける方へのお願い

詩人の要請文への熱いご賛同に感謝いたします。賛同を募ってからまだ間がないのに、予想以上に多くの方々からご賛同頂き、驚いております。コメントも次々と寄せられ、朝鮮学校の高校無償化からの除外がいかに理不尽で、多くの人の心に衝撃的であったのかを実感しております。

なお、ご賛同のメールを送信下さる時には以下の点にご留意下さい。

お名前(肩書き→なくても可)の公表について、a要請書面上のみ可、b要請書面とネットの双方で可、cどちらでも公表不可、のいずれかをご明記下さい。明記されていないお名前をどう扱っていいか迷っておりますので、よろしくお願いします。なおコメントはすべて無記名です。

2012年1月23日 (月)

賛同をお願いします!「朝鮮学校への「高校無償化」制度即時適用を求める詩人の要請書」

★朝鮮学校に無償化を求める要請文への賛同のお願いです!★ 転載歓迎!

 2011年1月23日現在、朝鮮学校の無償化は、一向に実現の見通しがついておりません。昨年8月末に菅前首相が手続き再開を指示しましたが、その後12月には金正日総書記の逝去を口実に、政府は再び朝鮮半島情勢を持ち出し、中川前文科大臣は無償化か否かの判断が遅延する可能性を口にしました。年が明けまた文科大臣が変わりましたが、朝鮮学校の無償化について前大臣からどのような申し送りがされたのかも不明です。拉致担当大臣等、関係閣僚の顔ぶれからも不安なものが胸によぎります。
 いずれにしても、3月初めの卒業式までには無償化が実現されるよう、最大限の努力をしなくてはなりません。もうすでに1月も終わりで焦燥感を抱いています。そこで、2月に再度要請を行います。要請文を下記のようです。ぜひお読み頂き、賛同いただければと思います。

賛同して下さる方々は、
1皆様の中でこの要請文に賛同して下さる方々のお名前を、要請文の下に加筆いたします。その際、名前の公表の可否については次のabcをお選び下さい。なお名前を公表可能な方で、肩書きも公表可能な方は名前の後に( )を付けてお記し下さい(例:河津聖書(詩人)、※肩書きはもちろん詩人に限らず、多様な方の賛同を求めます)

要請の際に渡す紙の上にだけ、名前(肩書き)の公表が可能。
ネット上でも名前(肩書き)の公表が可能。
紙の上でもネット上でも名前(肩書き)の公表は不可能(この場合は、全賛同者の名前を記述した後の「他何々名」の人数に含めさせて頂きます)

2賛同者の方々で希望者には、コメントも寄せて頂きたいと思います。コメントは、要請文と賛同者名の後に、無記名で順次記載いたします。

要請文の内容に賛同して下さる方は、上記1について明記の上、私の下記のアドレスまでおお送り下さい。なお、この要請文は「詩人の要請書」となっておりますが、もちろん詩人以外の方々でも賛同大歓迎です。何かご質問、ご不明な点があれば何でもおたずね下さい。

賛同の送り先:kiyoe51803291@kib.biglobe.ne.jp(メールタイトルは「要請文賛同」でお願いします)

私たちのこどもたちのために、多くの方々がお力を貸して下さることを願っております!

                         2012年1月23日       河津聖恵   

内閣総理大臣 野田佳彦様
文部科学大臣 平野博文様

    朝鮮学校への「高校無償化」制度即時適用を求める詩人の要請書
 
 2010年2月、鳩山元首相は、当時の拉致大臣の要請を受け、朝鮮学校を高校無償化の対象から当面除外すると宣言しました。私達詩人は、同年8月に『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』を出し、一日も早い無償化の実現を訴えてきましたが、この二年の間、錯綜する情報に一喜一憂し、希望を抱くたび打ちのめされてきました。何よりも、一日千秋の思いで文科大臣の決断を待っていた生徒達の心の傷はいかばかりでしょうか。さらに、昨年結局は無償化の対象とされず、信じていた日本社会に裏切られた思いを抱いて巣立った卒業生達は、後輩もまた同じ思いを強いられているのを見て、どれほどやるせない思いでいるでしょうか。かれらの心を想像すると、私達の心も果てしなく痛みます。
 首相も文科大臣も二年で何度も交替しましたが、去っていった誰一人として、無償化の恩恵から理不尽に取り残されたままの子供たちのことを、もはや振り返ろうともしていません。子供達は、人間としての当然の権利から排除され放置されてしまいました。政治家たちとマスコミに煽られた世間の誹謗中傷も止まない中に。こうした事態の責任はすべて、みずからの利害と保身に走ったために無償化を実現できなかった政治家、高校無償化の理念を守り通せないでいる民主党、そして当初は朝鮮学校の無償化を決めていたにも関わらず、政治の介入を毅然とはねつけられない文科省にあるのではないでしょうか。
 首相は「政治家の仕事は、みなさんが安心して、それぞれがやりたいことが出来るようにお手伝いすることです」と先日テレビで言われました。その「安心して自己実現できる」という首相の言葉には、子供たちが安心して学べるようにする、ということも当然含まれると理解しています。その趣旨で行けば、朝鮮学校の生徒達もまた、日本の高校生と同じように、社会全体が慈しむ中で、安心して学べなくてはならない筈です。
 文科省もまた、菅前首相が無償化の手続き再開を指示したにも関わらず、積極的に動いているようには思えません。さらには同省の曖昧な態度につけ込むかのように、地方議会では補助金の打ち切りを次々決議されました。とりわけ震災時に被災者に炊き出しをした東北朝鮮学校に対する宮城県議会の補助金打ち切りの決議は、在日同胞社会に大きな悲痛とショックを与えています。
 しかし皮肉なことではありますが、この二年間、政治からのあからさまな非人間的な仕打ちを契機に、日本の良識ある人々の間で支援の輪は大きく拡がり出しました。各地で新たな支援組織も生まれました。さらに昨年11月には、海の向こうの韓国で、私達の『アンソロジー』のダイジェスト・朝鮮語版が上梓されました。これは同国の俳優権海孝(クォン・ヘヒヨ)氏(「冬のソナタ」等に出演)が朝鮮学校生達の描いた絵にエッセイを寄せた絵本との同時出版です。出版を企画した韓国の写真家は言いました。「私が朝鮮学校を支援するのは、同じ民族だからではありません。民族の文化や言葉を学ぶ生徒達の輝きに感動したからです。それは普遍的な気持です」。この言葉には、真の人間的な深さと温かさがあります。人間は、どんな心の壁も国家のエゴイズムも乗り越えて、人間を目指し続けるべきではないでしょうか。
 首相と文科大臣にお願いです。もうこれ以上、朝鮮学校の無償化除外という事態を引き延ばし、子供達の心に理不尽な悲しみを背負わせないで下さい。国策や政治の思惑で、いま現在も朝鮮学校でふつうに学び生きている生徒達の学ぶ権利と喜びを奪わないで下さい。首相と大臣は、朝鮮学校無償化実現という私達の悲願に、人間として向き合い、必ず叶えて下さい。
 一日も早く朝鮮学校の無償化が実現され、今の三年生が晴れ晴れとした気持で卒業できることを、私達詩人は切に願ってやみません。        
                         2012年1月18日    
                  『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』刊行会
                                                    代表 河津聖恵

※賛同者は現在数shine260名です(随時増加します)。
以下、寄せられたコメントです。shine現在数96(ブログのコメントも含む。随時新たなコメントが加わります)。

1「教育に政治が介入することは断じて許されることではありません。人間として、最低限無償化ぐらいは同じようにできませんか!日本人として、恥ずかしく思います。」

2「未だに政治家らの政治的・歴史的エゴイズムを、罪のない朝鮮高級学校の子どもたちを差別する形で押し付けていることに大変憤りを感じています。あまりにも故意的であり、悪意しか感じることが出来ません。今すぐ、謝罪をもって、「無償化」を遡って開始して下さい。」

3「人として平等に扱ってほしいという子供たちの当たり前の願いが、何故こんなに難しいのでしょうか?内閣総理大臣、文科大臣という職責を深く考えれば考えるほど今、すぐに「無償化」OKを出すことが必要であることはもう議論の余地もないでしょう。未来を考えればなおさらです。朝・日の子供たちの未来に禍根を残さないためにも、大人の責任として(とても遅すぎですが)実行の指示を出しましょう。そして、セコイ嫌がらせなどせず、即決、即金で関係各位を感動させましょう。」

4「私は在日朝鮮人3世です。日本政府が朝鮮半島情勢を口実に、朝鮮学校だけに高校無償化除外と言う愚行を行う事は、日本自身が日本は人種差別国家・人権侵害国家であると内外に宣言してるのと同じです。「愚行の日本史」として日本現代史に刻まれるでしょう!
  朝鮮学校の存在意義とは、日本の朝鮮植民地支配によって奪われた朝鮮の言葉・歴史・文化を学ぶ事によって自分が在日朝鮮人であると言う自己の立ち位置を確立して、在日朝鮮人としてこの日本社会で尊厳と自信を持って生きる事を目的にしています。         
  朝鮮半島の軍事的緊張を口実に、朝鮮学校無償化除外を行う事は 日本が朝鮮半島現代史を学ぶ事によって、歴史的観点で朝鮮半島情勢や在日朝鮮人の存在を見ていない事の表れであり、南北分断や朝鮮戦争や在日朝鮮人の歴史的根源が日本の朝鮮植民地支配にあると認識してない事の表れです。
 在日朝鮮人にとって生きやすい社会は、日本人にとっても生きやすい社会なのです」。
                                  
5「ウリハッキョにも無償化を! 朝鮮学校無償化除外反対 アンソロジー朗読会」という詩集に、朝鮮高級学校三年生の趙英恵さんの「ウリ(私たちの)ハッキョ(学校)」という詩があります。その詩の一節に、次の言葉があります。〝明るい朝鮮語が響き渡るウリ・ハッキョ いつまでも在り続きますように〟朝鮮語の響きを一緒にきいてみましょう。 そして、この少女の願いと祈りを実現されますように。」

6「本来ならば、2010年4月から実施されていなければならない朝鮮高校の「無償化」が、なぜ2012年の現在においてなされていないのでしょうか?「拉致問題」「砲撃事件」など、朝鮮学校の生徒たちに何の責任もかかわりもない問題を口実にして、排外主義的政策を続けるのは、もうやめてください!
 朝鮮学校の生徒たちは、日本人学校の生徒たちと同様に、この日本社会における、大切な「私たちのこどもたち」です。
 これ以上、私たちのこどもたちを、苦しめないでください!」

7「日本で生まれ育った在日朝鮮人の子どもたちを、無関係な国際情勢や拉致問題に結び付けて、これ以上いじめることは止めてください。日本が今やっている朝鮮学校への抑圧は、民族的少数者の独自教育権を擁護する国際人権規約や児童権利条約などの国際法に明白に違反するばかりでなく、拉致に勝るとも劣らない卑劣な「いじめ」行為に他なりません。 日本政府が世界に拉致被害者の「人権」を説くのなら、それにふさわしい人権感覚を世界に示さなければ信用など得られないことを、重々自覚するべきです。 」

8「子どもに石を投げないで。いじめを正当化する理由なんてない。」

9「私は、2012年1月21日付けの河津聖恵詩人の要請文に賛同し、朝鮮の子供たちの教育権擁護のために、身を張って粘り強くたたかいを続けていらっしゃる、河津詩人をはじめとする日本の多くの方々に深い感謝の意を表します。憎しみと悲劇のつらい歴史をこれ以上繰り返さないためにも、そして日本が本当に人権を守る国ならば、差別と制裁ではなく、みなが平等で話しあえる真の政治を推し進めることで、子供たちに新しい希望と夢をあたえ、新しい関係をつくるべきではないでしょうか?
朝鮮学校の無償化問題は、その一歩を踏み出せるか否かの問題だと思います。」

10「生徒たちを政治に利用しないでください。」

11「日本社会で暮らし、育って行くすべての子供たちに光あれ。この暗澹たる時代だからこそ、みんなで手を取り合って、排外主義を克服しよう。」

12「「朝鮮学校をとりまく状況が良くない中で、僕たちががんばって勝ち、同胞の皆さんに喜んでもらおうと思っていたのに、それができずに心が痛いです。残念です」これは先日の全国高校ラグビーの一回戦で敗退した大阪朝鮮高校の主将の言葉。そして社会も世間も気にしないでのびのびやらないといけないはずの十代の少年が口にする言葉なのか?
 朝鮮半島が関わる諸問題について文句があるなら、おとな同士話しあえばいい。政府、大阪府、大阪市、東京都その他自治体は、朝鮮学校で勉強する子供を政治のネタにした恥ずかしい政治家の集まりとしか思えない。いい歳した立派な肩書きの政治家が、高校生、中学生、小学生を吊し上げている。」

13「「なんで?僕達何もしてないのに。」「これっていじめ?」福島に住む姪の家に行った時、子供たちに言われました。まるで私を責めるように。私は答えられませんでした。なぜって答えが無いのです。
幼い子に理解し得る的確な答えが。
 これ以上子供達の心に傷を残さないで下さい。彼らは政治の道具では無いのですよ。」

14「朝鮮高級学校無償化の停止、排除は、国際人権規約からみても著しく妥当性を欠くものです。また、国交無く、拉致問題、核問題を抱える両国間における一時の政治的判断によって、何等それらに関わるところのない学生たちの「学ぼうとする権利」を奪うことは、教育に関する理念の欠如だとしか申せません。さらに、日本国は近代国家主義形成期から、敗戰、冷戦時代を通じて、どのような経緯で在日コリアンに対し、これを処してきたかの甚だ貧しい我が国の歴史認識と、歴史教育の状況を憂える他ありません。また、国策としても、今後、TPP、FTAなどを推進するならば、韓半島や、中華人民共和国や東アジアの人々に対する様々な蔑視や差別が、クローズアップされかねない程度に多くの国際人権問題を扱う諸団体や国々が動き出していることを再認識すべきでありましょう。
 国際社会において、孤立、排他主義に陥っているのは、まさに日本国であるような政治判断や印象「づくり」は、より厳しくなってゆく国際世論形成にとって極めて不利に働くことも考慮したリスクヘッジがなされていない。文科省も、外務省も従来の保守本流の動向を踏襲し、流されるままでは、上述背景を深刻に受け止めざるを得ない政治局面・経済局面をむかえるでしょう。
 わたしは帰化日本人として、我が国の風評と信頼が頗る悪化していることを感じ取っているものです。在日外国人も含めた、差別・蔑視・人権無視も併せて、早急な対処を成すべきだと、強く訴えるものです。」

15「この世のすべての「差別」に例外なく反対致します。」

16「要請文に強く賛同します。 私の妹は朝鮮学校無償化が実現する前に卒業しました。私が悔しさと憤りを露にしていると、妹の口から「仕方ないじゃん」という言葉がもれました。彼女にとって、朝鮮学校に通う自分は、差別されて蔑まれている存在であることが「当たり前」でした。この「当たり前」の感覚を目の当たりにして、姉として、同じ朝鮮人として生きていく者として、すごく悲しく辛かったです。
 今から希望や夢を持って大きな舞台で活躍していくすべての若者が、自由に強く羽ばたける社会であるべきです。 早急な朝鮮学校無償化実現を!」

17「在日朝鮮人の高校生たちへの差別、不当な政治的措置に怒りをおぼえます。その差別意識の根底に、歪んだナショナリズムいびつで、劣悪な国粋主義があまりにもあからさまで滑稽ですらあります。橋下氏等の、地域・市民を根刮ぎ騙して自らの稚拙なイデオロギーで収奪しようとする姿勢は、まるでマスメディアを介してのみその劇があるかのような、薄っぺらい「芝居」にも見えます。 心から賛同いたします。」

18「要請文に涙が出ました。何と情けない政府を持った日本でしょう。子どもたちは未来を孕んだとてつもない存在です。それだけに豊かな感性は恐さも孕んでいます。無償化さえあったら高校へいけたかも、無償化問題が無かったら日本人が好きになったかも、想像すると怖くなります。
 同じ人間同士、国の違いが何でしょう! この国に違う国籍の人たちが暮らしてくれていることこそ何と嬉しい事か!
 何時でも一緒にいたい日本人もいることだけは忘れないでください。」

19「民族の文化や言葉を学ぶ生徒達が輝き続けますよう、お祈り申し上げます」

20「日本という国の暴力に羞恥と贖罪と謝罪の意を表明します。本当に申し訳ありません。」

21「朝鮮高校への高校無償化適応は当然のこと。過去2年前に遡って日本在住の大切な市民である生徒たちへの不当な扱いに謝罪して、一刻も早く無償化を実現させなければなりません。」

22「朝鮮学校に無償化を認めない、などということをどうして言えるのか、理解できない。同じ国民として本当に恥ずかしいです。」

23「すべての差別に反対です。かつて日本が非道なことをした国々の人への差別は特に許すことができません。黙っていることで差別に荷担したくありません。」

24「子ども達の教育に差別があってはいけないと思います。要請書に賛同します。」

25「高校無償化から除外するというような差別行為を教育の場で行うのはやめてください。これは「オレンジリボン」にも反する、学生に対する政府の虐待です。日本と南北朝鮮の明るい未来のために、賢明な判断をお願いします。」

26「現在住んでいる場所は、ある朝鮮学校の最寄駅の沿線で、鉄道利用などでよく生徒さんを見かけます。あの生徒さんたちの通う学校を、無償化の対象からはずすというニュースを見てから、辛い気持ちがやみません。いまだに無償化が実現されていないなど、あってはならないことです。呼びかけをしていただき、感謝いたしております。また自分の怠慢が恥ずかしいです。」

27「僕達生きとし生けるものは、海なる母一人、大地なる父一人、みんな同じ家族です。 朝鮮の子供たちも、福島の子供たちも、僕達の輝かしい未来の宝です。子供たちを守って行きましょう。」

28「日本の未来のために、世界の未来のために、対立を越えて、子どもたちを守りましょう。」

29「排外主義が、自らを傷つけます。あたりまえのことがあたりまえになされる社会にしましょう。」

30「日本国が、民族や出自によって差別することを認めることは主権者として断じて看過できません。」

31「2009年に外国人学校の授業料無償化が開始されましたが、いまだ朝鮮学校はこの無償化から除外されたままです。北朝鮮の政治情勢や拉致問題、朝鮮学校の偏向した思想教育が無償化に際し障害になっているという意見もありますが、政治的問題で朝鮮学校の児童生徒の人権を人質にとる事は許されません。また、朝鮮学校での所謂、反日教育についても根拠無き中傷であり、例えばアメリカンスクールでは真珠湾攻撃は日本の卑怯な騙まし討ち、広島長崎への原爆投下は戦争の早期終結の為に必要であった。戦後の日本はアメリカの保護国等という反日教育を行っていますが、問題なく無償化の対象となっています。このような状況で朝鮮学校のみ無償化から除外する事は民族差別、排外主義以外の何物でもなく、厳重抗議致します。また、日本国は国連の子どもの権利条約批准国ですが、朝鮮学校問題はこの国際条約に明確に違反し、在日朝鮮人の子ども達の民族教育を受ける権利を著しく侵害しています。重ねて抗議いたします。」

32「日本政府は歴史的見地にたって朝鮮学校に高校無償化を適用すべき。」    

33「「すべての高校を無償化するという精神は、たった一つの例外を認めることで無に帰します。朝鮮学校だけ無償化から除外するというのは、レイシズム以外の何物でもありません。
 朝鮮学校の生徒さんの朝鮮語を聞いたことがありますか。彼らのあの日本語訛りの朝鮮語は、どんな歴史論よりも雄弁に、在日コリアンがまさに「日本に在る」人々だということを教えてくれます。不自然だとか、無理があるとか、そういった皮相な批判を振り切って、民族教育を守ろうとするのは、コリアンが日本社会で差別されているからです。人口比100倍の”日本人”に対して、自分たちの身を守るためには、絆を作り、保ち、固める場所が必要なのではないでしょうか。
 朝鮮学校が普通の学校ではないという意見は、半分正しく、半分間違っています。間違っている部分は、「北朝鮮からの遠隔操作で子供が独裁政治の洗脳を受けている」というもの。北朝鮮の歴史や社会を学んでいるのが事実でも、政治的に洗脳なんて現実には行われていません。正しい部分は、コリアンにとって朝鮮学校がただの学校ではなく、「自分たちのアイデンティティを作り、守っていく空間である」ということ。そうでなければ圧倒的多数の”日本人”の中で埋没し、マイノリティであるが故に理解されない諸問題を、マイノリティ同士で理解しあい、助け合い、生きていく空間は、確かに普通の学校とは言えないでしょう。しかしそれは、まさに生きていくために必要なものだと思います。
 私自身は一人の”日本人”です。しかしこの社会に生きる一人の人間として、マイノリティに厳しい社会であってほしくないと思います。マイノリティに厳しい社会はマジョリティにも厳しい社会なのです。だってマジョリティとマイノリティの区別なんて、いくらでも基準があるじゃないですか。もしマジョリティが何かの原因でマイノリティになることで、差別を受けて生きにくくなるとしたら、マジョリティは何としてでもマイノリティになるまいとするでしょう。そうしてマジョリティもマイノリティも生きにくい社会が生まれるのです。朝鮮学校の無償化除外は、まさに「マイノリティに厳しい社会」への道の第一歩です。
 是非、朝鮮学校にも「高校無償化」制度の即時適応を願います。先生方は、よりよい社会を作ろうとして政治家を志されたものと信じております。その点では私は先生方とまったく変わりません。ご英断をお待ちしております。」   

34「小学生の頃、私の住む家のすぐそばには在日のご家族が住んでおられました。学生時代によく通ったお好み焼き屋さんも在日の方が経営されていました。もちろん焼き肉屋さんも(こちらは学生には高級であまり行けなかったけれど)。今でも、私は知らず知らずの内に在日の方々にお世話になっていると思います。こんな風に、ずうーっと前から街に溶け込んでいる人たち。こんな人たちを、どうして私たちは排除できるでしょうか? 民族の言葉や歴史や文化を大切に思い、学ぶのは、日本では悪徳なのですか? 朝鮮学校に学ぶ、学ぼうとしている子どもたちのまっとうな願いを踏みにじるような「政治」の介入は即座にやめなければなりません。私は「詩人の要請文」に心から賛同いたします。」

35「「日本と朝鮮の永遠の敵対関係は、一部の方を除き、誰も望まないことでしょう。いずれ、必ず敵対関係は解消され、友好関係へと転換し、東アジアにおける平和と安定を実現しなければ、日本の未来も不安定になることでしょう。在日コリアンの通っている朝鮮学校は、日本と朝鮮の架け橋となる貴重な存在でもあります。日本の皆様はこのことにも気付かないといけないと思います。在日コリアンの民族教育を保証し、ともに育てて行くことは、日本の国益にもなることなのです。現在のように、朝鮮への圧力の一環としての、朝鮮学校への差別は、実際は本国への圧力にもなにもなっていません。朝鮮学校では、反日教育を行なっているという、誤った情報を垂れ流す、無責任な政治家、知識人、ネットユーザーが多数いますが、実際は、このような、子供たち向けられた、不当で差別的な政治的圧力が、子供たちに、日本の政治、日本人への不信感を植えつけているのではないでしょうか。日本国民が本当に日本を愛し、平和を望むのであれば、過去の歴史の観点のみならず、未来の平和安定のためにも、この貴重な子供たちを、差別なく共に育てていくことは、不可欠であると思います。それが、日本の未来に必ずプラスになって帰ってくるのです。」

36「朝鮮高校生たちが今年もまた無念の思いで卒業することがないよう、声をあげましょう。そのようなことが繰り返されることが、私たちをますます出口の見えない状況に追い込んでいます。朝鮮高校授業料無償化の問題は、日本で暮らす私たちすべての問題でもあるのです。」

37「この世に生まれて60数年、私には心休まる日が無かったように思います。いつも不安がつきまとっていました。この地で生まれたくて生まれたのでもなく、この地で生きたくて生きたわけでもないのに、すでに私はこの地で息を引き取るであろうことを、本能的に感じています。でも紛れも無く私は朝鮮人なのです。いくら日本になじみ、日本人と仲良くしても、日本人にはなりえないのです。真の友好親善は同化や妥協では無く、各々が自分の民族に対する自負心を持ち、お互いの違いを認め、お互いを尊重しながら自分らしく生きてこそ保たれるものではないでしょうか。だからこそ異国の地でも民族教育は重要なのだと確信しております。
 朝鮮人には何を言っても許されるというような風潮が、何の罪も無い孫たちの心にまで影を落としています。「<チョンコー帰れ>言われてん。何も悪いことしてへんのに…」孫が泣きながら帰ってきました。道を歩くのが恐いと泣いています。胸が張り裂けそうでした。孫の代にまでなぜこんな屈辱を受けねばならないのでしょう。
 ここに住まざるを得ないようにしたのは一体誰なのですか?私にも、子供たちにも、孫たちにも、自分の生まれる場所を選ぶ権利は与えられませんでした。なのに、帰れ?!何処に帰れというのですか?
 2年もの間、私たちを騙し続け、朝鮮学校の子供達だけを無償化から排除することに依って、私たちの子供や孫だけではなくこの国の子供たちをも傷つけていることにあなた方は何故気付かないのですか?このような横暴なことがまかり通るとすればこれからこの国の子供達はどんな人間に育っていくでしょうか。両国の子供達はあなた方のしていることをちゃんと見ていますよ。日本の明るい未来のためにも即刻、朝鮮学校に通う子供達に無償化を適用してください。」

38「民族教育を差別する日本、人権を軽視する日本社会、国際社会で信頼を得られるはずがありません。」

39「 一日も早い解決を!」

40「「外国人学校の指定については、外交上の配慮などにより判断すべきものではなく、教育上の観点から客観的に判断すべきものであるということが法案審議の過程で明らかにされた政府の統一見解である」はずではなかったのか!」

41「都は今期の予算案に朝鮮学校の助成金を計上しないといいきりました。大阪も減額するとの事です。高校無償化の対象から除外するだけでは飽き足らず助成金までも断ち切ろうとしています。行政からみれば今が色々な面からみても民族教育の息の根を止める絶好のチャンスと言う事でしょうか?」

42「子供たちの未来のために、皆で力を合わせて戦っていきましょう。」

43「授業料無償化は民主党政権が外国人学校にも分け隔てなく実施すると約束したもの。また、政治や社会情勢も無関係に実施すると総理大臣も発言したもの。ここまで話が大きくなること自体あり得ないと思います。」

44「1世が血と汗でつくりあげ、2世が必死に守り、そして今3世、4世へと受け継いで来た民族教育。ここで異国に生まれ育ちながらも民族心を持ち、世界へと羽ばたく多くの人材が育ちました。
この火が消える事なく受け継がれる事を心より切に願っています。」

45「わたしは1946~1949のあいだ「大連日僑学校」に通っていました。この学校は、日本人総引揚のあとも中国政府の要請によって残留していた日本人技術者研究者の子弟のために、日本人の教師が日本語によって教育することを大連市政府(中国人の政府)から公認されて設立されたものです。ソ連占領軍当局も「民族教育」の必要性を認めていました。
 戦後まもなく、自分たちを苦しめてきた日本人にでも、日本人が日本人の教師によって日本語での教育を受ける権利を認めた中国人の大連市政府とソ連軍当局のこの姿勢と、戦後一貫して朝鮮人が自らの手で民族教育をおこなう権利を認めず、それでもなんとかして民族教育をおこなおうと努力してきたひとたちのいとなみをことあるごとに妨害し、差別してきた日本国政府の姿勢との、どちらが、人権尊重という視点からして正しいのか、このさい、あらためて、もういちど、虚心坦懐にお考えいただきたいとおもいます。」

46「なかなか伝わらない朝鮮学校の現状と、差別意識。どうすれば解消できるのかと、日々、溝を埋めるべく努めているつもりではありますが、それをかたちにするのが難しいと感じています。 また、最も危惧しているのは、この問題をはじめ、いつの間にか無視する、問題視もしないことです。無関心が最大の差別だと私は思っています。 全く動きがない無償化の問題について、一刻も早く無償化実現をと願う生徒さん達を無視し続けることは無知がそうさせているとしか思えません。要求している相手を知ろうともしない。調査をしようともしない。私もそういう人たちと同じではいけないんじゃないかと思うようになりました。 」

47「朝鮮問題に限らず "差別" に大反対です。恥ずかしく無いのでしょうか? 我々は生活が豊かになったけど心は貧しいのでしょうか…。先日、除雪車が朝鮮学校の前だけ除雪しないという話を聴きました。国を挙げてイジメに取り組むこの国の将来に不安を感じます。」

48「教育は、全ての人に無償であるべきです。」

49「あらゆる差別とマイノリティの排除に反対します。この國は今、1933年のドイツと極めてよく似た、危険な状況にあるように思えてなりません。今 ここで食い止めねば、大変なことになるでしょう。そのためにも、この署名の趣旨に賛同し、名を連ねたいと思います。」

50「流布する「絆」という言葉の名目にすら頼れない理不尽な差別の中に生きざるを得ない若者たち。政府は彼らの知慾を無責任な逃避でつぶさないで欲しい。一刻も早く正当な論議と実践を!」

51「朝鮮学校にも「高校無償化」の適用を、心から願っています。」

52「子供たちのために力を注いでいただき、感謝します。要請文に賛同します。」

53「未来を育む大きな理念に添って実施されるべく「高校無償化」施策から朝鮮学校高校生だけを除外し現在に至ることを見れば、日本国の理念、未来像たるや弱肉強食、差別、偏見に彩られるのでは?と危惧を禁じ得ません。社会正義は隅に追いやられ、他者を受け入れる余地など微塵も無い、殺伐とした社会へと邁進しているのでは?と心が痛みます。正に刻々と壊れていく様を目の当たりにする思いです。義務だけは容赦なく強い、市民としての当然の権利は打ち消す、踏みつける、果ては奪い去る。日本で生まれ育つ、目の前に存在する子供たちに石を投げつけ傷つけることに一片の呵責を覚えない様。人がすることではありません。良心は何処に存在するのでしょう。憤りと憂いの日々です。」

54「どの子も慈しまれ、経済的な不安を感じることなく、安心して学べる社会を実現するのは、私たちおとなの責任だと思います。」

55「朝鮮学校の即時無償化を要求します。このような差別は憲法14条違反であり、日本人として納得できません。朝鮮学校が行う民族教育を全否定するやり方は、日本に暮らすすべての人種・民族が、みんな同じように自由と平等を享受し、そしてなりより一人の個人として尊重される事を保証している日本国憲法の精神を否定するもので絶対に許せません。国は憲法の精神にのっとり、国内に暮らす在日朝鮮人に対する一切の差別的処置をやめ、朝鮮学校に通う子供たちについても日本人同様に高等学校における無償教育が受けられるように直ちに措置を改めるよう求めます。
 日本人が、在日朝鮮人や韓国人の人々と対等・平等、自由を享受しあう関係で付き合っていくためにも、一切の差別的措置の撤廃を同時に求めます。」

56「私は在日二世です。伴侶となった夫は三世なので子たちは四世となります。
 私たちは罪人ではありません。過去の日本の植民地政策の遺物、歴史的証人であり、日本において自分のルーツを模索し、堂々と人間らしく生きようとする普通の人間にほかなりません。
 朝鮮学校を罪人が通うかのような蔑視政策をゆるせません。」

57「朝鮮学校に通う子供たちにも温かな気持ちを少しでも良いので与えてください。」

58「この問題ほど、今の日本社会の非寛容さを暗く浮き彫りにするテーマはないと思います。」

59「「韓国でも近年、朝鮮学校への支援の輪が大きく広がっています。今まで知られていなかった朝鮮学校、今まで理解されてこなかった朝鮮学校。60年を超える歳月、守り続けられた朝鮮学校に対して多くの韓国の方々が理解し、そして支援の道を模索しています。彼らは、「朝鮮学校にはこれから韓国をはじめとする東アジアの架け橋になれる子供たちが通っている」と言います。そしてその子供達は日本社会の一員でもあります。この子供達を差別し、心に傷を与えることに何の意味があるのでしょうか。罪なき子供達の心を傷つけ続ける「高校無償化問題」が一日も早く解決する事を願いながら、要請文に賛同します。」

60「 政府には違法性の高い人権侵害を即時に停止し、朝鮮学校に対する無償化措置を実施されることを期待します。日本国憲法第14条、および国際人権規約や児童の権利に関する条約等の国際条約を順守していただきますようお願いします。」

61「子ども達を守ることは、未来を守ることだと思います。」

62「ぶっちゃけ、民主党の支持基盤の弱さとコノ問題は密接に結び付いて居て、弱い程、右に振れるんです。日本社会の残念な所です。従来から右の方が「強さの象徴」と信じられてますから。
  しかし、北朝鮮の体制が一新される今、日本も変わらないとね!
 と言う訳で是非、今こそ無償化の宿題を片付け、ついでに北海道の朝鮮学校前でも公費で雪掻きするとか、日本も高潔さを「遣れば出来る」と証明しましょう!」

62「私たち日本人も第二次世界大戦中にアメリカなどで多くの日系人が苦しい時代を生きたことに思いをはせれば、今、日本で生きる朝鮮学校の子どもたちとご両親の苦しみが理解できると思います。ウェブ上で言葉による暴力によって彼らを苦しめる私たち日本人が、これ以上の加害者になってはいけません。」

63「朝鮮学校への「高校無償化」制度即時適用を求める詩人の要請書に全面的に賛同いたします。無償化実現に向けて私もともに闘いたいと思います。」

64「教育に国籍はありません。教育は、子供たちへの”投資”です。将来、10年後、20年後に外国から笑われないように。朝鮮学校の人たちも、恩は忘れないと思いますよ。」

65「子供はどこで、誰の下に生まれても、ルーツや容姿や心もすべて含めた自分自身をまるまる好きになる機会を与えられるべきだと考えます。私の子供たちにとっては、そのために朝鮮学校が必要です。朝鮮高校の無償化をすべきかどうかという事が、議論され始めてから今まで、在日朝鮮人は「条件付きで日本に住まわせてもらっている存在」として語られているように感じます。この息苦しい時間から一日も早く子供たちを解き放って下さい。」

66「私たちは施しを求めているのではありません。当然の権利を求めているのです。日本国民と同じ義務を果たし、税金を払って生活している私たち在日。朝鮮学校に通う子供たちも将来日本国に税金を払い、日本国を背負っていく人材に他なりません。
 もし逆の立場だったらどうですか? 他国に住む日本人学校だけが、排除されたら黙っていられますか?
 いつまでもダラダラと結論を引き延ばしにせず、今こそ決断を下してください!」

67「どの国のどの民族に産まれてくるか、なんて、誰にも選ぶことなどできません。先に産まれてきた人間たちの都合で、踏みにじられる子どもたちの人権。日本という国の度量の狭さが、一日本人として、とても恥ずかしいです。
 国は、大人の都合で、子どもたちの心を傷付けないで下さい。大人が差別すれば(あるいは、差別を黙認すれば)、社会公認の弱者という空気が生まれます。朝鮮学校の子どもたちをいじめる子どもがこれからも出てくるでしょう。まわりからの刷り込みがなければ、仲良くなれたかもしれない子どもたち。朝鮮学校の「無償化」を拒むのは、そんな、可能性の芽を摘み続ける行為ではないでしょうか。
 もし諸外国で、日本人学校が同じ様な目にあっていたら…。メディアはどのように報じ、日本国政府として、どのような対応を取っているでしょうか? 他人事としてではなく、我が身に引きつけて考えて欲しいです。我が子が通う学校であったら、どう行動するか、と。
 差別は、昔々の人間が心に作った垣根のようなもの。後生大事に引き継いでいる人もいますが、水も、風も、大地も、そこに生まれおちた命を差別しません。この無意味な垣根、取り払うのは、いまを生きる私たちです。生まれによって差別しない、懐の深い社会を望みます。」

68「朝鮮学校へ高校無償化制度が適用されないことで、悲しいことに日本は福祉政策の重要性を知らない国、経済にのみグローバル化の意義を理解する乏しい外交政策しかできない国という認識を持たざるを得ません。海外留学中のわたしのまわりで知人のドイツ人を始めとした様々な国の人たちが同じようにこのことに嘆いております。この要請文に賛同した人たちの思いを行政が真摯に受け取り、問題を好転させ、これからの日本社会の発展とひいてはアジア諸国の発展への道を示されることを、日本社会の一員として切に願っております。」

69「北九州市にも九州朝鮮中高級学校があります。「無償化」を直ちに適用させるためにがんばりましょう。」

70「広くアジアに開かれてゆこうとするとき過去と未来の歴史に試されているのは、きっと私たちなのだと思います。同じ国に住み、もがきながら、ともに未来をつくろうとする子どもたちへの不当な差別を許すことはできません。」

71「朝鮮高級学校保護者です。子ども達に日本社会への怒り、反感、絶望を引き継がせたくありません。私たち親の時代で終わらせたいと願います。子どもたちは未来です。政治の道具にするのは止めて下さい。」

72「ただ純粋に、日本で住みながら民族としての誇りを持ち、祖国の歴史や言葉を学びたい。そんなに阻まれるべき事なのでしょうか。この2年間、数々の署名運動やデモ行進など、自分達の学ぶべき当然の権利を主張し戦い続けて来た娘たち学生。もうすぐ彼らは卒業を迎えます。子供達に「無念」を残さないで下さい!
 きっとこれから、日本社会をも支えて行くに違いない子供達への旅立ちのささやかな祝いとして日本社会への希望を、そして当然の権利を与えて下さい。」

73「朝鮮学校の生徒も将来の日本社会を創る人材です。差別は許しません。」

74「本当にいつまでこんな状態を長引かせるんでしょうか。今年こそは子ども達の晴れやかな笑顔が見たいです。」

75「学ぶ権利を平等にすることから始まったこの制度。本末転倒だ。朝・日共同声明も同じ、元からまじめにする気はないのか?利用するための道具なのか?品位を疑う。
 今の政治家は昔、道徳・倫理を教えられた世代ではないのか?!恥を知りなさい!」

76「日本も推進している国際人権規約や子どもの権利条約に民族的マイノリティ-の権利がうたわれている。民族的マイノリティ-文化の継承、特に子供の学ぶ権利は国際人権条約の最重要権利であるはず。マジョリティーがマイノリティーの立場を想像し、権利を尊重できるどうかは正に日本社会の成熟度が試されるのではないだろうか。
 在日朝鮮学校に対する補助金をカット問題を含め、朝鮮高校無償化は是非実現するべきである。」

77「誰もが一人の人間として尊重されるべきであり、差別されてはいけない。差別がどのような結果をもたらすのか、私たちは歴史に学ぶべきです。」

78「平和的共存を目指すならば、日本の国を愛せましょう。朝鮮学校への高校無償化を即刻実施し、もうこれ以上生徒たちの尊厳を傷つけないでください。高校だけではなく、すべての民族学校の初等、中等教育の無償化も。」 

79「なんと閉塞感に囚われた社会でしょうか。今日のような寒さの日にコートをしっかり身に巻き付けて、眼だけを左右に動かしていることの愚かさ。子どもたちは陽の光。わたしたちを拘りから、解き放してくれるでしょう。」

80「教育は、個人のためではなく、共同体のためになされるものであるという前提で考えるべきです。日本人、在日韓国人、在日朝鮮人、また他の国籍、民族の別によらず、日本においては、教育は最重要の課題として取り扱われるべきです。誰かは問わず、学びたい人が自由に学べるために、国は支援を惜しむべきではないと考えます。教育は投資として扱うべきではなく、生活の大切な一部なのです。
 国は、我々は、真摯に考えるべきなのです。どうすれば、後の世代に学ぶ事の大切さ、学びが何を社会にもたらすかを考えてもらえるかという事について、をです。
 我々は示すべきです。学びたい人がいつでも、自由に(多様に)、好きなだけ学べるのだという事を。
学ぶことには最大級の価値がある、どのような状態からでも、我々は学ぶことをしなくてはならないのだと。
 国は、我々は、日本人の子供たちだけでなく、少なくとも、日本に暮らし、日本で生きて行く子供たちに、明確な態度で、学びには価値があることを示さなくてはならないのだと考えます。もしも、国が、我々が、そうした態度で臨んだ時に、何を伝えられるのか。子供たちにどんなメッセージを届けることが出来るのかを、考えるべきだと思います。
 私は、子供たち後の世代の全員に、民族、国籍の別なく、学びが大切だというメッセージが届く事を願います。
 以上の理由で、私は日本における朝鮮学校の学費無償化の運動に賛同します」

81「教育を受ける権利、母語を学ぶ権利、母語で学ぶ権利は、国籍に関係なく、誰にでも平等にあるはずです。これらの権利は子どもの基本的人権です。2010年第3回目の子どもの権利委員会の勧告(72条)でも、「委員会は、中国系、北朝鮮系その他の出身の子どもを対象とした学校に対する補助金が不十分であることを懸念する。」と言われています。日本は1994年に子どもの権利条約を批准していますが、20年近くたっても改善されていません。このままでは、ますます日本社会の人権感覚が疑われるでしょう。」

82「朝鮮学校に対して北朝鮮の政治問題を理由に差別的な取り扱いをすることは教育に政治を持ち込むことで許されないと思います。国際法(子供の権利条約など)上にてらしても無償化の制度の趣旨からいってもすぐに適用すべきです。一言余計なことかもしれないが民主党がマニフェストや約束を守り消費税増税や医療費負担増や年金給付削減などの社会保障保障の改悪で財源をつくらず軍事費削減や米軍基地縮小で財源も軍事の緊張緩和もおこなうことで財源を保障するようあわせて要望しておきます。」

83「ひとびとの、こどもたちの、あらゆる差に関係なく、教育を受ける自由が保障されるべきだと思っています。」

84「彼らも日本や世界の未来を担う宝です。大事に大事に育てましょう。今日本は未曽有の災害が起こり、恐らく終結するのはずっと先になるでしょう。子どもたちに負の遺産を負わせてしまった責任は私たち大人全員にありますが、日本に一緒に住んでいる者同士、問題解決のために力を合わせることが必要だと思います。そのためにも無償化の適用を希望します。」

85「子どもを守りたい
子ども、ウリマル(朝鮮語)でアイと呼ぶ
愛を守りたい
人間が 人間であることの
一番大切なもの守りたい」

86「過去の植民地支配の過ちを思うなら、朝鮮学校の生徒たちの権利と自由のためにはからうのは、日本政府の責任ではないでしょうか。朝鮮学校無償化は当然のことです。」

87「日本人も沖縄の方々もアイヌの方々も在日外国人の方々も国籍・民族関係なく住みやすい日本列島を目指したい!」

88「この社会を蔽う、嘘、ごまかし、はったり、言いがかりの暗雲を破り、あたりまえのことがあたりまえのこととして実現するのを望みます。」

89「いろいろなことについて、朝鮮学校の生徒だけ別扱いにする、この日本という国を、わたしはその一員として、ほんとうに恥ずかしく思います。出自がどうであれ、同じときを同じ日本の地に暮らすだいじな子どもたちではありませんか。子どもに何も責任のないことを理由に差別するのは、許されることではありません。
 どうか、すべての差別的な扱いをやめてください。朝鮮高校の無償化を一日も早く実施してください。お願いします。」

90「かつて朝鮮人が自力で建てた学校を、少年を射殺し、かじりついて抵抗した子供ごと机を窓から放り投げ、一方的な暴力で破壊。その後再びひるむことなく守り続けたささやかな教育の場。文化国家なら積極的な支援を行うのが当然の責務であろう。
 ただ一言、日本の行政は「セコイ」。もうこの一言に尽きる。」

91「近い将来、朝鮮半島が自由に行き来できる場所になったとき、私たち日本人もささやかながらこの平和に貢献できたのだと思えるように、日本に住むすべての子どもたちに等しく高校無償化の恩恵を与えて下さい。これは、未来への投資です。」

2012年1月20日 (金)

詩「プロメテ」(シモーヌ・ヴェイユ)

シモーヌ・ヴェイユは九篇の詩を残しています。Jpg
1937年(二十七歳)頃に書かれた「プロメテ」を紹介します。
ヴァレリーにも高く評価された作品です。
前作の「稲妻」(29年)から大分間があいています。
『シモーヌ・ヴェイユ詩集』の小海永二氏のあとがきによれば
「その中断期間は、彼女が最も熱烈に政治的な活動に参加した時期にほぼ見合う」
といいます。
つまり「政治の季節」の後である1937年は
詩人ヴェイユにとって精神的に転機の年だったのです。
小海氏によれば
「彼女が一九三六年の夏にスペイン市民戦争に参加し、負傷して帰国した後、イタリアに旅行してキリストの臨在を体験する年」にあたります。
政治への絶望から宗教(カトリック)へ向かい始めるのです(しかし結局は入信はしません)。
「この年の夏、聖フランチェスコの故郷、アッシジの町で祈った彼女は、この町から出したある友人への手紙の中で、『若い時から、いろんな理由があって、わざと押しころしてきた詩への使命感がよみがえるのを感じた』と書いている」そうです。
つまりこの作品は「わざと押しころしてきた詩への使命感」が蘇る中で
書かれたということから、ヴェイユにとって特別なものだったと分かります。
人類に火をもたらしたために
ゼウスから鷲にその肝を食われるという劫罰を課せられた「プロメテ」。
それはヴェイユにとっては
キリストだけでなく
自分を無にすることで世界に愛の回復を祈ったすべての人々、
そしてヴェイユ自身の自己像を重ね合わせたイメージであるでしょう。

プロメテ
                                                             シモーヌ・ヴェイユ(小海永二訳)

孤独の ある獰猛なけだものが、
腹の中で絶え間なくその身を責めさいなむもののために、むしばまれ、
疲労にふるえながら 走り回っている、
死によってしか逃れられない飢えから逃れようとして。
そのけだものは 暗い森を横切って食物を探し、
夜がその影をひろげる時には何一つ見えず、
岩のくぼみに住んで 死ぬほどの寒気に打たれ、
成行きまかせにしか抱き合い交尾することもできず、
神々に苦しめられ、その攻撃の下で泣き叫ぶ──
プロメテがいなかったら、人間よ、お前たちはこうなるだろう。

創造者であり、破壊者でもある火よ、芸術家である焔よ!
火よ、夕空の微光を受け継ぐ者よ!
曙(あけぼの)の光が あまりにも悲しい夕暮の只中に昇る。
優しい暖炉は人々の手を結び合わせた。
畑が焼き払われたやぶに代って場を占めた。
固い金属が どろどろの溶解物の流れ口からほとばしり、
赫熱した鉄が ハンマーに打たれて 曲がり しなう。
屋根の下の一つのあかりが 魂を豊かに満たす。
パンは焔の中で果実のように熟れる。
プロメテは何とお前たちを愛してくれたことか、こんなにも美しい贈り物をするために!
                                                             
彼は車輪と槓杆(てこ)とを与えてくれた。おお、何という偉業!
運命が人の手の僅かな重みに曲がる。
道路を支配し 槓杆たちを見張る手を
「必要」は遠くから畏敬する。
おお 帆に征服された海の風よ!
おお 帆を持たずに血を流す犁べらに 開かれた大地よ!
一つのランプが力なく降りてゆく深淵よ!
従順で固い鉄は、走り、噛み、もぎ取り、
引き伸ばし、打ち砕く。両腕は、彼らの餌食を、
血を与え 血を飲む宇宙を、抱きかかえる。

彼は 典礼と寺院との創始者だった、
寺院、この世から遠くに 神々を引きとめておく
魔法の円。かくして人間は、ただひとり
沈黙して 運命について 死について 天空について瞑想にふける。
彼はまた 記号の、言語の、創始者だった。
翼あることばは いくつもの時代を横切り
山を越え 谷を越えて、心を、腕を、動かしに行く。
魂はことばで語られ、理解されようと努める。
空と大地と海とは、二人の友が、二人の恋人同士が
小声で語るのを聞こうとして沈黙する。

数の存在はいっそう輝かしいものだった。
妖怪たちは、悪魔たちは、死にながら去ってゆく。
数をかぞえる声は亡霊どもを追いはらうことができた。
ハリケーンでさえも おだやかで透明だ。
底なしの空に それぞれの星が位置を占め、
星は 一言の嘘もなく 帆に語る。
行為が行為につけ加わり、孤立したものは何一つない。
いっさいのものが正しい秤の上で釣合っている。
沈黙のように純粋な歌が生まれる。
時として 時の屍衣が半ば開く。

夜明けは彼によって不滅の歓喜となる。
だが 苛酷な運命は彼に屈従を強い続ける。
鉄鎖が彼を岩に釘づけにし、彼の額はゆらぐ。
彼が十字架にかけられて吊り下っている間、
冷たい苦悩が刃のように彼の中にはいってゆく。
時間が、季節が、世紀が、彼の魂をむしばみ、
次々と続く日が、彼の心臓を衰えさせる。
彼の身体は拘束されてむなしくのたうつ。
逃れゆく瞬間が 彼のうめき声を風にのせて吹き散らせる。
孤独で無名の、不幸にゆだねられた肉体よ。

2012年1月19日 (木)

現代詩手帖特集版『シモーヌ・ヴェイユ─詩をもつこと』

現代詩手帖特集版『シモーヌ・ヴェイユ─詩をもつこと』(思潮社)が出ました!Vei
生誕百周年である2009年に企画され、同年に刊行予定でしたが、
予定をかなり過ぎての、けれどそれだけに満を持しての刊行です。

今村純子さんは刊行のコンセプトを以下のように書いています。
「二〇〇九年は、シモーヌ・ヴェイユ生誕百年の年であった。シモーヌ・ヴェイユという『特殊』においてかぎりなくその『特殊』を離れてゆく彼女の言葉は、読者それぞれの現場で確実に花開くものとなろう。とりわけ、生きる希望を見失いかけた人々が本特集版を手にとり、それぞれの心のうちにまさしくヴェイユが述べる『詩』を灯しうるならば、そのことはまた、言葉そのものの奏でる詩が真にそれぞれの心を震わせ未来へと向かわせることにも連なろう。わたしたちの生も、芸術と同様、創造にほかならない。それゆえ、ひとりの人間の実在が確かであれば、その『存在の美』をもって、他者の存在を震わせ、覚醒させる、倫理の地平を切り開くことにもなろう。」(巻頭言「詩をもつこと」)

2009年の2月だったか、今村さんとこの特集版について喫茶店で語り合ってから
もう3年になります。
あれから世界にも日本の社会にも本当に色々なことがありました。
私自身も朝鮮学校の高校無償化除外の問題をきっかけとして
在日朝鮮人に降り注ぐ無限の「重力」(ヴェイユ)を知りました。
またその「重力」がこれまで日本人である私にも別な形と強度ではあれ
降りそそいでいたことも実感しました。
3.11の暴力は
この国が何とか取り繕うとしてきた「不幸」をむきだしにしてしまいました。
原発と権力者のエゴイズムからもはや止めどなく流れ出る「悪」は
人の身も心も汚染し続けています。
どうにもならない閉塞感と無力感が拡がっています。
しかしこれからこそが勝負なのだと思えます。
ヴェイユは「脱創造」と言いました。
難しい概念ですが、「ひとは捨て去るものしか所有しない」という彼女の箴言に通じる、賭けのようなアクロバットな蘇生だとすれば
そのような「脱創造」はこの社会に可能なのでしょうか。
可能ならばどのようにして実現できるのでしょうか。

この時点でこの特集版が出たことには
やはり必然性を感じます。
ヴェイユを初めて知る人にとっても、決して取っつきにくい本ではありません。
殆どの原稿が3.11以前に書かれたものですが、
それぞれのヴェイユ体験を考察する中で
今の事態の淵源である「不幸」を炙り出しています。

なお、余り知られていませんが、ヴェイユは詩人でもありました。
私も「何よりもまず、詩人でありたい─詩人としてのシモーヌ・ヴェイユ」を書いています。
ご一読願えればさいわいです。

「私たちはときに、自分の本当の名前のように、あるいは人間の美しさそのものに感じ入るかのように、ある人々を「詩人」と呼ぶ。実体というよりもこの世の言語の支配を逃れえた、透明な影のような人々を。この世の水際で、「〈わたし〉と言いうる力」(「〈われ〉」『重力と恩寵』)を、滅ぼしつづける人々を。詩は、そのとき一瞬、空虚にかかる飛沫の虹であるだろう。だが、いつしか「詩人」に揶揄さえこめられなくなって、久しい。しかし「詩人」は死んでなどいない。例えばシモーヌ・ヴェイユのような生き方をした人物が詩を書いていたという事実は、私たちに無限の励ましを与えるのではないか。私たち自身にも、無限の責務を同時に甘美に負わせるようにして。
 ヴェイユと詩。その意外でもあり必然でもある結み合わせを思考することは、時代に押しつぶされてもなお言葉を信じようとする、詩人という永遠の存在の本質に迫ることでもある。」

2012年1月17日 (火)

1月16日付京都新聞朝刊・「詩歌の本棚」新刊評

   辺見庸『瓦礫の中から言葉を─わたしの〈死者〉へ』(NHK出版新書)は、今詩を考える上で大きなヒントを与えてくれる一書だ。3.11以後、この社会をあからさまに覆いだしたメディアを中心とした空疎な言葉たち。だがじつはそれ以前から言葉と実体は離れ、主体的な深さを喪失していた。震災後の状況はそれをはっきり証明したに過ぎない。しかし言葉の空洞化ほど人にとってつらいことはない。「複製不可能な、他にはない、まったく希有な、ドキドキするほど鮮やかな、はじめての言葉とのであいと感動を、この社会はなぜ必死で求めないのでしょうか」。氏はさらに言葉に対する関心の低下は、人間への関心の薄らぎであると警告する。つまり詩は震災後こそ大きな使命を持つのだ。社会の各所から今きこえる苦しみの声と、遙かに共鳴するものとして。
 杉山平一『希望』(編集工房ノア)は、各作品が見開きに収まるいわば「掌篇詩集」。九十七年の長い歳月から集められた詩の蜜のようなライトヴァース集だ。だが短いながらも擬人法やウィットを活用して視点を複層化し、読者をどこか遠方へと巧みに投げだす。次の作品は、言葉と実体との関係を看破した「詩論詩」となっている。
「ある美術館の壷の絵の表題が/『置く』と書かれているのに感心した/置くという言葉によって/壷に生きた血がかようようだった/壷とはAとかB同様の符号にすぎない/それが、ことばをつけることによって人間の仲間になり/さわるものになり/持つものになり/血のかようものになるのだ/ことばによって物は発見され/生きて我らの仲間になる//世界はことばによって発見されつゞける」(「ことば」)
 八柳李花『サンクチュアリ』(思潮社)は、言葉が実体をもとめるというより、むしろ手放すことを意図しているようだ。若い詩人にとって、それだけ実体は過重なのか。だが手放そうとして、言葉の指先がひんやりと実体に触れた一瞬、どきりとこちらに伝わるものがある。省略できる部分を大胆に省略すれば、もっと言葉に速度とリズムが出ると思う。
「枯木にながれる、一筋のうるおいを/攪拌させた午後はもう/なだらかで。/余計に摘んだ切り花に道を/おおわれている、/それはわたしの骨の音が/降るようにして。/花びらも地面に積もらず消え。/圧縮された未来が/そこにあった、/なにも実感できないとしても、それは/平面的な幾何学の問題で。/砂がきしむ音で名前を擦られていた、/そうやって文字はだんだんと精密になる、」(「04」)
 牧田久未『林檎の記憶』(思潮社)にある林檎のモチーフによる連作は、谷川俊太郎の「りんごへの固執」を想い出させる。谷川のそれは林檎の存在論だったが、ここでは林檎にまつわる神話や科学の逸話にもとづき、社会批評が展開する。また言葉と実体をめぐる詩論も作品化されている。
「朝日と夕日のせつない距離//同じものを同時に/違う名で呼び/国境は封鎖される//違うものを/同じ名で呼び/紛争は一時回避された//言葉とは/いったい どこの国の/だれを探しているのだろう」(「惑わし」)
 南原魚人『TONIC WALKER』(土曜美術社出版販売)は、世界の変容を戯画的に描く。ここでも言葉と実体の裂け目が痛感されている。
「そもそも、おもちゃのブロックですら何も作れない私が言葉で無形の真実を作ろうとすること自体が最初から間違いなのです。」(「拝啓、」)

2012年1月16日 (月)

石原吉郎「五月のわかれ──死んだ男に」

 鹿野武一は抑留生活の後遺症で肝臓を病み、治療を受けながら薬剤師として働きました(一方で鹿野のように手に職のなかった石原はシベリア帰り=「アカ」といわれ、職を得るのに苦労したようです。
 しかし鹿野は昭和三十年心臓麻痺で急逝します。ショックを受けた石原は次のような詩を書きます。鹿野へのオマージュです。「よるひるの見さかい知らぬげに/あかあかもえつづける/カンテラのような/きみをふりむくことももう/できないのか」という一節からは、石原にとって鹿野という人間はいかなる存在だったのかが、痛切に伝わってきます。

五月のわかれ  ──死んだ男に

                      石原吉郎
右手をまわしても
左手をまわしても
とどかぬ背後の一点に
よるひるの見さかい知らぬげに
あかあかもえつづける
カンテラのような
きみをふりむくことももう
できないのか
なんという
愚鈍な時刻のめぐりあわせが
ここまでおれを
せり出したのだ
風は蜜蜂をまじえて
かわいた手のひらをわたり
五月は おれを除いた
どこの地上をおとずれるというのだ
ああ 騎士は五月に
帰るというのか
墓は五月に
燃えるというのか
耐えきれぬ心のどこかで
華麗な食卓が割れるというのか
皿よ 耐えるな
あざやかに地におちて
みじんとなれ青い安全灯
ああ 五月
猫背の神様に背をたたかれて
朝はやくとおくへ行く
おれの旗手よ  

2012年1月15日 (日)

ペシミストの勇気(三)

なぜ鹿野は、自動小銃に囲まれた行進のさなか
五列縦隊の外側へとみずから進みでたのか。
みなが生き残るために内側に入り込もうとしたのに。
あるいは誰もが他人が弱った隙をついて他人の食料を奪おうとさえしていた中で
なぜみずから絶食を選んだのか。

鹿野がニーチェやキルケゴールを読む哲学青年であったことや
中学時代からエスペラントを学び収容所でも読書会をみずから行っていたことや
抑留前に生まれたばかりの長男を亡くしていたことなどの
個人的な資質や状況からもその必然性は窺えます。
しかしはっきりとしたことは言えないと石原も言います。
わずかに想像できるのは次のようなことだと言います。

「彼は強制収容所という圧倒的な環境のなかで、囚人が徹頭徹尾被害的発想によって行動することにつよい疑念をもったにちがいない。被害的発想とは、囚人として管理されることへのそれであり、同囚の仕打ちにたいするそれである。彼は進んで加害者の位置に立とうとした。誰に。自分に。自分自身への加害者として。この場合の彼の発想と行動には、多分に生体実験的なニュアンスが伴う。」

「人間はなんびとを裁く資格を持っていない。なぜか。人間は本来「有罪」だからである。それが、兵役と強制労働を通じて彼が身につけた思想だったのではないか。」
                                       (「体刑と自己否定」)

これらの推測には
苦悩する信仰者としての石原の自己投影も多分に含まれているでしょう。
しかし精神的な気質が似ていた二人ですから
恐らく当たらずとも遠からずだと思います。
とりわけ被害者としての自己から離れ、加害者としての自己を発見する
という発想の転換には私も眼をひらかれる思いがしました。

つまり
五列縦隊の外側へ進み出たということは
まずは外面的には加害者(ロシア兵)の方への接近です。
そして内面的には
自分が内側にいること=外側にいる人間に対する加害、であるという意味で
加害者である自分を感じ取り
罰していくことなのです。

一見これは狂気の沙汰です。
自殺行為であるし、被害者がみずからを罰していくなんて。
罰されるのは加害者じゃないのか。
加害者を増長させるだけではないのか。
そうした疑問が出てくるのは当然です。
しかし
ひとが自分が被害者であるという意識におしつぶされそうなときに
加害者でもある自分をみすえることは
じつは大きな救いではないでしょうか。
それは何か神の視点のような明晰さ(石原のことばでは「ペシミストの明晰さ」)を
持つことです。
その視点が
加害も被害も混濁した汚辱の世界に救いもたらすことになるのではないでしょうか。

けれど今いったように、その救いだけでとどまれば
被害を与えた加害者の責任は放置されてしまいます。
加害者が何も傷つかないのに
被害者がなぜ加害者としての責任まで負わなければならないのでしょうか。

しかし石原が言っているのは
あくまでも単独者としての被害者の内的ドラマのことなのです。
けれどあえて言えば、それが内的であるからといって
現実への効力がないとは言えないのではないでしょうか。
一人の人間が被害者でもあり加害者でもあるという
魂の真実を見据える「ペシミストの明晰さ」。
それを持てば
被害者が加害者を憎悪する過程において加害者へとすりかわるという事態を避けることができるのではないでしょうか。
その結果
争いと憎しみの連鎖の歴史が
どこかで断ち切られる可能性も出てくるのではないでしょうか。
一方でそれではもちろん具体的な現実においては
加害者の責任は放置されてしまいます。
そこをどうするのかという反駁には
石原の内的ドラマの観点では答えることは出来ません。
しかし私は
「ペシミストの明晰さ」は
遙かな形でではあれ、加害者の側にも影響をもたらすものではないかと、予感するのです。
鹿野のことばが取り調べの将兵の魂のどこかに、恐らく深い傷を負わせたように。
石原のすぐれたことばが、遙かな時を越えて私たちを立ち止まらせるように。

ペシミストの勇気(二)

取り調べの将兵は
自分の訊問と鹿野の答えが行き違うのに根負けして切り出しました。
「人間的に話そう」。
このロシア語は囚人には独特のニュアンスがあったそうです。
つまりこれ以上追及しないから協力してくれ=受刑者の動向について情報を提供しろという意味です。
それに対し鹿野は言いました。
「もしあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない」。
挑発でも抗議でもなく「ありのままの事実の承認」として。
将兵は激怒しました。
しかしそれ以上どうすることもできず取り調べは打ちきられました。
けれどその後鹿野はずっと執拗な監視の下に置かれたそうです。

鹿野は、密林地帯の五列縦隊の行軍に際しても
進んで外側の列に並んだそうです。
受刑者たちはみな先を争い
安全な内側(外側に行けば行くほど足を滑らせて隊列からはみ出ればすぐさま背後の兵士に撃たれた)に入り込もうとしていたのですが。
そうした命をかえりみない行為や
先述の絶食や取り調べでの答弁は
客観的に見れば自殺行為です。
しかし鹿野にとってはひとを犠牲にしたり
自分に嘘をついたりして生き延びるよりも
先日の石原の詩にあったような自己の〈位置〉を救おうとしたのです。
そのことを指して石原は「ペシミストの勇気」と名づけています。
ペシミズムは悲観主義であり、受動的なニヒリズムであり
積極的な行為には及ばないので「勇気」と無縁のようです。、
しかし隊列の外に並ぶ、絶食をする、自分の立場を悪くする発言をするという行為は
たしかに逆説的な「勇気」ともいえます。
何かのためでもなく、何も生み出さず、むしろ自己消滅をのぞむかのような「勇気」。
しかし私には分かるような気がします。
収容所においてすべての人間性が奪われた光景を目の当たりにした中で
自分の〈位置〉を救うことだけが、唯一の救いであるということが。

「そしてこの勇気が、不特定多数の何を救うか。私は、何も救わないと考える。彼の勇気が救うのは、ただ彼一人の〈位置〉の明確さであり、この明確さだけが一切の自立への保証であり、およそペシミズムの一切の内容なのである。単独者が、単独者としての自己の位置を救う以上の祝福を、私は考えることができない。」(「ペシミストの勇気」)

石原のこの逆説的なことばはあらためて感動的だと思います。
互いが互いの加害者と化した集団の中では
鹿野の逆説的な勇気は絶対的な人間性の光であり
石原にとってどれほどの希望だったのでしょうか。
しかし一方、それだけに最後の一文には違和感を覚えます。
「単独者が、単独者としての自己の位置を救う以上の祝福を、私は考えることができない。」
これは収容所の中だけでの真実を語っているのでしょうか。
私は、石原がこの極限的な価値観が
どんな時空においても普遍的なのだと言っているようにきこえてなりません。
もちろん言述としては
「私は考えることができない」と
自分に限定しているのですが。
しかし私にはどうしても、今このときを生きている私に対しても
石原の単独者としてつかんだ真実を突き付けているように感じてしまう。
それは前述の本で辺見さんが「当事者(被害者)の重み」と名づけている
重み、重力にも近いものかもしれません。

なぜなら、私は強制収容所にいるわけでは決してないからです。
しかし、そのように抗弁していると、やがてどこか遠くから
おまえもまたみえない収容所にいるのではないか・・・
とこだまが返ってくるのがきこえてきます。
そしてそのこだまに答えられない沈黙が自分の中に拡がりだすのです。

2012年1月13日 (金)

ペシミストの勇気(一)

辺見庸さんの『瓦礫の中から─わたしの〈死者〉へ』でZen_ishihara_2
石原吉郎のことばに接し、久しぶり全集をめくってみました。
黒い布ばりの表紙の分厚い本体は、いつも聖書をおもわせます。

辺見さんは「私は告発しない。ただ自分の〈位置〉に立つ。」
ということばを『望郷と海』から引用しています。
この「告発しない」というところは
石原自身の態度表明であると共に、
壮絶な収容所体験の中でただ一つの人間性を失わない意志を見せた人間である
鹿野武一(かのぶいち)という人の姿勢を重ねているのでしょう。

鹿野については『日常への強制』の中の「ペシミストの勇気」に書かれています。
(私は若い時これを読んで、何カ所も線が引いています。分からない、という意味でもあるし、重要だというしるしでもありました。)
ちなみに数多い石原の抑留エッセイのなかで
個人名が出てくるのは鹿野武一だけだそうです。

鹿野は石原よりも二学年下です。
石原と鹿野は同じ部隊で教育を受け、満州へ動員されました。
幾度か離ればなれになりつつ、ほぼ同じ経路を経て帰国します。
ある時期の石原にとって鹿野は唯一の友人でした。

1952年(昭和二十七年)、
苛酷な密林地帯から移動してきたハバロフスクの収容所で
二十五年囚である鹿野は
「とつぜん失語状態に陥ったように沈黙し」絶食を始めます。
ようやく環境がましになり、心身が恢復できるという時にです。
それはハンストではなかったので、周囲も気づくのに遅れました。

なぜか。

鹿野の答えは意外なものでした。
その前日、他の日本人受刑者と共に公園の清掃と補修にかりだされていたとき、
市長の娘がそれを見て感動し
すぐさまに自宅から食物をとりよせて一人一人に手渡した。
鹿野もその一人でした。
その娘の自然で素直なやさしさが致命的な衝撃を与えたのです。
「このような環境で、人間のすこやかなあたたかさに出会うくらいおそろしいことはなかったにちがいない。鹿野にとっては、ほとんど致命的な衝撃であったといえる。そのときから、鹿野は、ほとんど生きる意志を喪失した。/これが鹿野の絶食の理由である。人間のやさしさが、これほど容易に人を死へと追いつめることもできるという事実は、私にとっても衝撃であった。そしてその頃から鹿野は、さらに階段を一つおりた人間のように、いっそう無口になった。」
この絶食さわぎは
俺もやる、と言い出して絶食をはじめた石原を
見るに見かねた鹿野が、一緒に食事に誘っていちおう収束しました。
しかし
他者のやさしさが人を絶食に至らしめることもあるという人の精神の経緯の繊細さ
複雑さとは何でしょうか。

けれどそれこそが鹿野がすぐれて人間である証拠なのでした。

私にどこまで謎が解けるか分かりません。
しかし娘のやさしさが鹿野に絶食の意志、
あるいは絶食するまでの絶望をひきおこした経緯の核は
おおまかながら以下のようなものではなかったでしょうか。

ハバロフスクでの回復期では
苛酷な過去に誰がどのような非人間的な行為をしたのかが
かえって意識化され、記憶が想起されてしまった、と石原は書いています。
苛酷な体験の渦中では意識化されなかった、他人や自分の非人間的な記憶が
次々フラッシュバックしてきた。
だから娘が当然のこととして自分に見せた人間的なやさしさは衝撃だったのです。
娘の優しいまなざしは
収容者同士が自分の生存のために裏切りあった過去に対する
神の断罪のまなざしそのもののような恐怖をもたらしたのではないでしょうか。
その衝撃が鹿野に自己消滅への意志を引き起こした。
神と地獄のあいだで、息も出来なくなったのではないでしょうか。
そう思えます。
おそろしいことです。
言い換えればそれほどの人間喪失の出来事が
日々密林地帯で生まれていたということになります
(石原もすべての出来事を書き残しているわけではないのです)。

その後鹿野は絶食がレジスタンスとみなされ
取り調べを受けます。
その場面での鹿野のことばを話題にしたいのですが
長くなりすぎました。また。

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