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2010年7月

2010年7月31日 (土)

校了のご報告(+「多数派当てゲーム」)  

アンソロジーの編集・校正のすべてが
本日やっと終わりました。
校了までゆるぎない使命感で全力を尽くしてくれたOさん、
本当にありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

これでようやく印刷に入ります。
発行日は8月1日、仕上がりの予定は6日。

このアンソロジーは、詩人・歌人・俳人(最後、俳人が一人すべりこんでくれました)が
朝鮮学校の除外および在日コリアンの問題、言語の暴力の問題、差別の問題に
おそらくこのくにの歌の歴史上、初めて向き合った一集となるでしょう。
それぞれの言葉の力で
これらの問題を多角的に多次元的に
思考し、解き明かし、つきつけるものとなっています。
日本の「うたびと」の新境地、そして「うた」の新局面として
ぜひ手にとってみて下さい。

それから昨日、ある論説を新聞で読みました。
ふとジャック・ラカンという名前が目を惹きました。
香山リカ「多数派ゲーム もうやめよう」(朝日新聞7月29日朝刊)。

「社会的に生きることは多数派当てのゲームなのだ、ということを精神分析の立場から明らかにしようとしたのは、フランスのジャック・ラカンだ。ところがいま、その〝多数派当てゲーム〟がしにくい状況になっている。そんな中で当然、「いつ自分が少数派に転じるか」と人びとの不安も高まっていく」

「大切なのは、中途半端なところで判断を保留にし、世間の多数派につこうとせずに、時間をかけて逡巡し続けることだ。そのためには、「答えを決められないうちに少数派になってしまうかも」と不安からパニック状態に陥らないようにしなくてはならない。不安は、外からやって来るものではなくて、自分の心の中から生まれている。「即断即決しなくていいんだよ」と自分に声をかけて、とりあえずは落ち着いてみる。答えを出すのは、それからなのではないか」

惹かれども惹かれども
ラカンは私にはとても難しい学者です。
ただ断片的に「欲望は他者の欲望である」という名言は
とても鋭いなあと思った記憶があります。
ここでも紹介された「社会的に生きることは多数派当てのゲームなのだ」も
とてもうまいことをいうなあ、と思いました。

ここで香山さんがいうように、
今は何が誰が多数派なのかは誰にもわからない。
「欲望は他者の欲望である」からすれば
他者の欲望が分からなくなっているということもできるでしょうか。

もう十分生きた大人である私には
様々な多数派という幻想をくぐりぬけた果てに
いわば最後の砦としてのこされた自分だけがある、
自分という逃れようもない少数派だけがのこされている、
と思うことができます。
ここにじっくり腰をすえるか、という根拠地を
いつしか獲得したように思えるのです。

でも若い人はたしかにちがうのでしょう。
つねに自分の中から
追い立てられているのではないでしょうか。
霧のような世界でどこかからきこえる
意味不明の他者たちのざわめきのほうへ。

2010年7月30日 (金)

またしても冷や汗・・・

ある方に指摘されました。

昨日ご紹介した「カタカタカタ」の詩の作者は、若いお母様でなく、お父様だったそうです(そういえば、たしかに名前のふたつの漢字は、男性の名前によく使われるものでした)

でも、これがパパのまなざしだ分かったとしても、いえむしろ、だからこそ、よりあたたかな光にみちていく気がします。

2010年7月29日 (木)

カタカタカタ

アンソロジーの原稿のすべてを本日編集の方に入稿しおえました。
やや疲れています・・・
まだまだ残っている最終校正などは
他の方にお任せしてしまうことになり
申し訳ない気持がしています。

ところで今日道を歩いていて
お母さんに手を引かれた小さな子供とふと目が合い
思い出した詩がありました。
若いお母さんでもある在日の詩人による
アンソロジー参加作品です。

作品は引用しないでおきますが
内容は以下のようなです。

カタカタカタと
自分の息子が「カタカタ車」で歩く練習をしている。
それをみていた隣家のやはり小さな男の子が
がんばれ!と叫ぶ。
そして
「小学校になったら一緒に学校へ行こな。」と。

それに対して母親である「私」は
この子は違う学校に行くのだ、という。
目を丸くする男の子に
「朝鮮の子やから 朝鮮の学校に行くねん」
と説明する。

男の子は「不思議そうに/少しだまりこんだあと」
「力強く言った」そうです。
がんばれ!!と。

がんばれ! がんばれ!とつづくその子の声援をあびながら
息子さんはうれしそうにまっすぐ歩き出しました。
カタカタカタと車を押して。

以上のような内容の短い詩ですが
私はとても感銘を受けたのでした。
カタカタカタという一生懸命な音もきこえるようでした。

「男の子は不思議そうに
少しだまりこんだあと
力強く言った」

その小さな沈黙は本当にとうとい沈黙だと感じます。
そのとき黒いつぶらな瞳には
きっと世界のすべてが
ありのままの美しさで
くっきりと映し出されていたにちがいありません。

アンソロジーに付いてきます

アンソロジーには小さな冊子が付きます。
京都朝鮮高級学校の生徒さん達による作品集shine

キラキラ光る無償化の文字/私たちの心を躍らせた」
「私たちにないものは/暗く進めない未来である」
「こんな遠足/またいきたいって素敵だな/快晴みてみたい/いつになったら晴れるのか…」
「僕らはこのニッポンの空の下/力いっぱいサムルを叩く/一つの大きな実り-民族の心をこの大地に」

1学期の期末試験を終えた後、16名の方に急遽書いて頂きました。

数に限りがありますので、ご希望の方のみとなりますが
魂からこぼれる珠玉の言葉たちを
ぜひみなさまに受け止めほしいと思います。

(価格を付けるかは未定。詳細はまた・・)

2010年7月27日 (火)

アンソロジーのお知らせ(最終)です。

あらためてアンソロジーのお知らせです。印刷部数もそろそろ決定段階に入ります。ご希望の方は出来るだけ早く下記アドレスまでご連絡下さい。
   
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
       

       ★★朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』のお知らせ★★ 
      詩人と歌人、合わせて79名によるアンソロジーがもうすぐ完成します!
    Image329_2
        朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー 
               A5判縦 312頁
Image334_2           79名の詩人と歌人による、 
             コメントと作品のアンソロジー。
            頒価:一部1000円(送料込)
    発行日:2010年8月1日(お届けは7日以降
 
                                  

                      typhoon参加メンバーtyphoon
  愛沢革、相沢正一郎、葵生川玲、淺川肇、阿曾都、石川逸子、一色真理、伊藤芳博、岩崎リーベル豊美、上野都、宇佐美孝二、内田良介、大田美和、大橋愛由等、呉香淑、呉紅心、呉順姫、金子忠政、上手宰、河津聖恵、北川朱実、金敬淑、木下裕也、金里博、金忠亀(短歌)、金芳順、金正守、金明恵、久々湊盈子(短歌)、康明淑、草野信子、 くにさだきみ、倉田昌紀、甲田四郎 、高賛侑、今野和代、斎藤恵子、佐川亜紀、佐相憲一、沢田敏子、柴田三吉、秦勝元、神泉薫、徐正人、鈴木比佐雄 孫志遠、髙塚かず子、髙木護、竹村正人、趙南哲、崔龍源、崔梨奈,蔡徳浩、津坂治男、辻井喬、寺岡良信、徳弘康代、苗村吉昭、永島卓、にしもとめぐみ、野樹かずみ、野村尚志、朴才暎、朴泰進 原田麗子、日原正彦、福原恒雄、許玉汝、松尾静明、松岡政則、御庄博実、水島英己、望月苑巳、山田隆昭、四方田犬彦、梁学哲、李芳世、龍秀美、呂剛明 

 京都朝鮮高級学校の生徒さんたちの作品集も付きます!(数に限りがあります。ご希望の方のみ)
 
    詩と短歌の原点である「うた」が本来持つ「うったえる力」。
    79名の詩人・歌人が除外問題に向き合い、
    言葉の暴力と差別意識を越えたあらたな共同性をもとめて
    この国の現在に向かって「うたいあげ」ます。
    この問題に危機感を抱くすべての人に読んでいただきたいと思います。

 
    ご購入希望の方はkiyoe51803291@kib.biglobe.ne.jp
   まで予約メールをいただくか
   郵便振替00970-1-126241 足立聖恵(アダチキヨエ)
  までご希望の冊数を明記し、お振り込み下さい。
 

2010年7月26日 (月)

「幽霊」

京都はあまりの暑熱です・・。
そのせいか、ときおり記憶が消えたり、ねつぞうされたりしています。

さっきからどうしても思い出せなくてやや苦しんでいることがあります。

最近、なぜ詩を書き始めたかとたしかにきかれました。
「そこに自由があるから。過去をふりかえるのではなく、そこには前へ前へとすすむしかなく、宇宙が拡がっているから。詩は宇宙に直接、言葉によって身を任せることができるから。」
というような応答をしたと思います。

しかし誰と話していたのでしょうか・・・
酔っていたような気もします。
しかし最近そんな親密な会話をする機会があったでしょうか。

そのときふわーっと気分がよくなって
私にしては久しぶり重力からのがれて
舌が夢のように動いて語り続けました。

つづいて詩人で誰が好きかときかれて
「高校生の頃は谷川俊太郎だったかな」(これは私の定番のこたえです)
「それと、宮沢賢治。銀河鉄道の夜が好きで、
高校生の頃、宇宙を列車でめぐる情景を描く詩を書いたことがあるんですよ」

自分としては珍しいことに
生まれて三番目に書いた詩のことを話したのでした。

その詩のタイトルはじつは思い出せないのですが
宇宙の美しい草原を天上の列車でゆきつつ
しかし宮沢賢治のそれのように次第にものがなしくなっていき
やがて緑が溶解し、緑の蒸気の息苦しさの中で
座席にすわっていた少女の幽霊が蒸発していく・・・
さいごは、
中原中也的なぎらぎらとした夏の情景が
宇宙いっぱいにひろがった詩でした。

ああタイトルは思い出しました!
「幽霊」でした・・・。
「高一時代」に投稿して
選者の山本太郎氏から「宮沢賢治の銀河鉄道の夜を想起する」
とほめられた?覚えがあります。

こんなことを書き出したのは
ちょっと一仕事終えたからというのもありますが
先ほどある方から
「銀河鉄道の夜」の美しい動画のお知らせをいただいたからです。
http://ch.nicovideo.jp/channel/ch2588

しかし、あんな忘れていた詩について
喜々として話した相手は誰だったのでしょうか・・・
夢だったような気がしてきました。

私もプラネタリウムに行って
忘れていた詩のすべてを思い出したいです。

冷や血がめぐりました・・・

すみません、昨日の記事で大変粗忽なききちがえをしていました。

ハルモニがいったのは「なんぼ鉄砲の弾がつようても、頭の中入った知識は取られん」です。

その前日に歴史学における「聴き取り」の話をきいてきたばかりで、聴き取りって詩だな、などと思っていたからでしょうか・・・ 

「在日コリアンの戦後」に感動しました。

とてもいい内容の番組で、みていて何度も目をぬぐいました。
民族学校の存在を根幹とした在日コリアンの歴史が
とてもよく分かりました。

私自身にはまがりなりにも歴史を知りたいという欲望があるのですが
そしてそれは恐らく
歴史のダイナミズム、あるいは「からくり」を的確に実感したいという欲望
なのですが、
それをかなりみたしてくれました。

こういう、人間の、歴史に対する基本的な欲望に見合う、あるいはそれを喚起する
番組こそが今大切なのだとつくづく思いました。

内容は大まかには次のようなヒストリーです。
アメリカの占領政策は
米ソの対立によって、日本の民主化から反共政策へと転換していきます。
その中で日本の、朝鮮人差別政策はずっと変わらない。
アメリカはその国策を巧みに利用し、日本や朝鮮半島への支配をすすめようとし
日本はアメリカの反共政策にのっかって、差別や軍備を復活させようとする。
その結果、朝鮮人への制度的な差別が生みだされていく・・・

またくわしく書きたいですが(きっと書きます!)
朝鮮学校がなぜ無償化から除外されたのかが
番組をみて氷解したのでした。
ただ脳の歴史的な領野が
ふとしたはずみで氷塊になってしまいかねない私は
今日分かった歴史を何度も反芻して
何とか自分らしい言葉で表現しなくてはならないなと思っています(詩人が歴史を語ることは可能でしょうか?)。

番組のラストはなんと
先日東大阪朝鮮初級学校で見た「金銀花永夜(クムンファヨンヤ)」の
阪神教育闘争のラストシーンじゃないですか。
あの日の感動がよみがえりました。
そして
「なんぼ鉄砲の弾がつようても、頭の中入った知識は取られん。」
という番組で語ったハルモニの言葉が
鮮烈に胸につきささりました。

追記(しかしこの番組に比べるべくもないですが
ここ数日とりわけ民放が流し続けた
元死刑囚をめぐるニュース映像は本当に見る者を悲しいほどばかにしていました。
女性的な優しさや母性をなんとか利用して
見る者の涙や同情を誘ったつもりなんでしょうか。
何よりも女性をバカにしていますし、そのこと自体があわれです。
彼女の唇に彼女がのぞむはずもないグロスを塗ったのはだれなのでしょうか。
国策というよりも、非歴史的な男たちの愚かさを強要されるようでした。)

2010年7月23日 (金)

NHK総合7月25日(日)21時「在日コリアンの戦後」

喫茶美術館の丁章さんから「録画してでも見てください」と連絡が来ました。
じつは私も必ず見なきゃ!とわくわくしていた番組です。
 
      NHK総合 7月25日(日)21時00分~21時54分
  番組名「NHKスペシャル  シリーズ日本と朝鮮半島
         第4回 解放と分断 ~在日コリアンの戦後~」

     (再放送は同じく総合テレビにて、7月26日深夜24時15分~25時09分です。)

 このシリーズの前回の放送の時に、予告に上記の番組の一部が使われていました。そこで戦後直後の朝鮮学校閉鎖令が出された時の有名なシーン(小学生たちが警官によって教室の窓から放り出されようとする場面)が一瞬映ったのです。それも動画だったと思います。そうか、ついにNHKは朝鮮学校の歴史をとりあげるんだなあ!とちょっと驚きました。
 日韓併合100年の特集番組ということです。ディレクターの方がしっかりと取材を重ねて制作した番組だそうです。そして、なんと丁章さんも取材を受けたそうですよ。最後のテロップに、協力者としてお名前も出るそうです! とても楽しみですね~。もちろん録画もばっちりします。
 

2010年7月21日 (水)

『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』のお知らせ

flairアンソロジーはすでに完売しました)

朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』のお知らせ

詩人と歌人、合わせて約70名(予定)によるアンソロジーが
もうすぐ完成します。

概要は以下のようです。

タイトル:朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー
               
仕様:A5版縦 約250頁
               内容:約70名の詩人と歌人による、コメントと作品のアンソロジー。
               頒価:一部1000円(送料込)
               発行予定日:2010年8月1日

詩と短歌。
この二つのジャンルの根を同じくする「うた」には
「うったえる」という本来の力があるといいます。

前回のリーフレットは
詩人と歌人が散文的な次元においてもなお持つ言葉の思考力に
賭けた一集でしたが、
今回は詩と短歌にある本来の「うた」の力で勝負します。
コメントと作品が並びます。

テーマは直接的な「朝鮮学校除外反対」だけでなく、
「他者に対する憎悪犯罪への反対の意思表示」
あるいは「言葉による暴力への反対の意思表示」などです。
すべての参加者が
除外の問題に対し多角的多次元的に向き合って書いております。

6月末頃から呼び掛けを開始しました。
アンソロジーを編もうと思ったきっかけは
直接的には金里博さんが
6月に入りふたたび無声1人デモを再開すると言ってきたことでした。

4月にリーフレットを出し、5月に第一回無声デモ1人を支援したあとで
私を含めた日本の詩人たちは
しばらくエアポケットのような安堵感に
ひたっていました。

けれど里博さんのデモ再開は
当事者の鋭敏さがとらえたリアルな危機感のあらわれとして
私たちの胸を刺しました。
日本の詩人にとっては、
日常が事態の深刻さをかくし
時間がすべてをただ押し流そうとしていたわけです。
そのことにふいに気づき、
胸は不安に高鳴りました。

慌てて少しでも志を同じくしてくれそうな人たちに
連絡をとりました。
120名位には呼び掛けたでしょうか。
そのうち70数名が立ち上がってくれたわけです。

いきなり言われて困惑され断られた方々も多いです。
(あたりまえですね)
しかし一方で、
この問題についてぜひ考えてみたい、
言葉を扱う者として何が出来るだろうか?
この問題には理不尽さを感じていたが
どう行動し表現していいか分からなかったので
機会を与えてくれて嬉しい、

と言ってくれた人も多かったのです。

私は今回(今回だけでなくいつもかも?)やや性急に事を進めましたが
その性急さのためにかえって
無駄なためらいを感じなくてすんだようです。
結果的には迷惑もかえりみず?呼び掛けて本当によかったと思っています。

現在のところ50名分が集まり
前半部分を昨日、編集会社に入稿しました。
これから25日の締め切りまで
どんな力作が集まるのかわくわくしているところです。

自画自賛ながら、
これまでのところを読んでも感動的な一集になると確信します。
政治的な言葉やスタンスは一切ありません。
言葉を「うた」の次元で思考し、感受し、手渡す者たち
ならではの言葉ばかりが並んでいます。
この問題をめぐって社会や歴史や他者に向き合う一人一人の顔がたしかにみえてくる
すばらしい内容となっております。

今回の除外問題は様々な角度から考えられる複雑な問題です。
しかし多様性や深度という点で
このような一集はなかったのではないでしょうか。

ぜひみなさまにも手にとって頂きたく
お知らせ致しました。

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