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2010年12月

2010年12月29日 (水)

今年最後の詩

先日、友人といっしょに、まるで鏡のように美しい池の前に佇みました。
来年こそは、この池の眸のような、澄んだまなざしに見つめられて恥じない一年でありたい。

鏡池
                        河津聖恵            

池は今 澄みわたる眸となり
もう一つの冬を底深く見つめだすImage1094
庭園のベンチに並んで腰をおろし
きれいねえ 声を思わず合わせた
二人の眼差しはそのまま
凜と木々を映す水面に吸い込まれる
この美しさは
世界の沈黙に煌めく涙の光 あるいは
まばたき一つで 
消えてしまう流れ星の迅さ
奇跡的に反射も翳りもない水の
緑と青に夢のように呼ばれた私たちは
冷たく響く鳥の声の「永遠」に
肩をよせあい黙りはじめる
あと少しで鏡は薄闇に溶け
夜が訪れるはず 
空は魂を掠め 落ちてくるのか
私達の間にも闇が生まれ
不信と孤独の青白い鬼火が
ちらちらもえ出るだろうか けれど
きれいねえ
今 共に見つめる鏡の揺るぎなさに
眼差しは
さらに高く時を越えていくもう一つの冬を追い
未来へと確かに暮れ残る 

「アーティスト・アクションin枝川」は今日が最終日です!

「アーティスト・アクションin枝川」は今日が最終日です。Image1101
最終日とあって、音楽・パフォーマンス満載です。
詳しくはhttp://artistaction.mods.jp/まで。

上記HPにもアクセス地図がありますが、私のような旅人には少し分かりづらい場所にありましたので、私が記憶している道順もご参考ください→地下鉄有楽町線豊洲駅4番出口をのぼって、そこから「吉野家」の見える方向へ信号を渡り、「吉野家」をすぎてさらに左手にホームセンターを見ながら進みます。それから「あさなぎ橋」という大きな橋を渡って、10m位行って信号を渡ると交番があります。交番の右手へ進んで、最初の信号を渡ると、赤い新校舎がみえてきます(1階が体育館になっている、とても明るくてモダンなImage1102_3校舎です)。またこの新校舎には工事中のブルーシートに、写真のようなポスターがかけられています(担当 者が決死の覚悟でお一人で作業されたそう・・)。この新校舎をぐるっと廻ると旧校舎の入口が現れます。入口では、写真のような可愛い女の子がお迎えします。

ちなみに今日のイベントのラストは、なんと許さんと私がオープニングで朗読した許南麒の詩「子供たちよ、これが私たちの学校だ」に曲をつけて歌った韓国の歌手、イ・ジサンが、焼き肉パーティーで歌われるとのこと! さぞやお肉も贅沢な味がすることでしょう。

ぜひみなさんもご来場下さい!

2010年12月27日 (月)

「YAKINIKU アーティスト・アクションin枝川」に行ってきました

昨日、枝川の東京朝鮮第二初級学校でのイベントImage1139
「YAKINIKU アーティスト・アクションin枝川」
に行ってきました。

オープニングイベントの朗読会の部で
相沢正一郎、柴田三吉、許玉汝、河津の『アンソロジー』参加詩人四名で朗読しました。

来月にも取り壊される木造の初級学校の懐かしくも切ない
多くの人々の喜びと労苦が染みこんだ空間で
朝鮮学校への思いをこめた詩を朗読できたのはImage1122
本当に感慨深いものがありました。

許南麒の「これがおれたちの学校だ」を
許さんと二人でバイリンガル詩朗読した時、
1948年当時の学校がたちあらわれたように思いました。

「そして1948年春三月には/ときならぬ嵐がふきすさび、/この窓をたたき、/君たちの本をぬらし、/頬をうち、/あげくのはては/学ぶ自由までも奪い上げようとし、」

そんな時代からImage1136
ハッキョはここまで頑張ってきたんですね。
コマッスミダ。

オープニングイベントは
すべての演目が素晴らしく
高嶺羽さんたちの「ピナリ」という学校への祈りの音楽には
体の底から励まされました。

「月刊イオ」でいつもその世界に圧倒されている
豊田直巳さんのフォトスライドショーも
チェロの重厚な生演奏とあいまって迫力がありました。Image1138
前半はイラクなどの戦地の写真、
後半は枝川の朝鮮学校の写真でしたが
「朝鮮学校無償化除外という差別が、結果的に戦争の悲劇に繋がっていく」
という説明が深く心に残りました。
戦地を体験されている豊田さんの実感ですが、
じつは私もまたずっとそう確信していたので、
我が意を得たりという気持でした。

最後の白承昊さんの歌とギターも幻想的で素敵でした。Image1112

展示物はまさに
学校の教室という現場とアートの「蜜月」です。
温かで、素朴で、人の心を掴む魅力あるものばかり。
学校の廃棄物を使った電飾の作品や
学校の新出発を祝うかのような花の船が素敵でした。

ある部屋では
「あなたにとって朝鮮とは何ですか」という質問とは何ですかImage1120
という文字が日本語とハングルで書かれた
赤・青・白の長い布が垂れ下がっていました。
私にとっては・・・
感性の裂け目を与えてくれるもの、でしょうか。

大きな橋を渡った埋め立て地にある東京第二朝鮮初級学校。
1954年の映画「朝鮮の子」の舞台ともなりました。
なぜこの学校がここにあるのか、
1940年の幻の東京オリンピックとの深い関係を知り
愕然としています。
これからゆっくり歴史を繙き、
詩の次元へと移し換えていきたいですね。

昨夜、ホテルで浮かんだ詩を今完成させました。

サラム
                 河津聖恵

サラム、
それは夜の石を踏む裸足の冷たさ
あさなぎ橋を渡る君は 
誰にも知られず
ふいに靴を脱ぎ捨てる
白色矮星の都市が柔らかに映る
橋の下の黒き流れに
靴は音もなく
古びた国籍のように呑み込まれた
研ぎ澄まされる足裏から
君は知る
川から海へ向かう彼方は戦場だ
サラムと非サラムの間で引き裂かれ
傷口からあふれるものが今も
この下を体熱のまま往きすぎる!
サラム、
川の向こうから
君の背を見つめる六十年前の祖父達
橋を渡れなかったあの冬の時代に
いまだ凍てつくままの子供たちは
引き結んだ唇をかすかに緩め
覚え立ての母国語を
再び唱和しようとする
橋を渡る君のために
振り返るな
ただしなやかな一歩一歩であれ!
川向こうに今輝く闇としてある
明日壊される無人の木造校舎の廊下で
サラム、
君のために幻の裸足は踊りだし
恐る恐る写真から抜け出る幼き足達さえ
この世に初めてのステップを踏む
みずからの素足の金属の冷たさ
獣の熱さに誘われていくのだ
サラム、
サラム、

2010年12月25日 (土)

辺見庸、デリダ、そして来年こそは言葉の勝利の年に

明日は枝川での朗読会です。
これが今年最後のイベントです。
やがて取り壊される木造校舎で私たちの声が響きます。
どんな人々が、思いが、場所が、匂いが、言葉が、沈黙が
そこにはあるのでしょう。
自分の中に知らない子供たちが、過去が、目を覚ますでしょうか。
思いがけない未来を感じ取ってきたいと思います。

今年はとりわけ「言葉によるたたかい」という次元で
詩について考えさせられることが多い年でした。
来年はますますもって考えこみたいと思います。
今年以上に詩が本来もつ力が試される年になる予感がします。

なにか」はこれからやってくるのではなく、じつはすでに訪れているのだ。戦争も恐慌も狂気も底なしのすさみも、見た目は安穏とした日常のなかにおどろくほど細かにもみこまれ、うまくコーティングされ、あたかも正常ぶって、とうにここにやってきている。私たちはそれに気づいていない。たぶん永遠に気づきたくないのだ。
                        辺見庸「水の透視画法」(本日付京都新聞夕刊)

この一年、私もネットという場所に常駐するようになりましたが
ここでは「底なしのすさみ」が
いかに日常の風景に「もみこまれ」ているかをつくづく知りました。
ここでたしかに感じたのは
今日本を席巻しつつあるのは
辺見さんの鋭い感覚がとらえているような「底なしのすさみ」であること。
いいかえれば
少しずつこの国の人の心をとらえだしているものが
アナーキーなニヒリズムだということです。

ネットの「言論」の場で
いかにも「正常ぶっている」口調で
まずしい語彙数を恥じることもなく他者の尊厳を壊しつづけている
匿名の人々の嗜虐性の裏にあるのもまさにニヒリズム、そしてテロリズムです。

こうした社会で詩に可能性があるとしたら
「すさみ」が「すさみ」であることを自認させる鏡としての言葉を突き出すこと
ではないでしょうか。
それは美しい言葉とはかぎりません。
非暴力であるともかぎらない。

「有限の沈黙もまた暴力のエレメントなので、言語はみずからのうちに戦いを認め、これを実践することによって際限なく正義(justice)のほうへ向かっていくほかない。それは暴力に対抗する暴力である。(中略)光が暴力のエレメントなら、最悪の暴力、つまり言説に先行し言説を抑圧する沈黙と夜の暴力を避けるために、ある別の光をもってこの光と戦わなくてはならない。こうした覚醒は、歴史すなわち有限性をまじめに考慮に入れる哲学によって、いわば(中略)自身が根底から歴史に貫かれていることをわきまえる哲学によって(中略)最小の暴力として選びとられた暴力なのだ。」
                                            (ジャック・デリダ「暴力と形而上学」)

難しい内容ですが
意味は正確にとれなくても、今私には分かる気がします。
日本を壊しはじめているのはまさに「沈黙と夜の暴力」です。
沈黙こそは最大の暴力なのです。
だからそれに抗うためにはどんなことがあっても言葉が必要なのです。
デリダの文脈にしたがえば
言葉もまたこれまで光として暴力ではあった。
けれど言葉には別の光の力がある。
それによって「沈黙と夜」、
つまり今私たちの社会にある「底なしのすさみ」に抗うことができるのです。
それはこれまでなかった新しい言葉、
危機が生みだす詩やうた、そして
共に応答しあって力を育んでいく言葉でしょう。
またそれは
みずから根底から歴史に貫かれていることと
自分自身が暴力に抗する最小の暴力であることを自覚した言葉でもあるはずです。

いずれにしても
来年こそは言葉の勝利の一年にいたしましょう!

第三回「尹東柱を読む会」

このところ、色々大切なことがありながらImage1100
気ぜわしくなかなかこまめに文章に出来ないでいました。
タイムラグをお許し下さい。

一週間程前になりますが
12月18日に、このブログでも以前告知した
「第三回尹東柱を読む会」
が東大阪市の喫茶美術館で行われました。

今回ゲストは
やはりこのブログで紹介した『戦争と戦後を生きる』の著者である
歴史学者の大門正克さんです。
「尹東柱の生きた時代と詩」というタイトルで
詩人が生きた時代の植民地政策が
朝鮮語で詩を書く者としての東柱をいかに追いつめていったかを
語っていただきました。

さすが歴史学者としての蓄積にもとづいての言葉の力はちがいました。
何よりも人にものを教えている経験からの語り口はソフトでいて明確で
きいていても気持がいいなあと思いました。

東柱の時代には日本語が「支配の日本語」であったのに対し
今では日本後と朝鮮語の関係性が様々に模索されていることを
大門さんは肯定的にとらえられていました。
その文脈で
『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』も
高く評価していただきました。
在日コリアン参加詩人たちの多くが初めて日本語で詩を書いた事実については
「支配ではなく関係をつないでいく言葉として、日本語を位置づけ直した」とし
このアンソロジー自体は
「除外反対の目的のために日朝が言葉によってつながれ、日本人と朝鮮人の関係を作り直す」試みであったと言っていただきました。

会の後半は
恒例の愛沢革さんの東柱詩の解説。
詩「少年」と「雪降る地図」を的確に説明していただきました。
どちらもすばらしい恋愛詩で
どの日本語訳で読んでも流れるような印象がありますが
許玉汝さんが朗読してくれた原語はやはりすごく音楽的でした。

少年(愛沢革訳)

そこここで 紅葉のような悲しい秋がぽとりと落ちる。紅い葉の離れたそのあとごとに春の支度をととのえ 枝の上に空が広がっている。静かに空を見あげれば 眉に蒼の色が染みる。両の掌であたたかな頬にふれると 掌にも蒼の色が染みこむ。もう一度掌をみつめる。掌の筋には澄んだ川が流れ、清らかな水が流れ、川の中には愛のように悲しい顔──美しい順伊のおもかげが浮かぶ。少年はうっとり目を閉じてみる。なおも澄んだ川は流れ、愛のように美しい顔──美しい順伊のおもかげは浮かぶ。 (1939年作)

これまでも私はなか程の「蒼」が不思議だとずっと思っていて、
会でもそんな発言をしたのですが
でも今思えばその不思議さとは
東柱が感覚した色がどんな色だったか正確に知りたいのではなく
原語の「パラン」の色を知りたいのでもなく
つかみどころのないこの詩のイメージが(日本語では音はあまり関わりませんが)
言葉を超えふうわりと拡げる未知のあおを
私自身が孤独な少年となって
よるべなく味わってみたいという気持だったと思います。

2010年12月24日 (金)

聖夜にぴったりの映画です

   昨日、ずっと気になっていた韓国=フランス合作映画「冬の小鳥」をみることができました。Image1099
1975年、父親によってカトリックの孤児院に預けられた九才の少女ジニが、海外へ養子に出されるまでの時間を描いた作品です。冷たい雨にいつも打たれているようなジニの表情、庇護のない幼年時代の孤独感、一方で孤児院の貧しい風景をつねに包む慈愛の光…演出も音楽も音響もカメラワークもじつに繊細で、ジニを見つめる私自身もいつしかジニそのものになって、雨の冷たさや、秘密に飼って死んでしまった小鳥を埋める土の匂いさえ感覚していました。涙も自然とこぼれました。
 この映画で初めて知ったのは、かつての韓国における、海外との養子縁組を仲介する孤児院の存在。この映画でも、外国人の夫婦に気に入られた子供が、次々に引き取られていきます。最後ジニも、フランス人の年配の夫婦に引き取られていきます。
 じつはこの映画は、監督であるウニー・ルコント自身の実体験から生まれました。ジニと同じ九才でフランスに渡ったルコントは、韓国語をすべて失ったそうです。脚本もフランス語で書かれました。しかしそれだけに韓国での仕事でも、言葉を超えて、映画本来の力をあふれさせることができたそうです。
 映画ではあえて明確には語られませんが、このような孤児院の存在の背景には、朝鮮戦争があります。韓国の海外養子は、米軍兵士と韓国人女性の間に生まれた戦争孤児を、アメリカのキリスト教団体が仲介したことから始まりました。休戦協定後は、貧困児童が対象となりましたが、この海外養子について、韓国では民主化が実現するまで、公然と語ることは出来なかったそうです。

2010年12月23日 (木)

YAKINIKU─アーティスト・アクション in 枝川

イベントの告知です。Yakiniku_2

26日から枝川の朝鮮学校で「アーティスト・アクション」が行われます。
下記にチラシの内容をはりつけますのでぜひご参照下さい(「YAKINIKU」だなんて、素敵じゃないですか! コピーもグッときます!)

なお、この「アクション」の初日のイベントの一環として小さな朗読会をします。
『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』詩人4名(相沢正一郎、柴田三吉、許玉汝、河津)が参加します。
許と河津は自分たちの詩以外、朝鮮学校へエールを贈るためにある詩を二人でバイリンガルで朗読します。
朗読会の時間は14時30分から15時20分。
イベント自体は14時から16時です。
高嶺羽さん他の朝鮮民族打楽器の演奏「ピナリ」や、豊田直巳さんの写真スライドショーと音楽のコラボレーション、白スンホさんによるギターと歌の弾き語りもありますよ!
ぜひいらしてください。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

YAKINIKU─アーティスト・アクション in 枝川
YAKINIKU─ARTIST ACTION IN EDAGAWA

枝川にある東京朝鮮第二初級学校の校舎建て替えと共に消えてしまう歴史ある旧校舎。
色々な思いが染み込んだ旧校舎のマダン(広場)にアーティストが集い様々な表現を行う。
七輪焼き肉のように本格的で野趣溢れるアートの「Aランク」をみんなで食べましょう。
焼き肉の煙の向こうには枝川コリアンのたくましい歴史が見える。

日時/2010年12月26日(日)、27日(月)、28日(火)、29日(水)
   am10:00~pm4:00
会場/東京朝鮮第二初級学校
   東京都江東区枝川1-11-26
   tel03-3644-1544
○東京メトロ東西線 木場駅下車→都営バス「枝川1丁目」
○JR線 総武線 錦糸町駅下車→都営バス「枝川1丁目」
○東京メトロ有楽町線 豊洲駅4番出口下車/徒歩10分

■主催/校舎お別れイベント実行委員会
■共催/東京朝鮮第二初級学校、枝川朝鮮学校支援都民基金
■協賛/文芸同東京美術部
■連絡先/03-3644-1544

歴史の建物が消える。

46年の歴史を持つ枝川朝鮮学校の校舎である。
学校は、在日コリアンの子供が自分たちの言葉を、そして歴史を学び、遊んだ第二の故郷だった。この古びた校舎には、ここで育っていった子供たちと家族の喜びや悲しみ、怒りと懐かしさが交差する歴史の痕跡と記憶が散りばめられている。

在日朝鮮学校が惜しまれながら門を閉じていく中、枝川校舎に刻まれた歴史は自分達の力で新しい校舎を建てるという創造力へと昇華された。
今回、歴史を詰め込んだこの朝鮮学校校舎の消滅と再生を記憶しようとするアーティストたちが集まってドキュメント、インスタレーション、パフォーマンス、音楽、写真、映画などの芸術表現を行う。

これは個人的な芸術表現にとどまるのではなく歴史的、社会的問題について一堂に会し、芸術表現を持って考え、行動していこうとする挑発である。
これを「アーティスト・アクション」と呼ぶ事とする。
枝川朝鮮学校は、もはや日本の片隅に放置されたものではなく、堂々と独立した存在である。

今回は芸術家だけでなく、枝川朝鮮学校を設立し守ってきた人々、今も生活する人々が 一緒に参加する芸術行動である。
それは未来を志向する道しるべとなるだろう。
この「アーティスト・アクション」に賛同する人々は 枝川朝鮮学校のマダン(広場)に集まろう。そして誰もが表現者になろう。
枝川マダンで自由な想像力を広げる時、私たちは同じ場所で共に呼吸していることを確信する。

■賛同者(順不同)/
裵昭(写真家)・夫学柱(建築家)・徳本直子(建築家)・豊田直巳(写真家)・富永剛総(写真家)・田中大介(作家)・白滝章裕(建築家)・羽月雅人(異文化コミュニケーター)・津田宗明(作曲家)・亀井庸州(ヴァイオリン)・張大赫(ヴァイオリン)・重松征爾(ヴィオラ)・任キョンア(チェロ)・川上統(作曲家)・HYANGHA(歌手)・イ=ジサン( 歌手)・高嶺羽(チャンセナプ)・木幡和枝(アートプロデューサー)・潘逸舟(アーティスト)・アライ=ヒロユキ(批評家)・万城目純(パフォーマー)・金哲基(デザイナー)・松永康(アートプロデューサー)・仲野誠(鳥取大学地域学部)・盧琴順(写真家)・森下泰輔(現代美術家)・菅間圭子(アーティスト、パフォーマー)・三友周太( アーティスト)・石川雷太(アーティスト)・地場賢太郎(アーティスト)・福島有伸(写真家)・土佐陽子(写真愛好家)・近藤剛(ディレクター)・今井紀彰(写真家)・高元秀(アーティスト)・趙博(歌手)・金ミネ(ソーシャルデザイナー)・白承昊(アーティスト)・タムラタクミ(アーティスト)・金順玉(アーティスト)・林聖姫(アーティスト)・井上玲(アーティスト)・黒田オサム(パフォーマー)・尾形充洸(映画プロデューサー)・平岡ふみを(アートウォッチャー)・村井啓乗(アーティスト)・野中章弘(ジャーナリスト)・福島佳奈(アーティスト)・土志田ミツオ(アーティスト)・李相元(朝青中央江東支部)・李相慶(中央江東青商会)・黒田将行(アーティスト)・土志田ミツオ(アーティスト)・塩崎登史子(映画監督)・高山昇・師岡康子(元枝川裁判弁護団)・竹本真紀(アーティスト)・明石薫(美術館職員)・河津聖恵(詩人)・許玉汝(詩人)・関根正幸(アーティスト)・緒方佳太(彫刻家)・貝塚歩(画家)・作村裕介(画家)・尹明淑(研究者)・笠尾敦司 (コミュニケーションアーティスト)・ 辻耕(アーティスト)・李英心(アーティスト)・安海龍(映像作家)・朴英二(映画監督)・崔誠圭(アーティスト)

どんな一年でしたか

さて、もう一年もカウントダウンです。
今年は私にとって、
蒙を啓かれ続けた一年というか
ひとことでいえば激動の一年だったと思います。

ふと、ちょうど一年前の今日
本当にたまたま参加した
京都初級学校の襲撃事件に対する抗議集会で
初めて共同体としての在日コリアンを目の当たりにしたことを思い出しました。

あの時から私は
私なりにつながりや共同性を取り戻す努力をしなくてはならない
とつよく思い始めたのだとおもいます。

もちろん個人が社会を変えることは決してたやすくはありません。
しかし社会が無数の関係によって成り立っているものであるかぎり
今私が誰かに関わろうとすることは
わずかな波動であっても必ず全体に伝わっていくはずだし
私に関わろうとする誰かに応答することは
この共同体の片隅に小さな物語を生みだしていくのだと思います。

マイケル・サンデル的にいえば
個人の物語が他者の物語をまきこみ、あるいはそれにまきこまれ
共同体の物語を成長させていくのだと。
私はそう確信しています。

目の前にいる人の語りに耳をすませ
その人生の未知に驚き それから
今このときが共に新たな物語をつづる出発点であることを
これからもよろこびをもって感じ取っていきたいと思います。

2010年12月22日 (水)

「立ちあがった声々」 しんぶん赤旗日曜版12月19日号

立ちあがった声々
               「句読点」(しんぶん赤旗日曜版12月19日号)Image1098

 「私たちには愛し守るべき/共通のものがある/在日朝鮮人の誇り『ウリ・ハッキョ』(私たちの学校)を/守り抜くために/後世に継ぐために/私たちは戦い続けるであろう」──。京都朝鮮中高級学校生の詩を、朝高生がチマチョゴリ(朝鮮服)で朗読する声が響きました。有志が刊行した『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』朗読会(12日、東京)でのこと。
 朝鮮学校が、民族の誇りや文化を育み、差別がいかに理不尽なものか─。朗読される詩に、涙をぬぐう人々の姿が。
 「人から言葉を奪った者は、それを無償で返さなくてはならない」と辻井喬、四方田犬彦両氏が対談。崔善愛さんのピアノ演奏。雑誌掲載を拒否された短歌の披露…。朝鮮学校の無償化除外を「言葉と魂をめぐる危機」(呼びかけ人・河津聖恵さん)と受け止めた表現者。存在をかけて立ちあがった声々が心に残ります。(紀)

2010年12月21日 (火)

京都新聞12月20日付「詩歌の本棚」 

京都新聞12月20日付「詩歌の本棚」   河津聖恵 

 今年私が最も刺激を受けた詩集は、辺見庸『生首』(毎日新聞社)である。帯文にある「反世界」という言葉が強烈だ。現実を言葉の筋力でめくり返し、凄絶な光景を見せつけるこの詩集に相応しい評語だが、ふと「世界」がかつて現代詩のキーワードだったことを思い出した。「言葉のない世界は真昼の球体だ/おれは垂直的人間」(田村隆一「言葉のない世界」)、「……私はひとを呼ぶ/すると世界がふり向く/そして私がいなくなる」(谷川俊太郎「六十二のソネット」)というように。戦後詩においてそれは、過去の暗い歴史を断ち切る透明な空間としてさかんに現れた。「セカイ系」という流行語もある現在は「世界」と書き付ける詩人は少ないが、世界の「全体性」を求める欲望は、見えない形ではあれ、詩にはやはり存在する。むしろ秘められた「世界性」への意志は、依然として現代詩を現代詩として輝かせる核である。件の辺見氏の詩集は、一歩進んで、世界の薄闇に抗い漆黒に輝く「反世界」の詩集なのだ。
 
 加藤思何理『孵化せよ、光』(土曜美術社出版販売)には、ランボー、ツェラン、ネルーダ、ロルカ、ジュネといった詩人たちへのいわばオマージュ詩集。各詩人を愛し深く読み込んできた著者は、かれらの詩に寄り添いながら、息つく間もなく(読点もなく)言葉を迸らせる。悲惨な運命にあったこれらの詩人は、詩を書くことで絶望的な世界(すぐれた詩人にとって世界はいつも絶望的だ)をそれぞれ輝かせたが、著者はかれらの輝きを絶やすまいと言葉を畳みかける。例えばアウシュヴィッツがもたらした狂気の光の果て、セーヌ河にみずから身を投じたツェランへのオマージュ──
「だが澱んだ下流で暴力的に捨象されたあなたの骨は温かく透明な千本の指で縫い合わされ/はるか東方の煌めく源流でいずれ奇蹟的に起ちあがるに違いない。/あなたとあなた自身とを隔てる因果律の隙間であるいは種子の祝禱と粉雪の黙示の閾に迸/る稲妻に似た亀裂の上であなたは歌う歌いつづける。/河、河、河、河、河、/一瞬の光輝──だが不断に際限なく増殖しつづける酵母。」(「あなたはあなた自身の眸に黒い穴を掘る」)
 
 大谷典子『逆光名所』(編集工房ノア)は、世界を空間的に感知する。だが主体が見上げるそれは、つねに逆光で消され、足下は不安定に闇へと傾斜する。明瞭な言葉で描かれるのは、「眩しい自閉感」。それは、私たちが生きる世界のありようをたしかに言い当てている。私たちの世界の自由とは、実は恐怖の閃光によって絶対的に限界づけられた自由であることを、この詩集は端々から実感させる。
「平和の象徴が飛んでいった/逆光で見づらいなか/たしかに向かっていったシルエットと羽音/それ以上近づくというのか/(中略)/近くて遠い/これ以上近づいてはいけない距離/観覧車も遊園地も海も帆船も見えるけど/こころからお祈りしています/ずっとげんきでお幸せにお過ごしください//聴こえるのは羽音的疾走エンジン/まぶしくて向かう先が/見えない//焼けた鳩の表情は/恍惚としていたか」(「一定距離」)
 
 北条真人『花びらのように』(角川書店)は、詩の原点である世界とのクラシカルな交感を手放さない。
「つゆのしずくがポツンとおちてきて/まばたきながら目をさます/まるで虹の鈴がきこえるよう/二人はそっと耳をかたむけてみる//緑の世界がしみる/そこからはかるい傾斜の/坂のこみちがくだっている」 (「雨だれ」)

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