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2011年1月

2011年1月31日 (月)

署名をお願いします!

本日は署名の訴えです。

読売新聞の記事をあらためて引用いたします。

「大阪朝鮮高級学校(東大阪市)を授業料無償化の補助対象にする条件として、大阪府が、北朝鮮指導者の肖像写真の撤去などを求めていた問題で、橋下徹知事は28日、学校側から回答がないとして新年度当初予算案に補助金を計上しない考えを明らかにした。
 府は、今後回答があれば、今年度分の補助金を支給、新年度分も補正予算で対応するという。北朝鮮による韓国砲撃を受け、文部科学省も無償化の適用手続きを停止している。」(2011年1月28日11時33分  読売新聞)

朝鮮学校の生徒達や関係者たちの動揺は、今いかばかりかと案じています。

これまで無償化除外反対を訴えてきた一人として、もはや怒りではなく、恐怖すら感じます。これほどの人権無視と差別に対し、みずからの尊厳や人権を守るべき人間として、身の危険すら感じます。詩人としてはいわずもがなです。

橋下知事は肖像画を補助金の取引材料にしています。他国人ひいては他人の尊厳や自主性を、居住地の首長がその権力で剥奪しようというわけですが、これは、日本政府が砲撃戦や拉致と引き替えに民族教育の権利を奪おうとしているのと、まったく相似形です。それも私において恐ろしさを倍加させています。

なぜ、朝鮮学校が、もはや数少ないとはいえ、いまだ肖像画を掲げているのでしょうか? 「個人崇拝だから」、「反日だから」なのでしょうか? もしそこで学ぶ子供たちや先生、もしくは在日コリアンの人間としての尊厳を認めていたならば、人を人とも思わないそんな嗜虐的で醜い発想は、決して生まれないはずではないでしょうか?

先日、肖像画を掲げているのは、他から援助がなかった苦難の時、祖国からだけ援助があったことへの感謝の気持からだ、とききました。それに対し、「そんなナイーブなこと、信じられるか!」と冷笑する人間もこの日本社会には多いはずです。しかし、人間の尊厳を認め合うというのは、他人の喜びや希望や夢をまず想像し理解することから始まるのではないでしょうか? 他人の負の側面を嘲笑することからは、尊厳ある社会は決して始まりません。

橋下知事やそれを支える世間は、弱い者は蟻のように生きればいい、と言っているようにきこえてなりません。尊厳抜きの人間観をまかりとおらせてはなりません。

橋下知事の補助金ストップに反対する署名用紙を下記からダウンロード下さい。皆様のお力をお貸し下さい。→2011129.pdfをダウンロード        
なお、朝鮮学校無償化問題についてのFAQは→http://w.livedoor.jp/mushokamondai/ 

2011年1月29日 (土)

気になっていた赤い空・麻生三郎展

今日、京都国立近代美術館へ麻生三郎展を観に行きました。Image1204
没後10年を記念した展覧会です(東京から巡回)。
新聞記事で見て、前から行きたいと思っていました。

シュールレアリズムでもなく写実でもない
独特の手法と絵画観を持った画家です(1913-2000)。

新聞記事の写真で惹かれたのは
赤い太陽が浮かんだ赤い空。

赤い背景に埋もれかけた人物と風景に
ただならぬ気配を感じImage1203
とても気になっていました。

今日、初期から晩年まで
画家のいのちの変転と苦悶そのもののような
色と質感と筆致を見ながら、終始揺さぶられていました。

初期はその後にあらわれる不吉な赤がちらちら現れながらも
写実的です。

反骨的な画家は
戦時中も靉光(あいみつ)たちと一緒に三回も展覧会をひらきます。
その時点では家族を描いたり、暗いながらも具象的です。

しかし戦争が終わった1950年代になると
背景に人物が埋もれ始めます。
そして「赤い空」シリーズが生まれます。
私が気になっていた絵もその一つです(写真上)。

赤いからこそ重い空。とても重い。
朝鮮戦争、アメリカの核実験、震災や空襲の記憶。
空の重さが
鋭敏な画家の精神を圧しつぶし始めたのです。
画家はこの頃記しています。

「この空の層のあつみのなかにわれわれをおしつぶす力がひそんでいる」

ちなみにこの展覧会では、
各時期ごとに、象徴的な画家の言葉が掲示してあり
それがすごく触発的でした。(あとで売店で著書を買い求めようと思ったら、完売でした。)

その後どんどん具象性がなくなってきます。
背景も人物も事物も混沌とまじりあっていきます。
しかしよくよくみると、目があったり、人がいたり、家があったりする。
けれど気を逸らすとすぐにみえなくなります。
それがむしろ「絵が生きている」という感じを
こちらに与えました。不気味なほど。

「あなたは私の絵と対話できますか、対話しなくてはなりません」

絵にひそむ画家の声がきこえてくるようで
どの絵にも長いことひきつけられました。

圧巻は
1961年に描かれた
日米安保闘争で亡くなった樺美智子さんの死を悼んで描かれた「死者」(写真下)と「仰向けの人」。
どこに死者がいるのか判然としませんが(目をこらすと死体のようなフォルムが見え隠れします)
だからこそ、画家の魂にふきあげた哀悼が
今も平面に閉じ込められたままだと分かるのです。

そして1963年に描かれた「燃える人」もすごかった。
これはベトナム戦争に抗議して焼身自殺する僧に触発されたもの。

麻生はデモにも参加したそうです。

つまりこれらの絵の非具象の混沌にあるのは
自分自身も肌身で感じた、一人のひとの生存に
否定を圧しつけるものへの「拒絶のフォルム」(画家自身の言葉)です。

拒絶はかたちにならないものです。
「フォルム」とは平面や立体といった空間形式ではとらえられないもの
むしろこちらを「つかむもの」ではないかと
ふと思いました。

晩年までくると、たちくらむほどのすごい光の雨があらわれます。

何か、自分の苦しみを一緒に背負ってくれる絵に出会った
と思った展覧会でした。

日本社会のために許されません!

昨日の読売新聞の記事を引用します。

「大阪朝鮮高級学校(東大阪市)を授業料無償化の補助対象にする条件として、大阪府が、北朝鮮指導者の肖像写真の撤去などを求めていた問題で、橋下徹知事は28日、学校側から回答がないとして新年度当初予算案に補助金を計上しない考えを明らかにした。
 府は、今後回答があれば、今年度分の補助金を支給、新年度分も補正予算で対応するという。北朝鮮による韓国砲撃を受け、文部科学省も無償化の適用手続きを停止している。」                                       (2011年1月28日11時33分  読売新聞)

肖像画は踏み絵です。ポピュリストの仕掛けた卑劣な罠です。

肖像画を外さないのならば、補助金は出さない。そして世間のバッシングは、踏み絵をふまなかった者に対し、さらに高まるでしょう。

反対に肖像画を外したならば、橋下知事をささえる世間は歓迎するでしょうか? もちろんするでしょう。「そらみたことか」と踏み絵をふんだ者を軽蔑し、内心舌を出しながら。

そして生徒の人権を守ってやった、なんて豪語するんです。
自分自身のさいたるシニシズムの闇をみずからにも押し隠しながら(そしてそのことをお互いがわかり合っているのがそら恐ろしい)。

あるいは権力には仕方ないよね、むしろ、すっきりしたね、とでもいうでしょうか。

最低です。橋下知事は今の日本人の醜さを熟知し、増長させようとしている。

そう、日本人こそが今踏み絵をふまされようとしているのです。
日本社会のために、こうした罠の存在は絶対に許されません!

2011年1月28日 (金)

『有馬敲全詩集』(上下巻、沖積舎)

『有馬敲全詩集』(上下巻、沖積舎)が出ました。Image1202

1963年の第四詩集『贋金つくり’63』から未刊作『異界紀行』までの詩が並びます。
総頁2180頁を追っていくと
詩への考えや表現方法だけでなく
世相と作者の生活や人生の変化をも
詩が如実に映し出しているのが分かります。

有馬さんは京都で長く活躍する詩人です。
「関西フォーク」との関わりを思い出す人が多いのではないでしょうか。
関西フォークとは
1960年代、いつまでもスタイルにこだわり
英語で歌い続ける東京のフォークに対し
関西で日本語で自分のフォークソングをうたおうとした
シンガーたちのこと。
関西の反骨精神のあらわれですね。

その代表格の高田渡さんとも有馬さんは交流が深く
「値上げはぜんぜんかんがえぬ」で始まる
有名な「変化」の歌詞も有馬さんの詩です。

この『全詩集』で今私がとりわけ面白いと思っているのは
『新釈近代詩歌抄』。
様々な近代詩人の名詩に、音韻を合わせ意味をずらした
見事なパロディ詩がいくつも並びます。

そのひとつ宮沢賢治「雨ニモマケズ」のもじり
「値上げニモマケテ」から。

値上ゲニモマケテ
課税ニモマケテ
公害ニモ核ノ持チコミニモマケル
ヒヨワナココロヲモチ
金ハナク
決シテ笑ワズ
イツモイライラセカセカシテイル
一日ニ即席ラーメン四杯ト
ミルクト少シノパンヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レテ
テレビ週刊誌ヲヨクミキキシワカリ
ソシテワスレ

というように当時の日本人の反賢治的状況への批判が続きます。
そして

北ニケンカヲヤメテ仲ヨクシヨウトイウ国アレバ
ワカッタカラ早ク領土ヲ返セトイイ
ヒステリート交通事故ノトキハ涙ヲナガシ
不況ノアキハオロオロ歩キ
ミンナニエコノミックアニマルト呼バレ
ホメラレモセズ
愛サレモセズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタクナイ

このカタカナたちは今もこの日本に突き刺さると思いませんか。

2011年1月27日 (木)

「笑顔のノーサイド」、本当にかっこよかったです!

今朝のNHKニュース「おはよう日本」で放映された「笑顔のノーサイド」は、本当に胸が熱くなImage1201 りました。脳しんとうのために、三回戦以降出場できなくなった、大阪朝鮮高級学校の権裕人選手のために「こいつの高校ラグビーをこのままでは終わらせてはいけない」、もう一度親善試合をしようと、22日関西学院グラウンドに集まった高校ラガーマンたち。画面に映し出された群馬や尾道や桐蔭学園の選手たちの表情、そして権選手の肩を叩くすべての選手から、権選手への親愛の念が伝わってきました。
 権選手は、体重が百キロを超えているのに、すごいスピードで走ります。超高校級ですね。Image1195 でも、桐蔭学園の選手から貰った「ゆいんの分も俺ががんばるよ」というメールを、宝物のように見せた笑顔は、なんて可愛いのでしょう! たくさんの選手から貰った励ましのメールは、しっかり保護して大切にしているそうです。
 番組をみての感想は、本当にこれらの若者たちはカッコイイなあ!!という一言です。まさに「人間の原点」を見せてもらいました。肌と肌でぶつかり、共に汗を流し、泣き笑いしながら、互いを知る。そのようにして育まれた信頼と友愛がまだあるということに、私は感動し、また希望を与えられました。そう、いつの時代もそうなのです。人間としてぶつかりあって生まれた信頼と友愛は、人を感動させる光を放つのです。
 けれど他方で、今開かれている国会の様子はどうなのでしょう? 首相も議員たちも、互いにどれだけ尊敬の念を抱いているでしょうか。今も人を人とも思わない不信と誹謗のヤジが飛びかっているのではないでしょうか。

「高校無償化」 大学教授ら要請書

日本の大学教授たち18氏が、24日
朝鮮学校への「高校無償化」の即時適用を求め
菅直人首相、高木義明文科相、枝野幸男官房長官宛てに要請書を送付しました。
要請は朝鮮学校に対する「無償化」制度申請の手続き「停止」を一刻も早く撤回し、
制度を速やかに適用するとともに、
情勢に流され朝鮮学校の生徒や関係者を翻弄してきたことに対する謝罪を要求する
としています。
生徒さんや関係者への精神的苦痛は測り知れません。
「謝罪の要求」には私もまったく同感です。 

要請書全文   
 
本年1月17日付で、学校法人・東京朝鮮学園が高木義明文部科学相に対し、「就学支援金の支給対象校に指定しないのは行政の不作為に当たる」として、行政不服審査法に基づく異議申し立てをしました。わたしたちは、日本政府に対し、このたびの朝鮮学校による異議申し立てに真摯に対応し、手続き「停止」という措置を一刻も早く解除し、昨年4月に遡って支給できるように即刻「高校無償化」制度を適用すること、さらにその時々の情勢に流され朝鮮学校の生徒や関係者を翻弄してきたことに対して謝罪することを要求します。
 新聞報道によれば、文部科学省は、朝鮮学校と同じ規程に則って同時期に適用を申請した横浜市内のインターナショナルスクール1校については、手続きを進めているとのことです。これにより、朝鮮学校に関してのみ手続きを「停止」している現状は、「外交上の配慮などにより判断すべきものではなく、教育上の観点から客観的に判断すべき」としてきた従来の政府方針に矛盾するものであることが、明確になりました。文部科学大臣が規程を公示して間もなく手続きを「停止」するという措置は、恣意的な権力の行使にほかならず、遅滞なき審査を定めた行政手続法・第7条にも違反しています。
 政府のこうした姿勢は、地方自治体による朝鮮学校への教育助成にも負の影響を及ぼしています。東京都は昨年12月、「政府が朝鮮学校の高校授業料無償化の運用手続きを停止するなど今後が不透明」という理由を挙げて、朝鮮学校への補助金の支出を当面中止する方針を固めたと発表しました。他にも支出を「留保」するなどの措置をとっている自治体がありますが、日本政府が朝鮮学校を「高校無償化」の対象とするかどうかの判断を留保しつづけていることが、そうした動きに拍車をかけてきたのです。これはまさに政府こぞっての朝鮮学校への迫害に他なりません。昨春から揺れ動く政策に翻弄され続け、その都度メディアや政治家などにバッシングされてきた朝鮮学校の生徒と関係者の精神的苦痛を少しでも想像したことがあるでしょうか。
 私たちは日本政府に対し、直ちに手続きの「停止」を撤回し、「高校無償化」制度を速やかに適用すると共に、朝鮮学校の生徒・関係者に謝罪することを要求します。
板垣竜太(同志社大学)、市野川容孝(東京大学)、鵜飼哲(一橋大学)、内海愛子(早稲田大学)、宇野田尚哉(大阪大学)、河かおる(滋賀県立大学)、駒込武(京都大学)、坂元ひろ子(一橋大学)、高橋哲哉(東京大学)、外村大(東京大学)、冨山一郎(大阪大学)、仲尾宏(京都造形芸術大学)、中野敏男(東京外国語大学)、藤永壮(大阪産業大学)、布袋敏博(早稲田大学)、水野直樹(京都大学)、三宅晶子(千葉大学)、米田俊彦(お茶の水女子大学)

 

痛みを知る者は、他者の痛みにも

ブログを立ち上げて一年が過ぎました。
早いものだなあと思いつつも、
読み返してみると何と色々な出来事があったことか、と感慨をおぼえます。
ブログを始めてから
これまでの人生になかったほど時間が濃厚になった気がします。
伝えるべきものを探すセンサーが
私のつねにどこかで働くようになって
現実に対する意識や感覚が今まで以上にアクティヴになったのでしょうか。

また、ブログを介し驚くほど多くの人とも知り合いました。
住んでいる地域も生きてきた経歴の違いも年齢も性別も飛び越え
ただ共感さえあれば一瞬にして人と人をつなぐネットの力
には感謝しています。

さて、ネットで知り合った人の中で
最も遠方に住んでいるのは、アメリカ在住のMさん。
もう渡米なさって二十年位になるのでしょうか。
いつもご自身の感性でとらえたアメリカの現在を書き送ってくれます。

今回の朝鮮学校無償化除外問題についても
Mさんはアメリカ在住者の視点から見つめつづけています。

今朝はあるブログを紹介していただきました。
社会学者・金明秀さんのブログ [what is not expressly included ](http://han.org/blog/)。です
そこに
「日系アメリカ人強制収容所問題と朝鮮学校の無償化除外問題の相似について」
という記事が掲載されています。
私もこの記事は、この問題をめぐって書かれたもののうちで
最近ではもっとも触発的な論考の一つではないかと思いました。
皆様もぜひ読んでみてください。

ところでMさんはこの記事について
次のようにメールに書かれていました。

「上記の記事の中に1980年代に日系アメリカ人が「レドレス」(謝罪と補償)運動をしたことが述べられていますが、それを始めたのは日系アメリカ 人3世の青年たちだったことを、ある本(岡部一明著『日系人強制収用から戦後補償へ』岩波ブックレット。1991年)でしりました。 彼らの両親である2世たちの多くは、強制収容所体験を子供たちに話せなかったといいます。3世の青年たちは親たちが収容された場所への旅を始め、それが親たちが話し始めるきっかけになったのではないかと思います。運動の当初は連邦議会の日系2世の議員たちは運動に消極的であったけれど、次第に変わってきたとのことです。
 今、こちらの社会で日本社会での在日朝鮮人と似たようなひどい差別にさらされているのは、2001年の9.11事件をきっかけにして、ムスリム(イスラム教徒)の人たちです。9・11事件直後に始まったムスリムへの差別にたいして、いち早く抗議の声をあげたのは多くの日系アメリカ人たちでした。自分たちの経験から、ムスリムの経験を想像できたからだと思います。」

「レドレス」運動が勝利するまでの道のりには
様々な苦難と曲折があったはずですが
Mさんのメールからも
やはり過去を伝えようとしつづける努力が最も大切だったと分かります。
そして痛みを知る者は、他者の痛みにもいち早く声を上げるということも。

2011年1月26日 (水)

友情の親善試合(1月27日に全国放送です!)

昨日1月25日付「しんぶん赤旗」文化欄コラム「朝の風」に感動しました。

友情の親善試合

  22日、青く澄み切った冬空の下、関西学院グラウンドで高校生によるラグビーの親善試合が行われた。
 ちょっと変わった形式だ。今年度の全国高校ラグビー優勝校、桐蔭学園を始めとする7校の選抜チームと大阪朝鮮高級学校が,20分ハーフで対戦する。
 野球の甲子園、サッカーの国立盆賜技場)、ラグビーの花園と言われ、高校選手たちは憧れの聖地を目指す。
 大阪朝鮮高級学校にとつて花園は長い間、閉ざされた門だった。日本の高等学校に相当する教育を行っているが、各種学校扱いをされてきたからだ。彼らが花園に登場したのは最近のことだが、2年続けて3位。いまや新しい名門校だ。
 大阪朝鮮の中心はCTBのコン・ユイン(権裕人)選手だ。だがコン選手は2回戦で相手選手と激突、脳振とうと診断され、それ以降の試合の出場も禁止された。「こいつの高校ラグビーをこれで終わらせてはいけない」。高校生の友情が今回の試合を実現させた。
 昨年11月の北朝鮮の砲撃事件を機に、大阪府はこれまで20年以上支給してきた「授業料支援補助金L外国人学校振興補助金」の執行を保留、日本政府も「高校無償化」適用の審査をストップしている。そんな厳しい冬風の中、熱い友情の試合の笛が鳴った。 (藍)

  高校生ラガーマンたちの友情は、なんて素晴らしいのでしょう!(私はスポーツが苦手で敬遠していたのですが、段々好きになってきました) それに比べて大阪府も日本政府も恥ずかしいかぎりです。熱く純粋な魂を持っているラガーマンたちにこそ、日本を代表してほしい。

 ちなみにこの親善交流試合の模様は、1月27日(木)放送のNHK「おはよう日本」で午前7時30ごろから、「笑顔のノーサイド」というタイトルで放送される予定です。もちろん、全国放送です!(※予定が変更になることもあります。)ぜひみましょう!  

2011年1月25日 (火)

本日の朝日新聞夕刊(東京版)に詩「サラム」が掲載されます

今日の朝日新聞夕刊(東京版)に詩が掲載されます。
昨年12月に江東区枝川町にある東京朝鮮第二初級学校で
取り壊される木造校舎のさよならイベントの一環として朗読会を行った日のことを
思い出しながら書いた作品「サラム」です。

枝川とは何か。
1920年代から30年代のいわゆる大量渡日期、
埋め立てや荷揚げ、河川や道路工事、さらには各種工場で主に雑役夫として働く在日朝鮮人が、江東地区に大勢住んでいました。
とりわけ塩崎、浜園の岸辺や湿地の未使用地にバラックを建てて住んでいました。
しかし1936年にIOC総会で1940年の第12回オリンピックの開催地が東京に決定すると、塩崎、浜園が会場や関連施設用地とされます。
その結果、これまでも当局が「不法使用」として問題視していたバラックの撤去がついに始まります。
住民はもちろん抵抗しますが、当局は枝川に簡易住宅を建てて移転させようとします。
ところが、日本が中国大陸で侵略戦争の泥沼に突き進む中でオリンピックは開催直前の1938年に中止に追い込まれます。
しかし枝川への移転は強行される。
当時の枝川は埋め立てを終えただけの未整備の荒れ地で、
ゴミ焼き場と消毒所のほかに建物は一つもなかった。
移転はいわば孤島への収容なのでした。
こうして枝川に、ある日こつぜんと1000名を超える朝鮮人集落が出現したのです。

イベントの当日、豊洲から枝川に向かう時、あさなぎ橋という橋を渡りました。
行きは急いでいて何気なく渡ったのですが
帰りに真っ暗な川面にビル群の煌めきが映るのを眺めながら橋を渡った時
「この橋はいつ出来たのだろうか」とふと思ったのでした。
収容当時はもちろんなかったはずです。
その橋を今、『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』を朗読した私たちが
朝鮮の人々と共に渡っている。
背後で同じく川面を眺めていた若者の一人が
「国籍なんか関係ない、人間であることが大切なんだよ」と友人にかたる声がきこえました。

「人間であることが大切なんだよ」

私はそれを橋そのもの、いえ、およそ六十年前、橋を渡れなかった人々の声、ひいては川向こうに残してきた無人の校舎、そしてそれを取り巻く変わらぬ闇が放つ声のように聞いたのだと思います。
そして闇はそのとき輝いたのでした。

「サラム」は短い詩ですが、以上のような経験を私なりに凝縮した詩です。

2011年1月24日 (月)

今日もメールを送りました

「無償化」が学校で学ぶ生徒たちのためのものである以上、朝鮮学校に通う生徒たちへの「無償化」適用をめぐって「拉致問題」や朝鮮半島情勢、外交問題をからませることは、とんだ筋違いな論理だし、つくづくおかしな話です。以前「朝鮮学校の生徒が『砲撃』したのですか?何の関係があるというのですか?」と訴える日本の方がいらっしゃいましたが、本当にそうです。何よりも無償化制度に関して民主党政権は「朝鮮学校と外交は絡めない」との立場をとってきました。これ以上の矛盾はないのではないでしょうか。
  高校相当の教育を実施していることが認められた(都道府県から各種学校の認可を受けた)外国人学校は日本全国に41校。そのうちの31校にはすでに「無償化」は適用されており、10校だけが除外されている状況です。その10校とは、ほかでもない朝鮮学校です。

「日刊イオ」の本日付記事の最後の部分です(リンクしてますので、全文もぜひ!)。

「この法律は、公立高等学校について授業料を徴収しないこととするとともに、公立高等学校以外の高等学校等の生徒等がその授業料に充てるために高等学校等就学支援金の支給を受けることができることとすることにより、高等学校等における教育に係る経済的負担の軽減を図り、もって教育の機会均等に寄与することを目的とする。 」(公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律第一章第一条)

このように高校無償化は生徒達一人一人に対する支援と定義されています。いいかえれば、
文科省や政府、ひいては日本社会が、高等教育を受ける意志のある生徒達一人一人と向き合い、経済的な心配をせず安心して学べるように励ますための法律です。こどもたちが安心して、教育現場で知的喜びとそして自尊心を育めるように、社会全体で支援するのです。

拉致問題があるから、砲撃戦があったから、朝鮮学校の生徒たちに対する支援だけをしない、という、誰のものかも分からない(!)理不尽で野蛮な意志がまかりとおれば、朝鮮学校にとってだけではなく、日本社会にとって大変な事態となります。

「いつ何時、自分に何の責任もない理由で、世間の顔色一つで、学ぶ機会さえ奪われるかもしれないのだ、それが現実なんだよ」。 

「ほらね、やっぱり建前と本音はちがうんだよ、教育の理念なんてうそっぱち。誰も助けてくれやしない。自分は自分で護るしかないんだ。パイは限られてるんだから」

そんなニヒルな呟きがさらに社会に満ちていきます。私は途方もなくそれを心配しています。高校無償化法こそが、「現実」や経済や政治がまかりとおるこの社会の薄闇に、ひとすじの普遍的な理念の光を差し入れる使命があるのです。誰もがエゴに走らざるをえないこの社会に、わが身を呈して子供を護りたいという無償の愛情を、喚起させる役割があるのです。

大人は醜いエゴイズムとその結果としての孤絶にみな絶望している。首相も文科大臣も官房長官も拉致担当相も。社会を変え、未来を創ってくれるのは、もはや子供たちの輝きのみのはずです。そして、朝鮮学校の生徒達に同校で安心して学んでもらうことは、とどのつまりは日本社会の未来をまもることなのです。近い将来に統一されるはずの朝鮮半島との友好関係を築く自分自身の未来を。

この社会はみずからの絶望の深さから目をそむけている。その深さを知らなくてはならない。そこから本当の希望へ向き直ろうとしなくてはならない。

今日もメールを送りました。

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