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2011年4月

2011年4月30日 (土)

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(終)

絶望できるということは、人の能力の一つである。

悲しみをもっと深めていく。絶望をもう一段深めていく。
魂の悲しみの質に合った言語を探して
それをひとつらなりの表現にしていく、
それが絶望から這い上がる手がかりになる。
絶望、悲嘆は深めつつ言語化していく。それは若くても必要なことだ。

そう、絶望とは言葉を失っていく、地獄への落下のようなもので、
その時は本当にどんな言葉も信じられなくなります。
今、震災という大きな地獄にちりばめられた個々人の小さな地獄へ
今多くの人が誰の眼にもふれえず落下していることでしょう。

私自身も、かつて自分の地獄に落下した時のことを想います。
病によって何もかもどうでも良くなった数年間がありました。
立ち直ったのは
自分の悲嘆を言葉によって表現しえた、と思えたその時からでした。
とりわけ詩的な比喩によって闇を光に変えられたと感じた時
生きていけるのではないか、と思えるようになりました。

不思議です。
その時実感したのは私が一人ではないということでした。
恐らく言葉は、私だけのものではなく
これまで生き死にしてきたすべての人の
よりよく生きたいという意志がこめられているのだと、感じたのです。

とりわけ、2007年の春に
尹東柱の詩を書き写したことは、私のその後にとって大きな力をもたらしました。

またその少し前には、辺見さんの『自分自身への審問』から、大きな勇気を与えられていたのでした。

私たちを見捨てた言葉を
私たちはもう一度回復する必要がある。

廃墟にされた外部に対する内部をこしらえなければならない。
新しい内部を自分の手で掘り進まなければならない。
著しく破壊され、暴力の限りをふるわれた外部に対して
私たちは新しい内部をあなぐり、それを掘らなければならない。

それは徒労のような作業かもしれないけれども
意味のないことではない。
それは決してどこか虚しい集団的鼓舞を語ったり、日本人の精神という言葉だけを振り回すことではない。
もっと私(わたくし)としてという個的な実存に見合う
腑に落ちる内面というものを自分にこしらえるということが
希望ではないか。

外部が今後仮に全面的に復興したとしても
私たちの魂にとっては外部はすでにあのように破壊されつくしてしまいました。
外部はあのように破壊されうるという事実を、私たちはつきつけられてしまったわけです。
辺見さんのいうように、これから私たちが私(わたくし)として生きつづけるためには
内面あるいは内部を
それぞれが瓦礫から忍耐強く拾いつづける言葉によって
新たな次元でこしらえなくてはならないのです。
そうでなければ、人間でもなくなってしまうでしょう。

今は絶望の深さから希望の深さへと
それぞれの内面を掘り進むことで向かう
ひとしれぬ真の創造の時です。

番組における辺見さんの言葉は
ひとりひとりの靜かな穴の中に染み入る水のような
誠実さと優しさ、そして真実の暗さと叡智の明るさに満ちたものでした。
今このときにこそ、辺見庸という詩人の言葉と生きざまが
このくにの一人一人の魂に、染み入っていくことを願っています。

(なお来月号の「文學界」には番組でも紹介された詩も含めた作品が掲載されるとのことで、本当に楽しみです。)

2011年4月28日 (木)

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(六)

3.11を境に、少なくとも一週間から十日、テレビからコマーシャルが消えた。
人に優しくしようみたいなキャッチフレーズが
気が狂わんばかりに何度も何度も流されていく。
今度は優しさを押し売りしてくる。
あれは裏返せば
3.11以前の予感のない表現世界と変わるところがない。
みんなでとにかく人を出し抜いても金儲けしようと言ってきたじゃないか。
あなたがたの表現世界はそのことに奉仕してきたではないかと言いたい。
投資に乗り遅れるな、ハイリスク・ハイリターンと言ってきたではないか。
そのための映像を、言葉を作ってきたではないか。
詩人たちも無警戒に作ってきたじゃないか。
誰がそれに異を唱えたか。
人が買い占めに走る、それを今頃になって醜いという。
でもその姿は3.11の遥か以前からあったじゃないか。

「思いは眼にみえないけれど、思いやりは眼にみえる」といったたぐいの
あれらのコマーシャルがどうしてあれほどいやだったのかが
辺見さんの断言でよく分かりました。
あのコマーシャルで主張されていたのは
内部や内面の欠けた優しさだったのです。
あるいはあれらに隠されたメッセージは
内部や内面などいらない、それらこそ余計なものだ、
互いを理解し合うこともいらない、ただ優しくあれ、
奉仕の精神に従う人形として優しくふるまえ、
その方が心穏やかだからだ、
ということだったのかもしれません。
あの画面の明るい虚ろさがどこか不潔で、いやだったのですが
それは3.11以前の表現世界をただ不遜に脱色させただけもの
だったからなのです。

そこには持つべき予感というものを、むしろ排除するものがあった。
破壊に至った時、それを予感できなかった責任は誰が問われなければいけないか。
それは私であり、文を紡ぐ者たち、自称であれ他称であれ、大家であれ名のない者であれ、詩人たち、作家たち、全員が責めを負わなければならない。
私たちは予感すべきだった、書くべきだった。

詩人たちは破壊を予感できなかっただけでなく
それ以前に、破壊を予感すること自体を恐れていたのではないでしょうか。
破壊を予感するために詩人の群れから離れ
孤独と感受性を研ぎ澄ませることを、忌避していたのではないでしょうか。
おおよその詩は自分を護るために書かれていました。
詩人は、詩人だから他者を見ませんでした。
詩人は、詩人だから社会を見ませんでした。
詩人は、詩人なのに言葉を畏れませんでした。
いつからか詩の世界は
詩という名で護られた揺るぎない世俗と化していました。

僕は怒っているが、怒ることは無意味だと思う。
僕は書こうと思う。
(以下メモ書きが乱れ、表現通りではないと思います。大切な箇所ですが)
瓦礫の山が焼けただれた
汚水が泡立つ放射能の水たまりに漬けられた瓦礫の中に
私たちが浪費した言葉たちの欠片が落ちている。
それをひとつひとつ拾い集めて水で洗って
もう一度抱き締めるように丁寧にその言葉たちを組み立てていく。
そのことは可能ではないかと思う。
焼けただれ撓んで水浸しになった言葉をひとつひとつ
屈んで拾い集めてそれを大事に組み立てていく。

言葉は単なる道具ではない。
新しい言葉とはとりもなおさず、人に対する関心の表れである。
自分たちが、失われた命が、世界のどういう位置にいるのかを
分からせてくれる言葉を発することができれば、
人の今生きている魂も、宙に浮かぶ霊たちも
もっと安まるのではないか。
その言葉を持ち合わせていないから、
こんなにも不安で、切なくて、苦しくて、悲しくてそして
こんなにも空漠としている。

新しい言葉とはとりもなおさず、人に対する関心の表れである、という定義には
本当に救われた思いがします。
人に対する関心、自分自身や他者や死者へ向かう欲望。
そう、それが言葉の本来の姿なのです。
3.11以前の私たちの、自分自身を見失い、他者や死者を忘れた言葉は、
つまりおのれの魂を売り、すべてを商品化していた言葉は、
今、放射能の水たまりに漬けられ
むしろ安らいでいるのかもしれません。
浪費や消費の回路での果てしない酷使からようやく逃れられ
言葉は一度死したがゆえに、これからこそ本来の姿で蘇生するかもしれません。
言葉は傷つきつつも、いえ傷ついたがゆえに、悲しみ苦しむ生者や死者を悼み
隠された世界の秩序に位置づけ直す力があります。
つまりその力によって喪は可能になるのです。
真の喪は真の詩と共にあるはずです。
私たちは喪に服すために
ずっとそのための新たな言葉をさがしあぐねているのにちがいありません。

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2011年4月27日 (水)

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(五)

見たこともない荒ぶる光景を見ながら思いついたのは、
アドルノが言った言葉。
アウシュヴィッツ以降に詩を書くことは野蛮である、と。
ユダヤ人たちは、信じがたいほどの殺戮という苦難に遭いながら、アドルノはこう語ったが、これはどういう意味なのだろうと。
前からアドルノの『文化批判と社会』を読んでいながら、よく分かっていなかったわけだ。
われわれのコミュニティやソサエティが持っている
言語を含む文化というものを
アウシュヴィッツを前提しないで
その苦難と残虐と殺戮というものを通さないで見た場合
それを平気で美しい詩を書くことができるのか。
世界がここまで来てしまったのに、なおかつ美しい詩を書くのか。
あるいは、かつてわが国でもそうであったように、
社会とも、世界とも、世界のいかなる悲劇とも一切関係のない、
真綿でくるまれたような幸せを詩とするのか。
つまり、この一大悲劇を表現する私たちの文化というのは、
3・11以前にあった文化と今後も同じであっていいのかという設問である。
それは、アドルノの警句にどこかで導かれている気がする。

アウシュヴィッツ以降に詩を書くことは野蛮である
という言葉は
今こそとてもまじかに
魂のくらがりのような所まで響いてくる気がします。
アウシュヴィッツは国家による犯罪で
震災は自然災害で、原発事故も意図的なものではないという意味では犯罪ではないですが
けれど
今回の悲劇の光景を直視してやがて心深くににじむのは
アウシュヴィッツのあの絶望的な虐殺のシーンと
いかほども違わない酷薄な影絵のようなものです。
かつて映画「夜と霧」の映像を見た直後、
世界のすべてがモノクロと化したように思えましたが
震災の光景も同じです。
映像に色はついていても、記憶に色は残りません。
色も言葉だとしたら
荘厳な地獄は色さえもよせつけないのでしょうか、
まるで人間のいない古代に降っているのかのような雪もまた
神話のように私たちを寄せ付けません。

そんな言葉を絶する光景がこの世に生まれてしまった以上
詩は、言葉は、そこに向き合わざるをえないのではないでしょうか。
たとえそれが沈黙や絶望をするためであっても、いえそうだからこそ
人間が生まれ直すために。

ふと飛びますが、辺見さんは次のような内容も語っていました。

絶望する、絶望できるというのは人間のひとつの能力である。
絶望・忌憚を浅いままに終わらせないで、もう一段深めていく。
悲しみを深め、
魂の悲しみの質に合った言語で表現することができれば
それが絶望から這い上がる糸口になる。

ホモ・パティエンス(苦悩する人)という
人間のもうひとつの定義があるそうです。
「夜と霧」の作者、ビクトール・フランクルの言葉。
フランクルは、人間は、苦悩や絶望をするからこそ、あるいは出来るからこそ
人間なのだと説きました。
絶望するからこそ、死があるからこそ、人は生きることができるのだと。
ホモ・ロクエンスとホモ・パティエンスという
人間にとっての二つの本質が重なれば
人はすべてを失っても生きることができるのではないでしょうか。
本当は絶望と言語によってこそ、
私たちは生かされる存在ではないでしょうか。それが希望ではないでしょうか。

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(四)

さらに、辺見さんの言葉(必ずしも番組で語られた通りの再録ではありません)を、核として
私なりに勝手に考えをめぐらせていきます。
辺見さんの言葉は
一人一人を、それぞれの深淵へと戻る勇気を与えてくれるものなので
私も応答をつづけながら
忘れていた背後の闇を触知していく気持になります。

実は、3・11の事柄の経験したこともない巨大さから、
いろいろな、危ない事象が、今、芽を出し始めていないではない。
それは、一つは今回の物事を宗教的な予言のように
或いは誰かが言ったかもしれないけれども、天罰が来たとかという形で、
今度のわれわれの経験というものを回収して行く。
こういう思考のプロセスは、きわめて危険だと、私は断言したいと思うんです。
そうではない。これは天罰では断じてあり得ない。
いわばキリスト教的な黙示文学を思い起こすのだが、
イメージすることは、別に罪ではないし、悪いことではないが
ただ、これに拝跪して行く、跪いてしまうのは、違うのではないか。
そこからは、立ち上がる術がない。人としての希望があり得ない。
3・11がわれわれに根源的な認識論上の修正を迫っている。
世界認識上あるいは宇宙認識上の改変を、あの未曾有の出来事は僕たちに迫っている。

今回の巨大で絶大な出来事が起こったのはなぜか。
それを例えば私たち日本人が神に祈らなかったからだ、と難じる海外の人々もいるそうです。
たしかに私たちの多くは西欧的な神に祈ることもないし
昨今は、日本固有の神々やそれらが象徴する自然に対しても
畏れを忘れていた。
それらの前で自分を無にすること、自分がとるに足らないものであると
感じる謙虚さも余裕も失い続けてきた。
しかしだからといってこれが天罰だとこともなげに言ってのけ
神を信じなかったからだと決めつけることこそが
むしろ不遜ではないでしょうか。
黙示録的なイメージに拝跪すれば
結局は自分が作りだしたイメージに言葉もなく虫のような押しつぶされてしまう。
それは、私もまったくちがうと思います。
辺見さんが言うように、私たちはこれからこそ
人としての希望、立ちあがる術を、根源的な認識論上の修正のうえで
つかみとらなくてはならないはずです。
そのためにこそ
イメージに回収されない詩の言葉の存在が輝きだすべき時だと思います。

私たちの命というものが何て短いんだろう
何て予定されてないんだろうということに、打ちのめされたわけです。
そして、小さな命というものが、簡単にモノ化されていくということ、
そして、宇宙の悠久の命というものが、実は交差し重なり合い、
肌と肌を合わせていること。
その恐怖と恍惚を、法悦というものと畏怖の念の両方を、
今度、私は自覚したわけです。

虫であれば、今回の巨大な出来事を前に恐怖しか感じないでしょう。
しかし私たちは
命が簡単にモノ化するという認識とはりあわせに
宇宙の悠久の命を感じ取ることができる。
人だけが、人としての絶望の中からこそ、
人としての希望をつかみとるこどができるのです。

2011年4月26日 (火)

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(三)

甚大な被害を受けた石巻、そして三陸の沿岸都市には、
気配、兆しというものが常に孕んでいたし、充ちていたに違いないと思うんです。

私たちに、この破滅に対する予感はなかったのでしょうか。
詩人というカナリヤたちは
言葉によって生きるホモ・ロクエンスたちは
予感しなかったでしょうか。
言葉を破壊する、非言語、反言語的な事態の到来を。
これは何の予感もなしに起こったことなのでしょうか。

そうではない、と思います。
辺見さんが言うように、兆しはきこえない潮騒のように満ちていたのに
人は聴き取ることが出来なかった。
いえ、聴き取ろうともしなかった。
私たちは私たちを言葉ではないものから隔離し、
言葉にならないものを排除してきたわけです。

世界を分断する言葉、他者を切り捨てる言葉がこの世を覆い尽くしていました。
非科学的なことをいうようですが
そのような言葉にならないものへの畏れのなさと
畏れるための言葉へのとめどもない嘲笑が
この事態の深い背景の闇にはたしかにうごめいています。
それが原因であるというように因果関係では決して説明できないとしても。

決して、水の仕業とは思えない。
津波が。もっと金属的な、ひどく重いものが一気に押し寄せて来る、突進して来る。
鉄とかコンクリートとか、そういうどでかいものが、爆弾を受けたみたいに。

破弾すると言うか、そうすると容易に想像がつくと思う、
人間の身体がどうなるのか。
一発で捻じ切れてしまうわけだ。
それは、僕の友人はそういう大袈裟なことは言わない人間だけれども、
地獄だと言っていた。

テレビの映像は、いつの間にか、凄いんだけれど事態が希釈されている。
私が友人から送ってもらった写真で見ている映像と違う。
例えば、車が何台も折り重なって、中に人がいるまま黒焦げになって、
私のいた小学校が焼け爛れている。
その絶大な風景をあらわす言葉がない。ただ慟哭するしかない。ただ泣き叫ぶしかない。

あの時、無数の人間の体が捻じ切れたことで、
今言葉もまた捻じ切れていくのだと思います。
私たちは今これまでの言語の次元に
途方もない負荷がかけられているはずです。
あの黒い大津波が人にも動物にもたらしだした変動が
すべての魂を闇の方へとおしもどしていくところではないでしょうか。
そしてねじ切られ、押し戻されていかなくてはなりません。

2011年4月25日 (月)

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(二)

これから少しずつ
辺見庸さんの言葉をじっくりきき、考えていきたいと思います。

おざなりにはまとめることはできないと思いました。

番組で詩人は、言葉を扱う者としての使命感から語り続けますが、
そこにあるのは決して詩人だけの特権的なあるいは特異的な思いではないはずです。
私たち人間すべてが本当は今思っていることだとおもいます。
私たちはみなホモ・ロクエンス(言葉を持つ者)なのですから、
詩人の思いとは、人間の思いを鋭く代弁するものだと思います。

辺見さんは今回、
故郷を喪失して初めて、故郷の記憶の大きさに気づかされたといいます。

あの魚臭い町がいかに表現を支えてきた土台だったか。
堤防があって、妹や近所の子供や犬と遊ばない日はなかった。
いつも幻聴のようにきこえていた海鳴りを不思議に思っていた
あの荒れ狂った海が世界の入口だったし、授業中も教室の窓から見えていたあの海の
向こうにいつか行くのだと決めていた──

詩人が記憶をたぐりながら語る故郷の原景、あるいは故郷への郷愁と欲望。

辺見さんの低い声音とたぐるような口調に誘われて、思います。
故郷とは喪われて初めて欲望される対象であり、
恐らくだからこそ、私たちは意識せずにそれをつねに欲望しているのではないでしょうか。それはまるで深いエロスのようです。
だからこそ私たちは言葉をもとめ、他者をもとめ、
いつしか異郷さえをももとめていくのではないでしょうか。

中国とベトナムの戦場を見た。
ボスニアの紛争を見た。
ソマリアの内戦も見た。
飢えて死んでいく人たちも見てきた。
私はいつもそこでコスモポリタンのようなものだと、根無し草だと思っていた。
記憶の根拠になるものは本当はない思ってきたが、
今度という今度は本当に思い知らされた──

そのように語る辺見さんの故郷喪失の苦痛は
しかし本当は今、誰もが分かち持っている魂の亀裂ではないでしょうか。
東北はもちろん、東京だって、いいえ西日本だって、例外ではなく
今、自然や人々が危機にさらされているのです。
放射能は途方もなくまき散らされ蓄積していき
地震が地震を引き起こしています。
もうどこも安全ではありえない。
日本中、誰しもの故郷が、悲鳴をあげている。
そしてそこにまだ子供のまま生きていた幼い私たちが、ふたたび泣き叫び始めているのです。

今日本を覆いだしている不安とは
そのような根源的な不安ではないでしょうか?

そしてそのような言葉の土台を壊されながらも、いえ壊されたがゆえに
ホモ・ロクエンスとしての私たちには大きな使命が課せられたのです。

3.11午後に一体何が起きたのか、私たちは本当は茫然自失している。
破壊の大きさとあのダイナミズムを表す言葉を誰も持っていなかった。
言い表す言葉が数字以外にないというのは、じつはこんな淋しいことはない。

みんなが望むのは、水や食料や暖房だけではなく
胸の底にまで届く言葉でもある気がする。
頑張る、団結といったスローガンではない。

死ぬまでの間にせいぜいできること、
それはこのたびの出来事をしっかり深く考え抜いて、想像して、
それらを言葉として打ち立てて
そしてその打ち立てた言葉を未完成であれ、死者たち、そして今失意の底に沈んでいる人々に、僕自身の痛みの念と共に届ける。
それが私に残された使命なのではないか──

これら辺見さんが自分に言い聞かせていることはしかし
私たち言葉を持つ者すべてに与えられた使命なのです。
この震災で亡くなった、あるいは言葉をあげられないままの人々が恐らく命をかけて指し示してくれた、人間が生き直す道なのです。

2011年4月24日 (日)

辺見庸「瓦礫の中から言葉を」を見て(一)

今朝放映された辺見庸さんの番組「瓦礫の中から言葉を」を見ました。

その一時間、私は、誰かから聞きたかった、誰かに語られたかった、そして私自身もどこか深みで語りたいと願っていた言葉を聞いたのだと思います。

辺見さんの言葉は、辺見さん固有のものでありながら、なぜか遥かからどこかにあった自分自身の言葉のように思えてなりませんでした。そう思った方は多いのではないでしょうか。

もちろんそれは、辺見さんの口から聞くまでは、その美しい、あるいは的確な表現などもちろん思い至らず、また聞きたかった、ということさえ忘れていた、あるいは忘れさせられていたというたぐいの言葉なのでした。

傷つけられることで癒される言葉。つねに危うく甘美で鋭い、私たちの世界の表皮の痛い真下を目覚めさせてくれる言葉。その真実は、私たちの痛いいのちのように、ただそこに厳然とあるだけで、声高に何も主張することのない言葉。しかしだからこそ、深く、切なく、ゆたかな言葉。

そう、この番組は、魂を本当にゆたかにしてくれた一時間でした。震災から今まで、流すことを忘れていた真実の涙が(これまでは涙を強いられてきた気がします)、我知らず深くからこぼれおちました。

番組で映し出された写真にも、目を奪われました。一般の報道の写真のように取捨選択や虚飾のない、石巻の友人が辺見さんに送ってきた写真です。そこには、悲劇のあらわな姿がありました。一般の報道の映像は、死の匂いを消していますが、それらの写真の瓦礫には、その下におしつぶされている人間の気配が、たしかにあったのです。

それらの写真から、3.11とは、何万人もの生々しい死を、飛び散った血や手足といったかたちの死を、私たちがトラウマとして突きつけられ、いやがおうでも直視し、そして大きな悲しみを引き受けることになった時点なのだ、と気づかされました。本当は、この悲劇とはそのような事態なのです。

辺見さんは言います(箇条書き風ですみません)。

3.11は、根源的な認識論上の修正を、改変を迫っている。

あの光景は宇宙的規模で考えてみれば、宇宙の一瞬のくしゃみのようなものだった。
だがそのくしゃみが人類の破滅に繋がったのであり、人間を簡単にモノ化したのである。それは恐怖でもあり、恍惚でもある、見たこともない荒ぶる光景だった。

かつてアドルノが、アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である、と言ったが、
3.11以前の社会と文化は、これまでと同じであっていいのか?
この残虐と殺戮を通さないで、詩を書くことは出来るのか?
まだ、ただ美しい詩を書くのか、社会や世界の悲劇を一切見ない真綿の中で?

結論はあきれるほど単純である。

「人が人に対して誠実であること」、あらゆる修辞をそぎ落として「誠実であること」。
カミュの『ペスト』に出てくる医師のように。

安寧の中で悠々と演じてきたことを今できるか? 家もなく食料もない中で、弱い立場の人たちにみすがらの物を分け与え、共に生きることができるだろうか?

私たちが今担わなくてはならないのは、国でも民族でもなく、個の苦しみである。
真価が問われているのは個なのである。
時がどんなに経ったとしても、私は痛み続けなくてはならない。

有能だから、若いから、社会の役に立つから、人は救われる、というのであってはならない。
放射能の中に置き去りにされた老人ホームの老人たちは
自分たちが死ななくてはならないと思っているだろう。
しかしそうした人々こそ、救われるべきではないだろうか?──

こうした辺見さんの言葉と声を、私はいつしか自分の眼の辺りで聞いているのが分かりました。
つまり自分の一番敏感な突端が、共鳴していたのです。

それに対し今、隣室のテレビから、大阪府知事の「役人天国」をどうこうしようなどという、雄叫びが聞こえています。
詩人の言葉と声との真逆さに、ぞっとします。
私たちの社会は橋下知事のような非人間たちの言葉と声に、どれほど苦しめられてきたことでしょう?!

まだ途中です。明日また続きを書きます。

『環』45号(藤原書店)に連載「詩獣たち」第2回を書いています

『環』45号(藤原書店)にImage1292
連載「詩獣たち」第2回「危機のように、祝福のように──アルチュール・ランボー」を書いています。

「俺はけだものだ」と詩に記し、詩人とは火を盗む者、動物に対してさえ責任がある見者だとしたランボーは、十九世紀後半、大きく変動する世界に魂を揺さぶられながら、詩という光源を信じて駆け抜けた、まさに詩獣の代表格です。

ランボーへのラブレターのように、心ときめかせて綴った小論です。

読んでいただけたら、うれしいです。

2011年4月23日 (土)

辺見さんの番組を編集された方のブログより転載

日曜の辺見さんの番組を編集された方のブログがありました。以下転載します。
番組を見られましたら、ぜひ皆さんの感想や反響をNHKに送って下さい!

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「こころの時代 瓦礫の中から言葉を ~作家・辺見庸~」

放送:4 月24日(日)朝5:00~6:00 NHK教育テレビジョン(地上波)
再放送:4月25日(月)14:00~15:00 NHKデジタル教育チャンネル
再放送:4月30日(土)13:00~14:00 NHK教育テレビジョン(地上波)

作家・辺見庸さんは、石巻市の出身です。故郷は、今回の地震と津波に呑まれ、壊滅しまし た。

彼が直後に語ったモノローグ番組です。どんなことを語っているか、少々、抜粋しながら・・・。

昨年から詩人としても活躍している辺見さんは、今回の「故郷喪失」と「死」に向き合い、 震災直後から詩作を続けています。

それは、「瓦礫の中に落ちている、我々が浪費した言葉たちのかけら」を「もう一度、ていねいに、抱きしめるように」組み立ててゆくこと。

それは、「どこか空しい集団的鼓舞を語るのではない。日本人の精神というふうな言葉だけを振り回すのではない」ため。

震災直後から民放ではCMが消 え、「人にやさしくしよう、みたいなキャッチフレーズが気が狂わんばかりに流されてゆく。今度はやさしさを押し売りして来る」ことへの抵抗のため。

「問われているのは、国でもなければ民族でもない。今、真価が問われているのは明らか に、疑いもなく個人」であることを伝えるため。

絶望の淵から、アドルノの「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という警句 や、カミュ「ペスト」に登場する医師ベルナール・リウーが語る伝染病 ペストに立ち向かう唯一の方法としての「誠実さ」―などを参照・引用しながら、自らを語ることを通じ、私たち個人個人に何が求められているかを問うてゆきます。

震災直後から現在までの、そして、従来もあった、NHKを 含むメディアの「伝え方」「描き方」への辛辣な批判も番組に入れました。

その視点の「根」には、この震災をどう受け止めるかで、「危ない事象が今、芽を出し始め て」いる、という認識があります。

震災から1ヶ月、NHKを含め、 テレビメディアのいわゆる「震災報道」の中では、なかなか出て来なかった震災について考える番組のひとつとすることができたと思います。

本放送は早朝で、視聴がなかなかできない時間帯ですが、録画や再放送など利用していただいて、ぜひ、ご覧いただければと思います。

http://d.hatena.ne.jp/tarou20/20110422/1303475304 より転載

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