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2011年9月

2011年9月30日 (金)

「詩と思想」の評論が紹介されました

「詩と思想」の評論を、明後日の日光での講演会の主宰者である富岡洋一郎さんがご自身のブログ「砂時計主義」で紹介してくれました。講演会についても再度周知していただいています。ぜひ御覧下さい。

shineURLはhttp://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-771f.html

「詩と思想」10月号に評論「「死者にことばをあてがえ─詩人辺見庸のことばが触発するもの」を書いています。

Photo 「詩と思想」10月号が届きました。
特集は「東日本大震災─悲しみをこえて─」。
震災を記録する詩100編。宮城の詩人・佐々木洋一氏インタビュー。被災地からりレポート。高銀氏はじめ韓国詩人からのメッセージ。
小特集は萩原朔太郎。

私も震災特集の一環として、
「死者にことばをあてがえ─詩人辺見庸のことばが触発するもの」を書いています。
このブログでも何度も記事にしましたが、
震災後の辺見さんの各紙に掲載されたエッセイ「非情無比にして荘厳なもの」、NHKで放映された番組「瓦礫の中からことばを」、そして「文學界」6月号の詩篇「眼の中の海─わたしの死者たちに」をとりあげています。
そこで書かれたまたは語られたことばは、この今という時に私の中から今も何かをつよく触発するのですが、その触発が一体いかなるものか、どうしても書いて確認し、伝えておきたかったのです。
なぜなら辺見さんのことばが私の中から触発する感情や予感は、
私だけが感じとるものでないからです。
そのことばの力は3.11をこえてなお生きる人間すべてが
じつはおのずと深く抱え込んでしまっている現在的かつ根源的な欲望を触発し、
新たな共同性へ向かうために今このときを耐えることを支えてくれるものだと思います。

「だが死者の肺に、「ひとりびとり」の歌をあてがい、「ひとりびとり」のことばを吸わせるなど、生き残って死を恐れる誰に出来ようか。だがそれでもこの実行不可能な命法は、ひとを無限に慰める。なぜなら、3.11以来、生き残った者は、無意識の水底でずっと死者の呼び声を聴いているはずだから。多くの心ある生者は今、その声に苦しめられ、死者の影のように生きているのだから。「ひとりびとり」の歌を、ことばを、その肺と唇にあてがってやりたい、そして死者をことばの中で、安らかに抱きたい──この思いは、この国の(ことばを持つ存在として責務を負う)ひとの、現在的かつ根源的な欲望である。私たちは、おのずと深く抱え込んでしまっているこの悲痛な欲望と、もっと誠実に向き合う必要がある。再び無表情に動き出した「日常」のシステムによって、内なる死者たちを忘れさせられ、復興や再生や未来を語らされてしまう前に。」

なお今号には、相沢正一郎さんが私について、詩人論「星座について読む」を書いてくれています。朝鮮学校無償化除外反対の活動に至る、全仕事の連関を星座のように解き明かしてくれています。

2011年9月25日 (日)

碇ヶ関診療所存続を要望する署名用紙(PDFファイル)です

昨日のブログ記事内のダウンロードが難しいという声がありましたので、あらためてPDFファイルにて碇ヶ関診療所存続を要望する署名用紙をダウンロードできるように致しました。昨日のブログ記事内容に賛同して下さる方は、ぜひ署名用紙に署名して頂き、下記まで郵送またはファックスでお送り下さい。28日迄にお願い致します。

署名用紙→IMG.pdfをダウンロード

送付先→郵送〒038-0101 平川市碇ヶ関三笠山107の3
                          碇ヶ関総合支所 総務課 黒滝様宛て

               あるいは FAX:0172-45-2354(碇ヶ関総合支所 総務課)

2011年9月24日 (土)

「復興」のかけ声の陰で──青森・碇ヶ関の医療体制が破綻させられようとしています(署名のお願いもかねて)

とつぜんですが、大阪の詩人許玉汝さんから
署名のお願いがきましたので、お知らせさせていただきます。

このブログでも8月17日にアップした許さんのエッセイ「ふるさとへの道」(http://reliance.blog.eonet.jp/default/2011/08/post-cde1.html)に登場した「ふるさと」、青森県平川市碇ヶ関で、今深刻な医療体制の破綻問題が持ち上がっています。

「東北の復興」というかけ声の陰で、復興とは真逆の弱者の切り捨てが始まっています。過疎が深刻な町や村の多い東北で、恐らく他にも同じ小さな共同体に対する、経済優先による破壊が始まっているはずですが、その一つの碇ヶ関での具体的な事例を、許さんを通して私も知り、ショックを覚えました。許さんから聞かされなければ、知ることは出来なかったと思います。みなさんにもぜひ知っていただきたいと思います。

碇ヶ関の医療体制は、そもそもぎりぎりのものでした。

今年4月には地域に1軒しかない黎明郷病院が、今年4月に無床の診療所になってしまいました。しかしそれをも今年度来年3月31日をもって廃止にするという黎明郷側からの話が出たのです。これは、病院側の個別の意志以上に、震災を理由にした弱者切り捨てという大きな問題の現れではないでしょうか。

碇ヶ関の方々は、支所長はじめ行政委員の方々も力をあわせて、何とか廃止が決定する前に存続できるようにと、動かれており、皆さん必死で地域の方々に署名を集めているところです。

以下、この問題についての東奥日報の記事全文を貼りつけます。(ちなみに同紙HPの記事は次のURLにあります http://www.toonippo.co.jp/tenchijin/ten2011/ten20110921.html

署名用紙を添付させていただきますので、もしご賛同下さるならば、下記の住所またはFAXまでお送り下さい。大変急で申し訳ありませんが、28日着迄にお願い致します。

shine署名用紙PDF→1.xlsをダウンロード(市外の方は「平川市」を消してご記入下さい)
  送付先→郵送:〒038-0101 平川市碇ヶ関三笠山107の3
                   碇ヶ関総合支所 総務課 黒滝様宛て

                  FAX:0172-45-2354(碇ヶ関総合支所 総務課)

(以下、この問題を伝える東奥日報の記事全文です)

夜が明け、東の空が白々としてくる。黎明(れいめい)という言葉が心地よく響くのは、朝のすがすがしい気分をはらむからだろう。新しい時代のあけぼのに通じる。本県脳卒中医療の黎明期、旧碇ケ関村に黎明郷リハビリテーション病院が誕生した。

 舌をかみそうな名前だと言われたのも無理はない。温泉リハビリという言葉になじみがなかった。本県に多いアタリの患者を救うとともに、医学研究の拠点にと初代理事長大池弥三郎さんが意欲を燃やした。1966年、たった10床の村の診療所を使ってほそぼそと診療を始めた。

 意気込みはあっても、土地も金もない。県や地元碇ケ関村が支援の手を差し伸べた。村は病院建設のために1万4千平方メートルの土地を気前よく無償譲渡した。破格の厚遇案を議会はいったん否決、半年後にようやく認めた。当時の村長乳井栄さんの懸命の説得は語り草だ。

 不採算を理由に今、黎明郷碇ケ関診療所を閉じる話が持ち上がっている。弘前市に立派な脳卒中センターを造ったので医師をそちらに集めたいという。黎明の輝きはうせ、地域医療のたそがれがしのび寄る。「碇ケ関を日本一、いや世界一の健康長寿村に」という掛け声も聞かなくなった。

 開院したてのころ、平川があふれて村を水害が襲った。病院が断水して困っていると聞き、水をたっぷり入れた大だるをリヤカーに積んで、汗を流しながら届けてくれたのは大丸旅館の主人だったじゃないか。随分冷たいなあ。財団法人黎明郷よ、村人の恩を忘れたか。

2011年9月22日 (木)

10月1日の講演会「『ひとりびとりの死者』へ、『ひとりびとりの生者』から」のお知らせ

10月1日に日光で私が行う講演会のお知らせです!

3.11の大きな喪失感と危機感は、いまださらに広がり続けています。
詩は、未来の闇に抗うことは出来るでしょうか。
「ひとりびとり」の死者と共に、死者のために、来るべき闇に異議を唱える未知のことばを生みだすことはできるでしょうか。
魂の明日にとって詩とは、ことばとは何かを共に考える時間にしたいと思います。
多くの方の御参集を願っております!
(*「ひとりびとり」は、震災後書かれた辺見庸氏の詩「死者にことばをあてがえ」から。当日の話でも辺見氏の詩に触れます。)

  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ひとりびとりの死者」へ、「ひとりびとりの生者」から
─「震災と原発」に向き合う詩の講演会・朗読会

講演者:河津聖恵(詩人)

◆日時:10月1日(土)午後5時から7時
◆場所:JR日光駅2Fホワイトルーム(近隣駐車場あり)
◆前売り券・予約 ¥1200(資料代含む)
◆当日券 ¥1500(同)
◆申し込み・問い合わせ(予約は下記メールまたは携帯で受け付けます)

qk3y-tmok@asahi-net.or.jp  090-5351-3440「事務局(富岡)」 
主催・河津聖恵実行委員会、後援・霧降高原「森の図書館」
協力・霧降高原チロリン村、小さなホテル・森のうた、とんぼ玉工房・エカト、ゲストハウス・巣み家)

shine詳細は→http://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-2.html

2011年9月20日 (火)

<ハンギョレ新聞>のインタビュー記事を訳していただきました!

先日、ソウルでハンギョレ新聞文化部のキム・ドヒョンさんから受けたインタビューを、黒い彗星・チェ・ダニエルさんに訳していただきました!→ 『<ハンギョレ新聞>朝鮮学校「無償化」除外反対に尽力されている河津聖恵さんへのインタビュー』

2011年9月18日 (日)

詩「石巻(一)」

石巻(一)
                       河津聖恵

ここに私たちがやって来たのは
どのようないきものの意志によってか
連れて来られたのは石化した魂か
影の傷から影の血をしたたらせる影の死体か
光に磔にされたい
そう願ったのは本当は誰だったか
かたちをなくしたことばを
ふたたび象られるための痛みが欲しい
細胞の奥から吠え続けているのは何者か
坂を降りた人々は
門脇・南浜地区の砂まみれのけもの道を
群れからはぐれた犬のように
ふたしかな足取りで黙り込んで歩いた
炎天下の瓦礫の原に
うっすらつくられた道を
向こうから歩いてくる者はいない
ここは巨大な孤独だ
事物の果てしないコミューンだ
人形、ビデオテープ、携帯電話、鞄、本、CD、アルバム、コーヒーカップ
主の代わりに死に
主の代わりに生きているもの
潮の(神の、とはいわない)ブリコラージュは
放棄でも収集でもない
拒むのでないならどのように誘っているのか
踏みしだくのでないなら
私たちはどのように慈しみたいか
見渡すかぎり眼のないものはあふれ
生きているのがどちらか分からなくなる
家々のくりぬかれた眼から
たえず叫びの涙があふれ
二階の白いカアテンが揺れる窓の内側は
宇宙の暗やみをたたえている
救いをもとめているか
あるいは救おうとさえしているのか
(救難されるべきは、もはや私たちか)

360度、死者はどこにもいない
死者が憩える陰翳は気化したままだ
もっと、もっと生者が
生者という血が欲しいのだ
歩み、うろたえ、立ち尽くす人間の
悲しみと怒りと不安
声にならないことばとことばにならない声 
そして瓦礫をふうわりと覆う
ゆるめられた時間の曲線のような
ひとりびとりの純粋な黒い影と

2011年9月16日 (金)

愛沢革『石のいた場所』(土曜美術社出版販売)

少し涼しくなりImage1535
春から夏にかけて送って頂きながらそのままになっていた詩集群をようやくじっくり繙く気力が出てきました。

愛沢革『石のいた場所』(土曜美術社出版販売)。
一昨年出た『空と風と星の詩人 尹東柱評伝』(宋友恵訳、藤原書店)
の訳者による第一詩集。

まず表紙カバーの、全面を使った写真が鮮烈です。
名前の書かれた石たちの磁力=呪力に
それが何だか分からないままぐっと引き寄せられます。
中央に立ちすくむ箔押しのタイトルと名前は一見見えづらく
表紙を光の方へ向けることでふいにくっきりみえてくる。
その仕掛けが凄く印象的です。

タイトルにもある「石」は詩集のテーマです。
石は「物言わぬ」ながら「長い年月のあいだにそこから溶け出すなにか」
が土の滋養になり
生命を育む存在であると「あとがき」にあります。
そのような石のイメージにはもちろん
京都に留学中にハングルで詩を書いたかどで逮捕され
解放直前に福岡で獄死した尹東柱の詩への
愛沢さんの思いが込められているはずです。
東柱は
「平明な表現でありながら、みずからの歩むべき道をしずかにうったえるひびきで、われひとへともに問いかけるよう」なすぐれた「詩の石」を私たちに残しました。
この詩集には多くの石が登場しますが
すべて過去から今ここへ押し出されてきた
無言の伝言者なのです。

この詩集は
韓国の民主化闘争の中で投獄された徐勝、徐俊植兄弟を始めとする
多くの文人の救援活動に参与し
その後韓国の大学で韓国語を習得して
今では彼地でも信頼される翻訳家として知られる
愛沢革さん自身の半生(父への思い、ソウル留学中の体験、息子との葛藤、土と格闘する現在の生きざまなど)から
それこそ石のように滲みだした詩のことばが並びます。
そして石のように寡黙ながら
熱く確かな魂のありかを感じます。
とてもすぐれて人間的な詩集だと思います。

以下全文引用する「石とリボン─旧紀州鉱山を訪ねて」という作品は
昨年出た『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』に寄せられたもの。
熊野市で行われた
戦時中旧紀州鉱山における強制労働の最中に亡くなった朝鮮人たちを慰霊する
追悼碑除幕式での情景を描いた作品です。
表紙カバーの写真は実際慰霊祭で石たちを写したものです。

青いリボン――旧紀州鉱山を訪ねて
                                                                        愛沢 革
  

  山すその桜は満開、渓谷を流れる川は澄み、春霞のなかをた
  ゆたいながら、春爛漫のひかりをみせる。だが、紀伊山中の
  三県のあわいめにある小さな田舎町めざして、くねくね曲が
  る峠みちにさしかかると  

空は厚い雲に覆われ
湿った風が舞いはじめた
熊野古道に近い豊かな森林と
いにしえからの人びとの信仰ふかい郷土の奥に
トンネルが掘られ銅の鉱山がいとなまれたその山里の一角
追悼碑除幕のおこなわれるその場に
人が両手で抱え持てるほどの重みのある自然石三十二個が
列をなして置かれている

はるかに玄海灘の向こうから
この地に連れてこられた人びと
夜の寝入りばなを襲われ
戦時の朝鮮人の義務と脅され そそのかされ、
サーベル下げた警官の靴に蹴られ
奴隷のように船底につみこまれ運ばれ
この地で働かされた
一九四〇年から一九四五年までに
のべ一三〇〇人を超える朝鮮人

連行されてから一ヶ月でいのちを失くした人
逃亡の途中でいのちを奪われた人
けがや病気衰弱の治療もされず放置されて亡くなった人
それら朝鮮人一人ひとりの無念を想い
伝手(つて)をたぐって探し求め
辛うじてその名の
一文字だけでもわかった死者を含め
かつては生きていたその人を表わす字が描かれた
三十二個の石たちが

ここに来るはずのなかったいのちを
ここで失う破目におとしめられた
その人の苦渋の重みを
なにほどか託された石の重みが
それぞれの喜びや絶叫
肉親や郷土への思いを込めて
色合いも形もちがう石の個性が
この鉱山で働かされ
むざむざ日本人に奪われた
三十二のいのちが

一つ一つに青いリボンを結ばれて置かれていた

リボンの結ぼれを
参加者一人ひとりが前に出ていって解く行為に
なにが託されているのか?
そのとき雲は不穏な動きを見せ
渦巻くように風をこもらせる
生者は宙ぶらりんとなった
いのちを感じる

石に託された死者の恨(ハン)が解けるものか?

だがリボンの結ぼれを解いたわたしは
解かれた石に託されたその人
「◯鐘連(ジョンニョン)」という人のいのちと
不思議な縁で結ばれた
◯鐘連! あなたの恨が解けるまで
真相をつきとめ広めていく
人生のような道のりの
縁をむすぶ

*紀州鉱山 紀伊半島の南部にある三重県熊野市(旧紀和町)で石原産業が経営していた銅鉱山。その鉱山事務所跡にある熊野市営の鉱山資料館には朝鮮人が働いていたことを示す展示はない。市民団体・紀州鉱山の真実を明らかにする会の資料による。

2011年9月14日 (水)

10月8日のシンポジウムのお知らせ 世界死刑廃止デー企画「響かせあおう 死刑廃止の声2011」

死刑問題のシンポジウムについてのお知らせです。
日本が文明国であれば行われるはずもない死刑。
私たちの日常が、死刑を当たり前のように受け入れているというのは異常です。
「われわれは無限定な『われわれ』であるかぎり、つまり砂のような良民の群でありつづけるかぎり、国家に暗黙の死刑業務の委託をしていることにならざるをえない。あたかもゴミ処理の業務委託のように。われわれは例外的かつ極限的な『私』になることによってはじめてこの黙契からの離脱を考える出発点にたつことができるだろう。」(辺見庸『たんば色の覚え書』)
原発問題等で国家の闇と直面する今、大切なシンポジウムだと思います。
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シンポジウム世界死刑廃止デー企画「響かせあおう 死刑廃止の声2011」
辺見庸・講演「死刑はそれでも必要なのか─3.11の奈落から考える」

死刑廃止世界連盟(WCADP・2002年設立)は10月10日を世界死刑廃止デーと定め、世界各地で死刑廃止に向けたさまざまな取り組みがなされるよう呼びかけています。日本でもこの呼びかけに応え、東京・新宿で集会を開催いたします。

今年は、死刑問題をはじめ日本社会の在り方について発言を続けてきた作家の辺見庸さんによる講演。死刑確定囚120人に行ったアンケートの報告。大道寺幸子基金による死刑囚の作品展とその講評などを予定しています。

日時: 10月8日(土)午後1時開場/2時開始(終了予定は午後6時半)
場所: 牛込箪笥区民ホール(大江戸線・牛込神楽坂A1出口から0分)
参加費: 当日1500円/前売り・協力賛同券1000円

内容:
1、講演:辺見庸(作家)
「死刑はそれでも必要なのか──3.11の奈落から考える」

2、報告「120名の死刑確定囚からあなたへ」
現在120人を数える日本の死刑確定囚。その一人ひとりから、あなたへのメッセージ。

3、大道寺幸子基金シンポジウム「死刑囚の表現をめぐって」
2004年に亡くなられた死刑囚の母、大道寺幸子さんが残された基金により始められた死刑囚の作品募集(文芸作品、絵画、イラスト等)に寄せられた作品を展示・紹介しながら、選考委員のみなさんに語っていただきます。
*選考委員: 池田浩士・加賀乙彦・川村湊・北川フラム・坂上香・太田昌国
*ゲスト選考委員: 香山リカさん
*会場での作品展示「死刑囚の表現展」も同時開催

主催・問合せ: 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90
〒107-0052 東京港区赤坂2-14-13 港合同法律事務所気付
TEL.03-3585-2331 FAX.03-3585-2330
※アムネスティ日本は、フォーラム90の呼びかけ団体です。
連絡先 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90

shinePDFチラシはこちら→108.pdfをダウンロード

2011年9月11日 (日)

昨日、脱原発を求める集会とデモに初参加しました

昨日、脱原発を求める集会とデモ(9.10原発NO!京都府民大集会)に参加しました。Image1527
京都・円山音楽堂に2600名が参集しました。
昨日10日と今日11日の二日間、政党が市民運動と連帯して行うという形のもの。
政党の動員力もあったとはいえ、これだけの数の集会とデモはまさに圧巻でした。
                                                         
じつはそもそも私は皆で何かを同調してやることが大嫌い。
脱原発に関してもつよく願いこそすれ
実際デモや集会に出向くことにはこれまでずっと抵抗がありました。
しかし一方何とかしなければ、という気持も募っていました。
とりわけ新政権になってから原発問題が急に下火になってしまったようにも思え
この集会の美しいチラシもずっと壁に貼っていてどうしようかと迷っていました。
そんな時、最近入会した地域の九条の会のKさんから昨日たまたま誘われImage1531
よし、行こう、と背中を押されたのでした。 脱原発集会・デモデビューです。

集会はちょうど日盛りに始まりました。
会がたけなわになるにつれ頭上から照りつける陽射しもきつくなりました。
しかし一時間半、集会から立ちあがって出ていく人もおらず、
会場全体の空気が終始真剣だったのには驚きです。

メガバンクやメーカーも責任を取れ!と胸のつかえが取れるような声で叫んだ議員、
農業という仕事を奪われ、何をしたらいいのかと訴える福島の農家の女性、
福島県の深刻な教師不足の実情を報告する教師、
また京都府全体がその80キロ圏に入る、「原発銀座」を抱える福井県からの連帯の発言、
その福井原発の事故を心配する京都北部の人々の不安の声々・・・

集会後、四条河原町を経由して京都市役所までをデモ行進しました。
2600名の長蛇の列とシュプレヒコールは
周囲に相当なインパクトがあったと実感します。
多くの通行人が歩道からじっと見ていました。
そんなにじっと見ているならば加わればいいのに、とさえ思うほど。

集団行動の大嫌いな私ですが
「危険な原発の再稼働は許さないぞ」等のシュプレヒコールを   
いつしかおのずとあげていました。
なぜでしょうか。
それは恐らく集団の一人として加わっているうちに
動物的な恐怖を触発されたからだと思います。
自分がいかに原発に恐怖しているのかを実感しました。
同じ意図を持って集まった集団の磁力のようなもので恐怖を引き出されたのです。

恐らく人は集団となるとき「けもの」の怒りと恐れを引き出される。
集団というものが目ざめさせる動物的な本能によって
ひとは時に間違った方向に行くこともあるだろうけれど
脱原発に関するかぎりは
問題の核心はもはや生命の危機にあるのだから
集団として「けもの」として恐怖の声を上げることは間違っていない。
集団のために個が抑圧されるというよりも
個の生存のために集団の力を借りるということになるのですから。

shineちなみに今日も昨日に引き続く行動として
「バイバイ原発9.11」があります。
14時に円山公園しだれ桜西側広場集合。
リレートークの後、脱原発ウォークを市役所まで行います。
16時頃解散の予定です。
日本を代表する古都である京都から、脱原発の新しいうねりを起こしていきたいものです。
ぜひご参加を!(連絡先 地球温暖化防止京都ネットワーク、075-251-1001)

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