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2011年11月

2011年11月29日 (火)

11月27日「詩をうたう夜」inソウル──『ハッキョへの坂道』+『私の心の中の朝鮮学校』合同出版記念会①

一昨日27日の夜7時、
韓国・ソウルのマポ区にあるカトリック青年会館5階のリコーラオホールで
『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』のダイジェスト・韓国版である
『ハッキョへの坂道』と
チェロの演奏を聴いて朝鮮学校の生徒達が描いた色鮮やかな絵と
それらの絵に触発された俳優クォン・ヘヒョさんのエッセイを付けた『私の心の中の朝鮮学校』の出版記念会が盛大に行われました。

言葉に出来ない位の感動的な記念会でした。
ここまでに至る経緯や出会い(ここが大切なところなのですが)
はのちのち書くとして
今日はざっと当日について述べることにします。

私と許玉汝さんは前日の夜からソウル入りしました。Yoru
私が九月にキム・ダルジン文学賞授賞式での朗読会で訪れてから三ヶ月。
ムクゲや鳳仙花が咲きほころんでいた初秋から早いものでもう初冬です。
ソウルの夜はもうクリスマスの光で満ちていました。
教会の祝祭的なイルミネーションの美しかったこと!

それよりもなによりも
空港からのリムジンバスの中で
主宰者から完成した二冊の本を手渡されたときの喜びは
何ともいいがたいものでした。
明日の朗読会に合わせおよそ2ヶ月で製作者が寝ずに作った本です。
韓国での朝鮮学校ファンたちの熱い思いと支援に支えられて生まれた
画期的な二冊。
今日は紙幅もあるのでこれらの本については後日じっくり紹介しますが
韓国のブックデザインの美しさが
カバーにも本文にも隈なく生かされた素晴らしいワンセットの書物です。

ホテルにはかなり遅くつきました。Hangan
けれど翌朝は七時にしっかり朝食を摂り、
ホテルから歩いてすぐの漢江沿いの遊歩道を散策しました。
あいにくの曇り空でしたが(しかしこの位の雨もよいが朗読会の客の入りにはいいのです!)
気持ちのいい景色でした。
対岸に立ち並ぶビル群は「漢江の奇跡」ということばにぴったりの、
近代化の勢いを感じさせ、
一方音楽堂などのある遊歩道は、近代化の反省から生まれた
自然との共生をテーマとした「漢江ルネッサンス」のウォーターフロント。
不思議な対比だと思いました。
玉汝さんはこの風景が大同江岸によく似ていると言ってましたが、
日本にはない大陸的な風景なのですね。

さて、会場となるカトリック青年会館には10時に着きました。Kissa
1階のとても素敵なカフェ(コーヒーも安くて美味しいし、このカフェ自体も演奏会などに使えるようで、本の販売コーナーもありました)で待っていると、
やがて日本からの朗読者である愛沢革さんやチェリストの任キョンアさんも到着。
次第に他の参加アーティストもやってきました。
11時からリハーサルです。
演出スタッフも何人かいて、大変本格的な舞台であることを実感し
今さら胸がどきどきしてきました。
実際舞台に立ち、登壇のタイミングやマイクの位置や声の出し方など
的確な指示を受けていきました。(続)Butai

2011年11月25日 (金)

明日ソウルへ出発します。本も見本が出来ました。

27日のソウルの朗読会までいよいよあと日を切りました。
私も明日出発します。
日本からは詩人と支援者合わせ10名程が参加します。
韓国側の参加者はかなり多いと見込まれます。
(ちなみに朝鮮日報が紹介してくれました↓    http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2011/11/22/2011112200850.html。)

当日は、韓国の詩人たちとしっかり交流し、朝鮮学校の無償化除外に反対する自分なりの思いを述べてきます。もしかしたら彼地の詩人・支援者たちの方が思いは熱いかもしれません。恐らく私を初めとする参加者にとって、大いに励まされる新たな出会いの一夜になるのではないでしょうか。

Dd さて、当の韓国版アンソロジーも無事刊行の運びとなりました。見本が出来ましたので、写真をアップします。左が朝鮮学校の子供たちの絵に、クォン・ヘヨさんが書いたエッセイの本、右が「韓国版アンソロジー」(なんとタイトルは「ハッキョへの坂」)です。
この二冊はセットで売られます。日本でも販売予定です。売上金はすべて朝鮮学校へ贈られます。素晴らしい企画だと私も感動しています。

当日の朗読会では私も「ハッキョへの坂」を読みますが、第一連を朝鮮語で読む予定です。もちろん、発音は全く自信がありませんが、思いだけは十分伝わるようなそんな朗読をしたいと思います。 ではまた帰ってきましたら・・。

2011年11月24日 (木)

昨日の記事の「椿」は「山茶花」でした

ある方から昨日の記事の「椿」は「山茶花」だとご指摘をいただきました。
うーん、赤面です。
しかし文脈ではどうしてもこれは「椿」でなければならないところ(笑)。
訂正は無し(!)ということで、お許し下さい。

なお椿と山茶花には見分け方があるそうです。次のブログをご参考にして下さい。
http://www.ne.jp/asahi/fascination/fukunaga/GardenFlowers/Cameria.htm

11月23日「朝鮮学校と民族教育の発展をめざす会・京滋」の結成大会に参加しました。

昨日、Sato2
京都朝鮮中高級学校にて
「朝鮮学校と民族教育の発展をめざす会・京滋」の結成大会がありました。
私も参加しました。

6年間続いてきた「朝鮮学校を支える会・京滋」から
あらたな会が立ちあがったのです。
趣意、運営、人事体制、運営方針を刷新し
より多くの人々に理解を深めてもらい、支援の輪を広げていこうと
熱い思いをこめての再スタートです。

私は「支える会」には入っていませんでしたがHakkyo_kotei
この「めざす会」には本日入会しました。
これからどれだけ関われるかは分かりませんが
今日の議論をきいても
この会には大変触発されるものがある予感がしています。
新しい理解者をどうふやしていくか。
新しい人々がどう朝鮮学校と向き合っていくか。
不穏な排外主義の動きとどのように対峙していくか。
結局はナショナルなものであることを免れない歴史教育というものを
朝鮮学校ではどう止揚していくか(もちろん日本の学校でも同様にナショナルなものへの気づきTsubaki と止揚は当然必要だとして)。

すでに朝鮮学校は大きな変化の波にさらされています。
少子化の影響だけではありません。
これからは3世4世の家庭となっていき
日本国籍の生徒もふえている中で
朝鮮人としてのアイデンティティと人間としての尊厳を守るために
ことばや文化や歴史を伝え続けていくことがしだいに困難になってきています。

一方で高校無償化からの除外や助成金の打ち切りも追い打ちをかけています。
大変な危機感を関係者の誰しもが抱いているでしょう。

けれどある方が、朝鮮学校が存続し発展できる基盤を創ることは
日本市民全員の課題であるおっしゃっていました。
私もそう思います。
義務とか責任とかではないのです。
「課題」なのです。
言い換えればそれは、
日本社会にとっての朝鮮学校という存在が持つ意味と
朝鮮学校にとっての日本社会という存在が持つ意味を
双方向的に、多次元的に、つねに変動する現在のダイナミズムのただなかで
日本人もまた考え続け、感じ尽くしていく、ということではないでしょうか。
(そのための思考と感性の場は「日本国家」ではなく、
あくまでも「日本社会」、つまり一人一人の個人が生活する現場です。)

ところで大会の後は、おまちかねの大交流会でした。
大道芸の世界チャンピオンである金昌幸さんが見せてくれた
きわどすぎるアクロバット・パフォーマンスは素晴らしかった。
その技巧と迫力に心奪われつつ
焼き肉をほうばりおしゃべりをしながら
楽しいひとときを過ごしました。

一番下の写真は学校の玄関の近くに咲いていた美しい椿。
一輪だけ何だか不思議にきりっと咲いていました。
ふと
まだ行ったことのない自分の故郷の済州島にも
椿がたくさん咲いているのよと
紀州の花ノ窟神社の椿を見上げながら在日コリアンの友人が呟いたことを
思い出しながら赤い花を見つめていました。

この京都朝鮮学校もまた
みえない遙かな潮に包まれ、護られているのではないでしょうか。

2011年11月22日 (火)

一色真理『エス』

昨日、オウム真理教元幹部の遠藤被告の死刑が確定し、Isshiki
教団を巡る一連の刑事裁判が
16年余を経て全公判を終えたというニュースが伝わってきました。
あと少しで13名全員の死刑が確定し、その後は死刑執行への検討に入るそうです。
しかし早くも新聞上で「松本死刑囚からか?」という見出しも躍っているのには
本当にぞっとします。
死刑制度自体だって
まともな社会ならきちんと議論を重ねて廃止の方向に持っていく努力をすべきだし、
そもそもこの事件はただの凶悪事件ではないのです。社会的歴史的な象徴性を持つ事件です。
「死刑制度廃止の全社会的な議論を行い、その間は執行を停止することを求める」
と日弁連がコメントするのも当然です。
結局ただの凶悪事件で終わり、後は死刑執行で解決ということがまかりとおれば
まずは被害者が浮かばれませんし、
そもそもあの時あれほどマスコミが騒ぎ
誰しもがこの事件の深い社会的・歴史的意味を直感したのですから。
もしあらためて様々な次元で議論を生まなければ
16年経っても
この社会には何の洞察・解決能力もなかったことになってしまいます。

しかし若者たちはなぜ、オウム真理教に走ったでしょうか。
(若者たち、といいつつ、私はかれらとほぼ同世代ですが)
テレビで久しぶり麻原の声や態度を見聞して私は
若者たちにとって彼の「独裁」的な振る舞いは
「絶対的な父性」だったのではないか
とふと直感しました。
かれらは、自分の家族にはない「父性」や「兄性」を麻原にもとめたのではないでしょうか。

1980年、「オウム真理教」の前身が生まれる少し前、
金属バット殺人事件があったのを思い出します。
予備校生が自分を叱責した両親を金属バットで殺したあの凄惨な事件です。
当時、私は他人事ではない気がしました。
私も関係性の問題を抱えていた閉塞した家族という密室が
ついに内部から破壊されたという衝撃でした。

こんな風にも考えられないでしょうか。
戦後、天皇を頂点とした日本国家の絶対的父性が失われました。
その喪失に向き合うことなく、あるいはその喪失の代償のように
日本は経済成長を追い求めつづけた。
けれどその結果、
父性に対する希求と憎悪は
家庭という密室に火だねとして取り残されてしまったのではないか。
そのような家庭に育った青年たちは
自分たちに上から命令するかと思えばほめたたえもする
教祖麻原に「絶対的父性」を飢えたように感じたのではないでしょうか。
凶行に走ってしまったのではないでしょうか──

一色真理さんの詩集『エス』(土曜美術出版販売)。
初夏にいただいておきながら、ずっとどう読んだらいいか分からなかったのですが
オウムの判決に接して
詩の核を残しながらも、ふいにすべて切実に読み解けていきました。

エスとはフロイトのいうイド、つまりほぼ「無意識」に近いもの。
そこには個人の意識に抑圧された、もう一つの世界が今もうごめいているのです。
詩集では「父はぼくが殺した」という帯の赤い文字が目を突き刺します。
そう、まさにこの詩集のテーマは不穏なエスの世界における
憎悪と悲しみによる「父殺し」です。
詩として象徴化されてはいるけれど
すべては一色さんの黒い過去に裏打ちされた真っ赤な言葉たちなのです。
ここにはエスの世界で恐怖のために事物に変容したままの「ぼく」の
きこえない叫びが
乱れのない散文体に靜かな血を滲ませています。

父の手がぼくの頬を打つ。「おまえなんか、目も鼻もないくせに!」
そのとたん、家の裏に大きな星が落ちた。音もなく爆発して、山崎
川の土手で黒い桜が満開になる。

ぼくの口からとうとう唾があふれだした。地面にこほれ落ちると、
みんな六本の足が生えてくる。罰だ。何百何千の飢えた小さな文字
たちは、甘いものに恋い焦がれて苦しんでいる。

ぼくの砂糖壷にみるみる蟻がたかってしまう。真っ黒になってま
た夜がくる。
                                                                        (「幼年」)

ぼくは鍵穴だらけの小さな家を建てた。新しい犬を飼って、も
う一度ハニーと名づけた。でも、その家はぼくの顔に似ていない。
その家はぼくのいちばん嫌いな顔に少しずつ似てくる。額には青筋
が立ち、眼は血走って落ち着きがない。三〇年前、ぼくが殺してば
らばらに森に捨てた、父の死に顔そっくりになってくる。
                                                                                 (「森の家」)

男は血で「何か」を書いてはお金に換えているらしい。あの男がぼ
くの父だ。その男は「死」を売って食べていくしか能がない。「死臭」
を売りつけては歯のない口をあけて哄笑している。一匹の餓鬼だ。

いや、正直に言おう。その男こそ、母の血を吸っていきのびたぼくだ。
父はぼくが殺した。
                                           (「イド(id)」)

2011年11月21日 (月)

11月21日付京都新聞朝刊・詩歌の本棚(新刊評)  

11月21日付京都新聞朝刊■
 詩歌の本棚(新刊評)

                                    河津聖恵

 現代詩は、その名の通り時代に吹き曝されるジャンルだ。短歌や俳句には、良くも悪しくも定型や伝統がもたらす、時代を超越した虚構空間がいまだ存在するはずだ。作者はそこを足がかりに現実の混沌と冷静に向き合うことも出来るのではないか。それに対し定型のない詩は、外部の混沌を直接的に反映しやすい。現実との距離のなさが、言語上の華麗な混乱や白熱したエクリチュールを生み出す一方で、その直接性に身を任せすぎれば、現実を押し返す虚構の力が失われる危険も当然出てくる。
 この八ヶ月、詩人は現実の混沌にうろたえつつ、またはあえて事実に即しながら、悲劇の痛みを描いてきた。だがそろそろ詩固有の虚構の力を発揮することで、悲惨な散文ともいえる終末的光景に向き合うべきだ。詩は悲劇を、神話的及び宇宙的深さから汲み上げた意味やイメージによって、主体的に押し返さなければならない。
 名古屋哲夫『1(いち)』(書肆青樹社)が向き合うのは、死というよりも「生命の重さ」そのものだ。死を予感しながらも、死という抽象的な観念はどこにもない。「持国天」に踏みつけられる「邪鬼」のように、刻々と重みをます生命をしなやかに押し返している。血を「狂気の水」と捉える次の箇所に、詩的筋力の強さを感じた。
「血は一パーセントの固形物と/あとは水だという/(二連略)/血は/狂気の/水であろう/普段の力では/出せない/土壇場を呼び込む/一パーセントの/固形物の/助けを/かりているとはいえ/水にも/その一端の狂気が/脈打って/波打って/体中を/まわっている」(「水と狂気」)
 髙部勝衞『のざらしの唄』(土曜美術社出版販売)は、「ポロ」という虚構の存在を設定する。それは敗戦の衝撃によって「襤褸」と化した自分自身であり、また現実に流されそうな自分を叱咤し、詩という原点を思い出させる超自我的な分身でもある。こうした主体の二重化は、詩の空間を膨らませ、時間の流れを解き放つ。特に連作「死者の唄」は秀逸。リルケの「世界内面空間」を想わせる、生死を痛切に貫く時空と、生者の側が思いを寄せないことで生じる死者との断絶をうたっている。
「コトバ/これが/生者の帝国と死者のいない死者の世界との国境である/そして/この白昼の暗黒の光の中で/帝国のコトバに/解明されるべき死者のいない死者の世界のコトバは/いまだに何一つ翻訳されず 解読されていない/孤絶した死者のコトバは/今や空しく虚空をたださまよう/理解し 和合しあうべき死者と生者のコトバには/無限の時空の深淵が横たわり/何処の図書館にも死者のコトバの集積もみられない/生者の死者への呼びかけにも何一つ応じられることもない」(「死者の唄」(1))
 北原千代『繭の家』(思潮社)では、現実の孤独の痛みを、虚構としての孤独に昇華することに成功している。「開かれた繭作り」とでもいうべき一集。リルケの「薔薇の内部」を想わせられた。
「破壊をもたらすかもしれない しろがねのキイを/くらいところにあてがう//さしこむと 奥のほうで やわらかに/くずおれるものがあった//お入りなさい/声は言った//無調音楽の階段を/ころがりおちていくのは/棄てたキイ それとも/眠りにおちていくわたし//孔雀のえりあしに うでをからませる/なつかしく はじめての匂いを嗅ぎながら/あおむけに 咲いてしまうかもしれないとおもう」(「鍵穴」)

李英哲「『ハッキョへの坂』を登りつづける」(「思想運動」881号)

「思想運動」881号(11月15日付)に、李英哲さん(朝鮮大学校外国語学部准教授)のエッセイ「『ハッキョへの坂』を登りつづける」が掲載されました。朝鮮学校の生徒達の生命力に触発されて作った私の詩集『ハッキョへの坂』に対し、かつてのハッキョ生であり、今はハッキョ生の父親でもある李さんが、この詩集の時空を、ご自身の人生と記憶の内部と交錯させて読んで下さったことに、私は作者としていい知れない感動を覚えました。本当にあの詩を書いてよかった、と心から思いました。当事者の感性に繊細に受容されたというのは、詩人として最大の喜びです。
 PDFファイルでぜひご一読下さい→hakkyo_essey.pdfをダウンロード

 じつは李英哲さんは小説家でもあり、「月刊イオ」に素敵な作品を寄せています。私は、とりわけ昨年の連載「穴を掘る女」と「水曜日たち」に、とても惹かれていました。前者は日本の朝鮮侵略、後者は慰安婦問題を象徴的な仕掛けを持たせて描いていて、ああこういう新鮮な角度からの問題への迫り方があったんだと大変触発されました。
「私は死ぬまでに、一体あと何千回の水曜日を迎えるのだろう──水曜日が来るたび、いつからかこんなとりとめのない考えをするようになった。中学生の頃、私は物事を月水金曜日的なものと、火水土曜日的なものに分類する空想をよくした。数学や理科は月水金曜日って感じだ。国語や社会、それに体育の時間は火木土曜日、という風に。地下鉄は月水金的な乗り物で、バスは火水土的。学校行事でも芸術発表会は月水金的で、運動会は火木土。東京の言葉は月水金で、関西弁は間違いなく火木土だ。中森明菜の歌は特に月水金的だった。学校の帰り道こっそり立ち寄るアイスクリーム屋は月水金。たい焼き屋なら断然火木土だ。……私はおよそ考え付くあらゆるものを二種類に分類しながら、時には仲の良い友だちともよく盛り上がったものだ。」
「水曜日たち」冒頭部分です。無限の「水曜日」が訪れる不安な世界へ、じつに魅惑的に導いてくれる書き出しだと思います

2011年11月20日 (日)

再度、韓国版『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』ソウル朗読会のご案内です

ついにあと一週間となりました! ソウルでの韓国版『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』出版記念朗読会のご案内です。コンヘウォさんのエッセイ集との合同企画です。→(韓国の支援団体「モンダンヨンピル」のHP)

2011年11月19日 (土)

吉野弘『現代詩入門』(一)

いま、どのように詩を書くべきか──。Yoshino

震災後、「もう詩を書くことなんか不可能だ、無力だ、あんな風景を前にして」
という声をよく聞きます。

しかし詩は今もやむことはありません。
私の元にもほぼ毎日、同人誌や詩集が、時には何冊も送られてきます。
むしろ震災前よりも頻度が高くなった気がします。

もし今、むしろ詩への言い難い衝動が
靜かな燎原の火のように拡がりだしているとしたら?
多くの人がただ生きるのみの生存を孤独に抱えるからこそ
生存を越えてあふれでようとする言葉への欲望や
人間への希望や他者への祈りがつよまっているとしたら?

もちろん生存のコップの中に世界は収まってしまって
そこからこぼれていく詩は
ただ干上がって、消えるだけかもしれない。

しかしいずれにしても、詩人が詩を諦めないならば
詩を書き始めた頃の自分に立ち戻り
初めて世界に「詩」というものを感じた時の光や影や静寂や孤独を
今初めてのように感じ直して、赤子のようにことばと世界に触れていく──
そのような原点への立ち返りが必要な時であるのはたしかです。

吉野弘『現代詩入門』(青土社)。
私も詩の原点の風に久しぶり吹かれることができました。
高校生の頃読んだ、「夕焼け」や「I was born」は強い印象を与えられた詩人。
当時も吉野氏の詩は
いい詩であるというより、何か強い焦点によってひきしぼられている詩だと感じました。
理由は分からないけれど、
また自分もこういう詩が書けるとは思わなかったけれど、
すごく巧い、ほんものの詩だなと一瞬で感じました。

当時その理由が分からなかった氏の巧さがどこから来ていたのか、
この『入門』を読んでよく分かりました。

吉野氏は本の終わりでこう述べています。

「詩の技法について私はほとんど述べませんでしたが、これは、詩をひとつの手応えとして感じることのほうが、重要さという点では技法に先立つと考えられるからです。手応えさえ確かなら、方法は見出せるというのが、私の考えです。」

この「手応え」は詩の中の「矛盾」によって生まれるものなのですが、
明日また書いてみたいと思います。

2011年11月16日 (水)

11月12日講演「東日本大震災にとって詩とは何か」(二)

京都詩人会議における講演でのさいごは、質疑応答でした。 P1030184
最初、「誰も手をあげないのではないか」と案じていましたが(というのも、これまでの経験上、詩の講演会の場合、余り積極的な挙手はないのがふつうですから)、

しかし何人もの人が、感想も含めて手を挙げてくれました。
メモに残っているものだけ、簡単に紹介します。

大きな課題として、無常観をどう乗り越えるべきだろうか。

宮沢賢治は関東大震災の後に独自の世界を構築したが、彼がどう生き延びようとしてきたかは大いに参考になるのではないか。P1030186

今回の東日本大震災の被害につながるような社会の大きな変化が続いていたのではないか。
1995年以来オウム、阪神大震災、9.11そして3.11。
いわゆるモダンな詩もまた向き合わざるをえない変化ではないか。

詩が無力だといわれるというのは、在日朝鮮人として生きることは無力だという諦めにつながっている。
その結果同化や帰化という方向へ押し流されてしまうのではないか。(在日コリアンの青年)

あなたはポストモダンの限界をいつ気づいたのか。

個を立ち上げて、自分の生活と時代、3.11の死者にどう向き合うべきだろうか。

今、祈りはとても重要だと思うが、悼むということについてどう考えているか。

・・・・

以上の中のいくつかの問いかけに、私もその場でそれなりに答えましたが、
より深い答えを必要とするものばかりです。
しかし皆さんが私の拙いことばをそれぞれの立場で誠実に受け止め
思いを巡らせながら聞いてくれていたのだなということが
よく分かって嬉しかったです。

じつは来る日曜日の11月20日にも
関西詩人協会の会合で1時間程度話をします。
タイトルは「ことばが詩の光を放つとき」。
震災とは切り離した実作中心の話にしようと考えていたのですが、
今回の震災をテーマとした話に対する詩人会議の皆さんの反応がとても良かったので、
やはり震災をからませようと思います。
ただこんどは、瓦礫の中から詩の光がきらきらと煌めくような、
詩の原初的な意識をまずは触発するものにしたいです。

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