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2012年2月

2012年2月27日 (月)

梅宮神社に梅を観に行きました

昨日、梅宮神社(京都市右京区)に梅を観に行きました。Photo
このところ寒さがぶり返してきたせいか、
あいにくまだちらほらという感じでした。

しかしまだ蕾をひらいたばかりの幼い梅の花もまたいいものです。
初々しくかわいらしい。
また、例年桜ばかり見ているので、梅をこんな風にじっくり見たのは久しぶりかも。

昨春、大震災の後に花開いた桜は
いつもよりも白く大きく思えました。
生者を茫然と見つめる万朶の死者のまなざしのように。Photo_2

梅の、花弁から溢れんばかりの雄しべもまた、長い睫のようです。
梅の花もまた古えの人々のまなざしのようです。

中上健次の炯眼な一節を思い出します。

「説明すると、花って何なのかというと、花なんて元々なくて、最初は僕が思うに稲だと思うんです。稲作の稲を持ってきた。それを見て、占いをしたと思うんです。占いって何なんだというと、人生が何とかじゃなしに、そうじゃなくて、この花が実をつけるかどうか、それを見て、実をつけなかったら古代の人間は蓄積できないわけでしょう。みんな飢えて死んでしまう、大変だよ。もしこれが黒ずんで。花が実をつけないような状態だったらポロッと落ちちゃう。みんな、部族全部飢え死にしてしまう。あるいは部族の中で殺し合いが起こったり、様々なひどい状態が起こるだろうということなんですね。稲をもとにしていたんですね。そこから転化したものなんです。桜の花だったら、稲作の人間たちが稲の勝利みたいなものを歌った時代があったでしょうね。(・・・)あるいは、いつ攻めてくるのか、占いとかを相手ににしないようなそういう連中が攻めてくる恐れとかね。たぶん、恐れの方が強いでしょうね。そういうものが花に籠もっている」(『現代小説の方法』)

そう、花の美しさとは、じつは対象化できる美しさではないのです。
人間の根源的な恐れと祈りが
まなざしのような花の中でいまだ入り交じっているのです。
誰もが飢えずに、殺し合わずに無事に生きていけるようにという
すべての人の思いが。

2012年2月23日 (木)

『環』48号に「詩獣たち」第五回「かがやける世界の滅亡にむかって──寺山修司」を書いています。

『環』48号(藤原書店)にPhoto
連載「詩獣たち」第五回「かがやける世界の滅亡にむかって──寺山修司」を書いています。

寺山修司は
戦争の闇と戦後の光の断絶を、身体と言葉のただなかに引き受け
詩=演劇の世界を見事に跳梁した、
日本において詩獣というに最もふさわしい詩人です。

寺山は「家」と「歴史」を失った戦後の中に
「虚構」の可能性を見出しました。
あるいは
ふたたび狂った「歴史」の歌をうたいはじめた「現実」と対峙するためにこそ
寺山演劇の光はありました。
それは歴史の闇を引き裂く虚構の強烈な光です。

大学生の時にみた『奴婢訓』『レミング』のあの一回性の虚構きわまる鮮やかさを
私はいまだ希望のように夢のように忘れることができません。
オマージュとしてのこの小論を書くことができ、幸せでした。

「むき出しのニクロム線の中を走ってゆく熱い主題の電流よ! 私のアパートから刑務所の炊事場まで地中を驀進してゆくガスよ!/ほとばしる水道の地下水! そしてまた、告発し、断罪する一〇〇の詩語のひしめきの響きよ! それらが一斉に告げる綱領なき革命の時のポーよ! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー!」(「ロング・グッドバイ」2)
 寺山の「地理」は、あらゆる歴史がポー!と各所で叫びをあげる新鮮な荒野だ。起こった歴史も起こらなかった歴史も(起こらなかった歴史も歴史のうちであるとは寺山のモットー)、幼年期に取り残されたままのかくれんぼの鬼も、引き出しに忘れられた蝶も、ふたたびそこに蠢きだす。あるいは「地理」とは、片眼をつぶることで生まれる二重の視野(「閉じた片眼のなかにあらわれる暗黒が、あいた片眼で『見た』ものの証人となる」(「書を捨てよ、町へ出よう」)だ。その時歴史という幻想は消え、世界は一面、交感の電流の走る野と化す。そして詩獣が駆け出す。野から空へと飛翔し、飛翔と共に空をひらく。
 やがて寺山の「地理」は現実と対峙し、現実の証人となるべき虚構=未曾有の演劇空間を、動乱の六〇年代に鮮やかに現出させていく。」

2012年2月21日 (火)

17日の要請についての記事

17日の要請についての記事二件です。

「高校無償化」 詩人たちが文科省に要請
〝人間として向き合って〟(朝鮮新報)
http://jp.korea-np.co.jp/article.php?action=detail&pid=52967

「無償化」実現という悲願に人間として向き合ってほしい(日刊イオ)
http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/fe7798203f3dba1b481054c828420345

「日刊イオ」の記事にも写真が載っていますが、当日、文科省前で、朝鮮学校の出身である若者たちが、無償化適用をもとめるように、切実な声で訴えていました。寒い中、私たちが文科省に入る前から、そして文科省を出てからもずっと声をはりあげていました。二時間は立って訴えていたのではないでしょうか。胸が痛みました。こうした訴えはずっと、週二回行っているそうです。卒業式まであとわずか。後輩達には自分達のような悲しい気持を背負わせたくない──。そんなつよい思いが冷たくはりつめた空気を裂かんばかりにはりあげられる声から伝わってきました。

2012年2月20日 (月)

要請に行ってまいりました

17日、朝鮮学校の無償化実現を要請して参りました。
文科省と内閣府に、詩人、歌人、支援者のそれぞれの熱い思いを伝えてきました。

緊張していたせいか、記憶が混乱していて、誰が何を語ったのか、あるいは自分の語ったことも、不正確にしか思い出せない気がしています。

しかし、私の思いはただ一つでした。
卒業式まであとわずか。ささやかな力でもどうしても無償化へ波動を起こしたい。

この二年の時間が、この日に向かって背中から押し寄せていた気がします。

担当官と向き合いつつ、
二年間の記憶が、自分の眼差しと声と言葉にもしみこんでいるのを実感してました。
それは、無償化をもとめることは正しいというゆるぎない確信が、いつしか自分に生まれていた証でしょう。

この煮崩れする国は、無償化と教育への政治の不介入という理念をつらぬけ──
私なりに、そうひとすじの命法になっていた一時間半でした。

「この社会は在日コリアンと日本人が出会わないように、お互いを知らないような仕組みになっているのです。私は、朝鮮学校の問題を知り、人権を侵害されている側の苦しみを知って初めて、人権のとうとさを知ったのです。」
声をふるわせながら真情をうったえていた日本人の支援者のことばに胸打たれました。
涙が止まりませんでした。

何があっても朝鮮学校の無償化は実現されなくてはなりません。
拉致担当相などの政治介入によって、
文科省が生徒達から教育の権利を奪うことがあってはならないのです。
そしてそのことは
文科省自身がよく知っているはずです。

2009年末には同省は学校の無償化を決定していましたし、
翌年2月、無償化直前に前年末の拉致担当相の発言が意図的にとりあげられて
鳩山元首相が除外を容認した時も、
文科大臣は異議を唱えていたのですから。

しかし今やどうでしょう。
世論の論調は
「無償化は北朝鮮を利する」から「無償化除外で北朝鮮に圧力をかける」という
より好戦的で暴力的なものに変わってきているではありませんか。
それも、文科省が政治的圧力によって無償化宣言を出さないでいるからです。
不安定で無根拠な世論は、マスコミ報道にも揺動し、容易に煮崩れたのです。

私は朝鮮学校の内実や歴史を熟知しているわけではありません。
私が無償化除外に反対するのは、朝鮮学校を讃美するからでもありません。
2009年3月に橋下元知事の暴言にいたたまれなくなってアピールを出したように
この国の魂と言葉に加えられる、政治的あるいは世俗的な暴力と
それを抑制すべき日本の大人たちの無自覚さと無責任さに対して
詩人としてきっちりものを言わなくてはならないと思ったからです。
それは自分自身への自省も含めてですが、
詩人ならずとも
除外問題をめぐってみえてきた非人間性に対して声をあげることは、人間としてまともに生きようと思えばあたりまえじゃありませんか。

すべての子どもに安心して学べるようにという理念さえも貫けない社会とは何なのでしょうか。
それは
すべての人間が互いに価値も権利ももはや感じ取れない社会、
人が人間的な光の消え失せた、闇の眼と心で声をころして生きていく
社会ともいえない荒れ野でしょう。
それでもいい、むしろそうなってしまえと居直る人間たちが除外に与しているのです。

2012年2月17日 (金)

要請行動に行ってきます

今日いよいよ、549名の皆様からいただいた思いを胸に、要請行動に行ってまいります!要請先は、文科省と内閣府です。

なお、一昨日は、神戸朝鮮高級学校のコンサートで許玉汝さんと朗読しました。生徒さん達の力強い演奏と清冽な歌声に深く心励まされました。このコンサートについての記事は、許さんのブログをご一読下さい:http://blog.goo.ne.jp/okuyeo/e/38d5840e39996a39d8b480fbb13439b5

2012年2月15日 (水)

賛同メールとコメントを締め切らせていただきました。

 バレンタインデーが終わりましたので、賛同メールとコメントを締め切らせていただきました。最終的な集計結果は、賛同者549名、コメント数125です。これほど多くの方々にお力を貸していただけるとは思ってなかったので、驚いております。また本当に嬉しく、心強いかぎりです。これからこの結果を、某新聞社に報告することになっています。さらに来る17日には、この549名の方々にも同行して頂く気持で、詩人・歌人・支援者計9名で文科省と内閣府に要請に行って参ります。後日、要請の様子や成果をご報告させて頂きます。

 みなさまの熱いご支援に心から感謝申し上げます!

 

2012年2月14日 (火)

「こるむ」第9号掲載エッセイ:「裁判を傍聴しながら考え続けていること──透明な怪物、可能性、現実化・・・」

「こるむ」(在特会らによる朝鮮学校襲撃事件裁判を支援する会通信)第9号掲載エッセイ
裁判を傍聴しながら考え続けていること──透明な怪物、可能性、現実化・・・ Koromu
                                                                        河津聖恵

 私が初めて京都朝鮮第一初級学校に対する襲撃事件を知ったのは、2009年12月。同志社大学で行われた、在朝被爆者についてのドキュメンタリー『ヒロシマ・ピョンヤン』の上映終了後に、事件のDVDを見た。私は大きな衝撃を受けた。人間として最もやってはならない所業、最もあってはならない人間の姿がそこに臆面もなくさらけ出されていた。私はこれまで感じたことのない戦慄を身の内に覚えた。オモニ会の方の涙ながらの訴えから、事件が当事者に途方もない恐怖感を負わせていると知ったが、映像を見ている間ずっと、私は私自身もまた、画面のかれらによって攻撃されていると感じていた。たった五分の映像を間接的に見ただけでそうした動物的恐怖を感じたのだから、現場にいた子どもたちや関係者にはどれほどの衝撃だったか。会場から出るとキャンパスはすでに夜の闇に包まれ、庭はキャンドルによる光のアートが美しく輝いていた。だがクリスマスの美しさは、直前に見た醜悪な映像の記憶をむしろ引き立て、吐き気をもたらした。
 その時私は、この日本の見えない片隅で、大変な事態が起きていると知らされたのである(その「事態」はやがて朝鮮学校の高校無償化除外によってさらに可視化される)。在特会による前代未聞の襲撃事件が象徴するのは、この国で今、精神的に未熟な人間の心に途方もない破綻が生じ、それが同じ脆弱な者の精神構造に次々と伝播し、総体としての人間のモラルにとめどなく危険な亀裂が拡がっている、という事実である。
 社会的に居場所を定めることを放棄した人間が、「誰だか分からない自分」の怒りを紛らわすために、それを他者にぶつけ、他者をいじめる快楽に酔いしれる。さらには他者いじめの行為において自己承認願望さえをも満たす。恐るべき非人間的な罪業だ。そうした悪魔はこれまでも存在しただろう。しかし戦後このようにあからさまに、自閉的な集団として存在し、メンバーが互いを承認するために他者を攻撃し、一線を越えてヘイトクライムという犯罪へと勇み走る現象は、前代未聞である。
 先日テレビで知ったが、人間の脳には他人の痛みに不快感を感じる部位と、集団のルールに従わない他人が罰せられる姿に快感を覚える部位があると言う。人類が大集団として生きるために備わった仕組みだそうだが、今、その二つのバランスが壊れ、後者が優位となり異なる他人に対し不寛容になりやすくなって、ヘイトクライムや戦争を引き起こしているのではないか。もちろん起こっていることのすべてを、脳に起因すると考えるのは危険だ。だが幼時からゲームにふけったり、受験戦争で勝つことだけを人生の目的としたり、ネットで匿名での誹謗中傷をし続ければ、おのずと他者の痛みに対し不快感より快感を覚えやすくなるのは確かだ。そして今や、周囲や世間がそれを煽っている。
 在特会の若者たちの背後には、かれらを怪物に作り上げた無数の人々がいる。マスコミも含め、かれらに人間としてのモラルを反する言葉を、直接的あるいは間接的に伝えた人々、あるいは人間としてのモラルを伝えられなかった家族や教師を始めとする人々、そしてかれらの怪物としての言動を黙認した友人知人もまた、いわば「透明な怪物」としてこの犯罪に加担する。そう私もまたその一人なのだ。在特会の若者たちの分身に、これまで出会わなかったはずがない。どこかで出会い、一瞥してやり過ごし、忘れてきたのである。関わり合いになりたくないから眼をそらしてきた。中学生の時、一人の男子に対し数人の男子が行った壮絶ないじめを、ぼんやり眺めていた自分を思い出す。
 在特会が生まれる条件は、この国に十二分に存在する。だがなぜ現実のものとなったのか。朝鮮学校に対する高校無償化からの除外に反対する活動をしつつも、私が根本において考えているのはこの問題だ。なぜ、「在特会的なもの」は在特会として現実化し、今や被告となってわれわれの前に立ち現れたのか。可能性と現実性の間にある深淵を、なぜ飛び越えたか。その答えを見つけるために、これからも裁判を傍聴し、自分の生理に響いた事実をしっかり受け止め、そこから摑みえた真実を自分の言葉で語り、広く伝えていかなくては、と思っている。

2012年2月10日 (金)

2月8日 詩の特別授業第一回in京都朝鮮高級学校

一昨日8日、Image329
京都朝鮮学校で高級部二年のクラスで、詩の特別授業を行いました。
初回のテーマは「詩は投壜通信」。
前半講義で後半実作という配分で進行しました(残念ながら日本語で)。

なかなかきちんと話をきいてもらえた、という感触がありました。
色んな資質の子がまざっている(人数が少ないので二年生は三十人が一クラスです)
高校二年生にいきなり詩の話、というアクロバットな授業でしたが
うまく行った方だったでしょう。
(私は予備校や学習塾で同じ位の年齢の子どもたちに教えた経験がありますが、それと比較しても)

私が考え生徒にも語ったこの授業の目的は次のようです。
「詩だけでなく文章を書くとは、自分を見つめること、そして言葉に向き合うことで、自分を見つめるもう一人を、育てていくことです。
 言葉というのは、これまで生きて死んだ人が、無数の思いをこめて残したものが、私たちまで伝わってきたものであり、読書で言葉の山をどんどん築き、固めていくことができる。そこに自分のもやもやした言葉にならない思いをぶつければ、何らかの答えが返ってくるはず。そのこだまをきくように書いていくという作業をしていこう。人の言葉の力は、自分の築いた言葉の山の大きさで、決まる。とりわけ詩の核となる「比喩」は、この山に埋もれるダイヤモンドでしょう。ダイヤモンドを見つけよう。」

今回のテーマ「投壜通信」は次のパウル・ツェランの一節にあるものです。少し難しいですが、皆大体の内容は理解してくれたようです。
「詩は、言葉の一つの現象形態であり、したがってその本質からして対話的である故に、いつかどこかの陸地に、もしかして心の陸地に打ちあげられるかもしれないという、かならずしも希望にみちているとはいえない信念のもとに託された投壜通信といったものなのかもしれません。詩はこうした点でも途上にあります。詩は何かを目指しているのです。」(パウル・ツェラン 「ブレーメン文学賞受賞講演」より)

実作の見本として、「ハッキョへの坂」を朗読しました。
次に技法やその意図などを解説しました。
まさに京都朝鮮学校の生徒達に宛てた詩を、
ご本人たちを目の前に朗読するのですからさすがちょっと気恥ずかしかったです・・。
第一連だけ朝鮮語で朗読したら、
「朝鮮語うまいです~」と後で生徒にヨイショして貰えました。

さて実作。
「~のあなたへ/きみへ」というタイトルで詩を書いて貰いました。
みんなちょっと恥ずかしそうでした(詩って、詩を書かない人には誰にとってもやっぱり恥ずかしいものなんですね・・)。

女子はけっこうすっすっと詩を書いてました。
しかし男子は数人、白紙のまま俯き悩む姿が痛々しかったです(?)。
冒頭の一行「学校からの帰り道・・」で止まったままのサッカー部員に
手取り足取り詩を作る手伝いをしました。
(悩みつつ真剣に取り組む姿が何だか微笑ましかった。)
総じて男子の詩は「おれ」を叱咤激励する詩。女子は「他者」に寄り添おうとする詩が
多いように思えました。
いずれにしても
高校サッカー部男子に、いきなり詩を書いて貰う!
というのはちょっとアクロバットで新鮮な光景でしたね。
けれど忙しい毎日の中でつい忘れがちな
自分を見つめるという習慣がつくきっかけになれば、というのが
ソンセンニムたちがこの授業に期待するところでもあるのです。
(朝鮮学校の生徒は、遠くから通って来る子も多いし、授業にもクラブ活動にも忙しいようです)

最初は「できるかな?」と心配していましたが、
授業の終わりには大部分の生徒が提出してくれました。
まだ添削はしていませんが、ざっと見たところでも
なかなかの力作が散見されます。
これからじっくり読むのが楽しみです。

※写真は2009年12月に初めてこの学校を訪問してクラブ活動を見学した時の
放課後の教室の風景。

2012年2月 4日 (土)

お願い

要請書へのご賛同メールは、出来れば14日迄にお送り下さい。
そう、バレンタインデーheart01です。
(17日にみなさまの思いを携えて、文科省に要請にまいります。)
あと10日となりましたので、ラストスパートということで、
ご友人知人へのさらなる周知をぜひお願いいたします!

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