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2012年6月

2012年6月28日 (木)

御庄博実・石川逸子/詩文集『哀悼と怒り─桜の国の悲しみ』(西田書店)

御庄博実氏と石川逸子氏による合同詩文集『哀悼と怒り─桜の国の悲しみ』(西田書店)が出ました。
二人は、反核という立場を貫いてきた希有な詩人たちです。D
御庄さんは医師としての名前は丸屋博さん。
劣化ウラン弾による内部被曝をずっと追究されてきました。
石川さんは通信「ヒロシマ・ナガサキを考える」を、
昨年の100号で終刊するまで29年間発行し続けてきました。

『哀悼と祈り』は詩とエッセイで成り立っています。
御庄さんの大震災の犠牲者への慟哭詩、原発への憤怒の詩、
石川さんの1986年から2011年までの反原発詩群にあらためて瞠目させられました。
それらの詩にあふれているのは、タイトル通りまさに「哀悼と怒り」。
作品としての完成度という点では
やや散文脈すぎる点もありますが、。
しかしこれらの詩の主体は「私」や言葉ではなく
「哀悼と怒り」という感情なのです。
まさに今全ての人が我知らず呑み込まれている
二つの感情の海のうねりです。

哀悼と怒りとは今、
詩を最もアクチュアルに創造させるものであるし
詩の「アクチュアリティ」の力の源泉となる海でしょう。

3.11がもたらした哀悼。
それは私たちが死者の代わりに生き直すという無限責任の感情でもあるはずです。
3.12によって内奥から噴き出し続けている怒り。
それは棄民された被災者や自殺者や打ち棄てられた動物たちへの同苦の感情でもあり、
未来の子供たちを絶対的危機にさらした国家を許さないという
類としての私たちの本能の表れではないでしょうか。

そしてこれらの二つの感情はまた
過去の世界への徹底的な訣別の感情でもあるはず。

詩人はそれぞれの「哀悼と怒り」を突きつめなくてはならない。
原発事故という帰結を生み出したこの世界の表層的な散文脈を二度と反復させないために
深い次元から詩という亀裂を生みだそうとする絶対的な決意
に突きあたるまで。

そうだ お前を助けられなかった 父は
せめて お前の子どもを
でも どのように
この ぎっちり 原発に囲まれた列島で


ひとりの父親の
嘆きが 怒りが
いらだちが
一つの小さな星となって
この列島をかすかに照らしている。

くらい窓をとおして 眠る この列島のひとびとの
夢のなかに かなしく射しこんでいる。
                                    (石川逸子「ヒロシマ連祷43」)

庭で首をつった93歳の彼女をだれが責められよう
たどたどしい遺書と 愛用の手押し車が残されている
「原発が奪った大往生」と
M新聞の第一面 一号活字の重さを忘れない
ひとりのいのちの重さを忘れまい
                   (御庄博実「避難」)

2012年6月25日 (月)

モンダンヨンピルチャリティーコンサート

21日から昨日23日まで、東京に滞在していました。A
三日間のあいだ、様々な方とお話しすることが出来、
4カ月ぶりの故郷で大変充実した時間を過ごせました。

22日は
「なかのZERO大ホール」の
「モンダンヨンピルチャリティーコンサート」を見にいきました。
会場は超満員で、大勢立ち見も出ていました。
三時間近くもの公演となりましたので、立ち見の方は大変だったと思います。

「モンダンヨンピル」とは、韓国語で「ちびけた鉛筆」という意味。B
東日本大震災の被害を受けた朝鮮学校を支援するために生まれた
韓国の朝鮮学校支援団体です。
俳優クォン・ヘヒョさんによるモンダンヨンピルの紹介もかねたコンサートのCMがありますので、ぜひご覧下さい。
→ http://www.youtube.com/watch?v=C58w1gs-zSc

とにかく本当に熱く感動的なコンサートでした。
生徒達の美しい合唱と民族舞踏、
激しく胸を打つロックにダンスにフォーク、
そして各演目の合間にはクォンさんの優しい人柄があふれたトーク・・
観衆も自然と一緒にリズムをとり、唱和していきました。

私はモンダンヨンピルの歌はじつはじっくり聴いたことがなかったのですが、
今回はハングルと共に日本語字幕もバックに映し出されたので、
とても助かりました。

歌詞やインタビューの台詞の訳を眼で追いながら、
また通訳の言葉をききながら色々考えさせられていました。
「朝鮮学校を知ることは、私達の歴史を知ること」
「心の銃を下ろそう」
「平和の共同体を作ろう」
他にもたくさんありましたが
たとえば上の言葉は私自身に突き刺さるものでした。
朝鮮学校の生徒への励ましでもあるそれらが、
他ならぬ私自身への呼びかけとして響いたからです。

2010年に国策によって浮上した
政府による朝鮮学校の高校無償化からの排除というとても悲しい事件。
私たちは何度も文科省と内閣府に要請に行き、
ペンや声で訴え
希望を抱いては打ち砕かれてきました。
何よりもそこで見聞きする生徒達の悲しみや悔しさの測り知れなさと
この国の人間的な愛の薄さと冷酷さと
そして自分自身の無力さにいたたまれない日々を過ごしました。

けれど私たちと同じように無償化除外の痛みを感じているはずの
このモンダンヨンピルのアーティストたちの
強さと明るさにはただ圧倒されるばかりです。
必ず人間的な力は勝利するのだという確信が
かれらの歌声にも表情にもみちみちていました。
かれらのパワー、つまり自分と人間への信頼の力を感じたことは、
じつに新鮮で大きな勇気をもらいました。

かれらは無償化除外問題を通して
自分たちの民族の知らなかった歴史を知ったそうです。
そして朝鮮学校を訪問し、生徒達と交流する中で
一緒に歩んでいこうと決意したのでした。
日本以上に反共意識のつよい韓国で
残念ながら一般的には朝鮮学校は
同じ民族の学校というより「敵の学校」とみなされているようです。
かれらはそのような状況の中でそれぞれの社会的な立場を持ちながら
自分たちが知った学校の真実をみずから伝えようと努力してくれました。
すべての行動は、学校の子供たちや先生からかれらが受けた感動の中から
自発的に生まれたものです。
コンサートの間ずっと
一人一人のアーティストの愛情あふれる心と人間的な勇気が私の胸にもせまってきて
おのずと頬に涙がこぼれました。

韓国人であるかれらは無償化問題から朝鮮学校の存在に初めて気づき
自分たちの民族の歴史をあらためて知ったのですが、
では私たち日本人はどうでしょうか。
同じ日本の地で共に生きる仲間である朝鮮学校の生徒達の痛みにC
見て見ぬふりをするのは
人間としてあまりにも悲しいことではないでしょうか。

この一夜
冷たい国の闇の中にぽっと灯った温かく美しい時間は
私の中にも永遠の喜びとして残された気がします。

2012年6月21日 (木)

紫陽花

紫陽花が眼につく季節です。
この花を見つめていると何か意識を吸いこまれる感じがします。Aji
色鮮やかなのになぜか宇宙の闇を感じるのです。
雨に打たれる紫陽花は不思議な光。
緑はくらがり。
花の周囲にはみえない闇がひしめいています。
毒のある花でもありましたね。
写真は近所で見事に咲いていた額紫陽花。
次のリルケの詩にある紫陽花は、鞠状の西洋紫陽花です。

薔薇色のあじさい
                                             ライナー・マリア・リルケ(富士川英郎訳)

誰がとった この薔薇色を? それが集って
この花の中にあると 誰がままた知っていた?
はげかかった金メッキの器のように
まるで手摺れでもしたように あじさいはそっと薔薇色を解く

こんな薔薇色の代りに 何もそれが望まぬようにと
薔薇色は花のためにとどまって そして空から微笑んでいるのか?
香りのように 悠揚と 消え失せてゆく薔薇色を
天使たちがやさしく 空で その両手に受けるのか?

それとも満開期(さかり)の過ぎてゆくのを知らすまいと
花はたぶん それを放すのか?
でも その薔薇色の下で 緑はそっと窺っていた
そしてすべての秘密を知ったまま いまその緑が褪せてゆく。

2012年6月18日 (月)

6月16日に北陸朝鮮初中級学校で詩の授業を行いました

昨日は、福井市にある北陸朝鮮初中級学校で、
中級部の生徒さんを対象に詩の授業を行いました。

北陸ハッキョは中級部7名、初級部4名の小さな小さな学校。Imgp0273_4
福井駅から車で20分ほどの
とてものどかな田園地帯にあります。
福井の町はじつは初めて降り立ちました。
駅前から走ると、お米の名産地らしく
小雨の降る町の景色に
やがて稲が青々と眩しい水田が拡がりだしました。

このハッキョで詩を教えることになったきっかけは
じつはツイッター。
冬に全国的に大雪が降った時、
この学校を除雪車が素通りしていったというあるツイートが眼に止まりました。
誰かからリツイートされてきたものですが、本当に驚きました。
積もった雪のためにスクールバスが入れない・・
ツイートから悲鳴が聞こえてきて胸をつかれました。
回ってきたツイートに私だけでなく多くの人が同じ思いになったようですImgp0296 
役場にも電話が入ったのか
無事除雪車も来たそうです。

そのSOSのツイートを放ったのが
この北陸ハッキョの若き女教師であるそんじゅさんでした。
その後相互フォローもし、
ネット上で時々言葉を交わすようになりました。

以上のようにまったく偶然に知り合ったそんじゅさんですが、
私が2月に投稿した京都朝鮮学校で詩を教えた旨のツイートを読んで
中学生対象の詩の授業という素敵な企画を立ててくれました。
本当に行動力のある先生だなあと感心します。
今回は大阪の詩人の許玉汝さんにも
初級部の読み聞かせを受け持ってもらうために同行して頂きました。

学校に着くなり、
先生方がとても温かく迎えてくれたのが嬉しかったです。Imgp0275
まず校内を案内して頂きました。
生徒さんはまだ午前の授業中。
生徒数は11名ですから、本当に少人数です。
マンツーマンで理科の実験をしていたり
先生一人に生徒二人だったり。
こうした一見寂しい教育環境は、もちろん学校の存続の危機を意味しています。
しかし一方で理想の教育が行える数でもあるわけです。
また少人数であるぶん子供たちはのびのびとしつつ
しかも不思議ほど礼儀正しく、かつ人怖じしません。
そして友人や教師との信頼関係が
普通の学校ではありえない強さと深さであることが一目で分かります。Imgp0276
補助金の殆どない校舎の老朽化は心配ですが、
先生方が工夫して飾った色鮮やかな掲示物からは
生徒達への聞こえない愛情のエールが校内の空気を
何とはなしにぎやかにしていました。

心づくしのお弁当と歓談で気分をほぐしてから
さあ授業。
私が担当したのは男子三名と女子四名の中級部七名。
まず比喩の話をし、実作をして貰いました。
テーマは「誰かに宛てた詩」。
これは京都朝高で出した課題と一緒です。

最初なかなか筆が進まないようだったので少し心配しましたが、Imgp0310
ある時点から堰を切ったようにみな書き出しました。
それぞれの思いの中から詩がこの世に生まれる瞬間・・
それに立ち会うのはちょっと感動的です。
ほとんどの生徒が授業時間内に完成させました。
授業の終わりは朗読もしてもらいました。
ちゃんと新鮮な比喩を使った珠玉の作品になっていたのには驚きました。
詩の宛先の「誰か」も他人、自分、事物などさまざま。
思いがけずいい作品が生まれたので
そんじゅさんと小躍りしました。
いずれこれもパソコンに打ち込んで小さな冊子にでもしようということになりました。

許さんのクラスもとても楽しいものだったようです。Imgp0309

ゆたかな自然環境と情愛に育まれた感受性と行き届いた教育。
そして何よりも人数が少ないことで
自分自身に与えられた役割と責任をちゃんと自覚している子供たちの姿は
とてもりっぱで、胸をつかれました。
けなげな子供を見ると、大人たちは本当にじーんと感動させらるものです・・
もちろん出来るかぎりもっといい教育環境を与えてあげなくてはならない。
行政や一般の日本人の支援ももっと必要です。
この北陸のハッキョにも多くの日本人が見学に来て
色々感じ取ってもらえればいいなあと思います。

じつは最近、世の中に悲観的になり、落ち込みがちだったのですがImgp0318_1
ひたむきな子供や先生方の姿に学ばせられ、勇気づけられた一日でした。
また行きますね!今度はみんなともっと遊びたいです。

2012年6月15日 (金)

映画『11.25自決の日─三島由紀夫と若者たち』(若松孝二監督)

映画『11.25自決の日─三島由紀夫と若者たち』(若松孝二監督)をみました。M1
少し前のことになるので
印象がかなり薄れてしまったのですが、
楯の会結成前後から自決までを60年代の激動の時代状況と織り交ぜてリアルに描いた映画です。

三島の自決は私も小学生の時に衝撃を受けた事件でした。
あの市ヶ谷のバルコニーの内部で、そしてそこに至る前に何があったかを
今回初めて知ったことが多いです。
資料を読みこなした上での映画化なので、相当事実に沿ったストーリーでしょう。
三島役の井浦新は迫真の演技でした。
バルコニーでの演説は、実際人通りのある静岡市役所で撮ったとのことですが、
思いがけず「日常にかき消されまいと大絶叫した瞬間、自分の中に大きな渦が巻き起こった」そうです。
その迫真の演技にも誘われ色々考えさせられました。

三島由起夫は流麗な文体やエロスもタナトスも含めたその深い世界観に
かつて私も傾倒したことがあり、
気に入った表現は書きだしカードを作ったこともあります。
とりわけ生と死のあわいを微妙に行き来するような比喩が素晴らしいと思いました。M2
それはたんなるイメージを介しての比喩というより
日本語が日本語に響きあうような、合わせ鏡のような繊細な美しさです。
これは相当な読書量と素養だけでなく、日本語への深い思いがないと不可能な位のものです。
何よりも自分の内面を感受する力が卓越していることを感じさせます。
詩もたくさん書いていますが、散文の方がもちろん素晴らしいです。

この映画では
そうした卓越した文学的な知性や繊細さもところどころかいま見えるのですが、
やはり焦点は11.25です。
最初から三島由起夫は私には届かない時空に存在していました。
史実的には不確かなところはないのでしょうが、
文学者としての陰翳は余り感じられませんでした。
井浦新のすっきりとした顔立ちのせいでもあるのでしょうか。
最後にクレジットで全作品名が流れはしたのですが、
たぐいまれな文学者がなぜ激しい行為者にならざるをえなかったのかは
この映画では解明されていません。
そのためにはその文学の根底にあるタナトスあるいは真実の生への欲望を描くこと、
あるいは文学を中心にすえた世界観や戦争観において解き明かすことが
必要なのではないでしょうか。
もちろんそれだと長大な作品になってしまいますが。

ただこの映画からは、
三島由紀夫が
日本に改憲し、自衛隊を国防軍にせよと訴えながらも、
再びかつてのような軍国主義の現実の再来を望んでいたのでは決してない、ということは
感じ取れました。
三島自身は病気のために戦争には行かなかったのですが、
戦争がいかに人間の醜いエゴをむきだしにするものであるかはもちろん鋭敏に感じていたはずです。
そして一方で反戦を唱える人に時としてみる、いわば自己欺瞞もみてとっていたでしょう。
一億総懺悔といいながら
無数の死者を振り返ることなく生き残ったことに自省や感謝もせず、
ただ通俗やエゴや金銭にひた走る国家の戦後の現実に、
作家は文学と自決という永遠の美を対置せずにはいられなかったのです。

暴力は勿論いけないことですが、
敗戦に向き合わない戦後の社会をいさめるため自決を選んだ三島の純粋さを、
今の私たちの誰がやすやすと否定できるのだろうかとも思います。
また、現行憲法を護るべきだという人々もいまだ多くいて、
それは心強いし正しいことだと信じますが、
その理由がもし「このまま平和でいたいから」では何か違う気がします。
三島の行為に照らせば、それがかつて一億総玉砕の代わりに日本が選びとったものであることを
一人一人がもっと痛切に想像し、
その痛みから語っていかなくてはならないと思うからです。
もちろん、中国や北朝鮮が怖いから改憲してしまえ、
などというのは戦争の壮絶な苦しみの果てに亡くなった死者たちの声に耳を澄ますことを忘れた、さらなる冒瀆です。

2012年6月11日 (月)

詩「千年ノ赤ン坊」(「現代詩手帖」6月号)

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                          河津聖恵   

空の空虚が撃たれ、青は限りなく深まる
無の銃声と共に
夢を見張るガラスの監視塔は天頂から破壊された
世界は子を庇う母親
うすむらさきに翳り蹲り永遠の痛みを負う
(赤チャンガ泣イテル、泣イテル、)
透明な血にまみれた世界の赤ン坊は祝福もなく生まれ落ちる
半透明の殻を背負う無垢な蝸牛のように
岩場に残された小さな水たまりのように
水底にくらくらふるえる臍帯!

千年の悲しみが退いた砂浜に
名のない獣たちが俯いている
かれらは水を飲みに来たのでも
ウミガメの卵を探しに来たのでもない
死から生へ 生から死へ
寄せてはかえす玻璃の美しさを
瞬間ごとにじゅっと目に焼き付けているのだ
獣ではなく人か?
虹が黒く崩れ落ち
あらゆる橋が透き通り
すべての記憶が針を失った時計の文字盤のように向き直ったあの閃光を
ぎらぎらした燃料棒に変えて呑み込んだヒトか?

0.01…0.009…0.008… 
いまだ世界を恐れ引きこもる花々の押し殺した呟きから
無傷の数が幼い蜂のようにふうわり飛ぶ(春か?)
花々をその下に匿ったまま瓦礫たちは
千年の蜥蜴の目をやっと閉じる
あの日死者からふいにもたらされた目と耳
瓦礫は瓦礫のままずっと辛かったのだ
翼のない血の記憶や
目のない涙のうた
花のない黄の狼煙と
光のない星の戦争を目の当たりにし
声をあげられないでいた
海に揺すられるたび巨きくなる空のがらんどうの魂を
一片ずつあおあおと背負わされていた
貝のように耳に当てると 瓦礫たちはぼうぼうと泣いた

ここは空から光の墓標を打ちつけられたカルスト
私も千歳、胸のボタンを外し
ヒトという折り目からイノチの花粉をこぼそう
風の指をのばし空の空虚に触れ
宇宙のツユクサの青い絶望にしずかに染まろう
ふたたび断崖から海よりも濃青(こあお)の蝶が
きらりと放たれるまで
私が死んで世界が目覚める背理の莢がついに破れ
銀の生誕が千年を輝きわたるまで

2012年6月10日 (日)

『ニーチェの馬』(監督・脚本タル・ベーラ、ハンガリー)

タル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』を観ました。
心に重く、深くのしかかるような映画でした。N
しかし、だからこそ身の内から思いがけないカタルシスさえ感じました。
モノクロの画面からこちらの内面に直接にかかる
人間精神そのものの重さ、人間の時間そのものの深さ、
そして映像の光と影の哲学に、
圧倒され続けました。

一言でいえば破滅の「物語」です。
「ニーチェの馬」というタイトルは
1889年、哲学者ニーチェが発狂した日のエピソードから付けられたもの。
その日彼は街角で鞭打たれる馬の首筋に抱きつき涙したそうです。
それは狂気の始まりだったとされますが、
真偽のほどは定かではないようです。
しかしそのエピソードがタル・ベーラの魂を突き動かしました。
正確には「その後、馬はどうなったのだろう」という問いかけが。

馬には飼い主がいたという設定です。
その飼い主と娘は窓から一本の木だけが見える荒野の家に住み
二人だけで極貧の生活を送っています。
家の中にもぎりぎりの生存のための家財と食料しかありません。
そして彼らの日課はつねに決まっています。
娘は朝起きると家の前にある井戸で水を汲み、
ジャガイモを茹で、
父親と差し向かいでジャガイモ一つきりの朝食を摂るのです。
食事を終えると二人は馬を小屋から引き出し、
馬具を載せます。
ただそれだけの日々の繰り返しです。

そう書けば何か牧歌的な暮らしであるようにも思えます。
しかしこの映画ではそうではありません。
外は間断なくつねに一方向から強烈な風が吹き続けます。
風の音は人の悲鳴にもきこえるほどの鋭さです。
そして風はつねにおびただしい黒いものを白い光の中に吹き散らしています。
それは木の葉ではなく、
何かの破片のように見えます。
そしてそこには人影は全くありません。

映画に他者が登場するのは二回だけです。
一度目は、「我々は世界を破壊したが、それは神の罪でもある」という
まるでニーチェのような箴言を切迫した声で語り続ける謎の訪問客。
(彼の話から隣町に恐ろしい破壊の出来事が起こったことが暗示されます)
二度目は、どこからか馬車に乗ってきた数人のジプシー?たち。
「水だ、水だ」と井戸に群がるかれらの様子からも
世界では何か大変なことが起こっていることが分かります。

映画はそのような世界のだた中の、
小さな家の中での父娘の六日間を描きます。
世界では破滅が進行し続けますが、
二人は生存のルーティンワークを続けています。
まるで馬の苦役のように。

この映画は
二回の「他者の訪問」以外何も起こりません。
外の世界は神と人間の共犯によって破滅し続けています。
二人からも水や食料や馬といった生存手段が
少しずつぽろぽろと失われていきます。
その間も外は白い光と間断ない強風。
夜は闇。
家の中はランプの光だけ。
父と娘の会話も殆どありません。
しかしぎりぎりのすべては何と美しく描きだされているのでしょう。
貧困という言葉を忘れさせるほど
人間というもののかけがえのない聖なる生存がここにあります。
それは少しずつ脅かされているのですが、
しかし二人の生存は決してみずからを放棄しないのです。
それは世界の破滅に抗うでもなく諦めるでもなくじっと堪えています。
少しずつ確実に破滅に向かっているにもかかわらず。

六日目の昼にふいに闇が訪れます。
風もぴたりと止みます。
世界が完全に息絶えたのでしょうか。
水がなくなったあとで、
ジャガイモは茹でられなくなりかたいまま皿に置かれます。
しかし右手の不自由な父は左手でかぶりつき、
娘は単なる食欲不振のように皿に戻します。
それは少しずつ破滅に向かっている証なのですが、
しかしそれでもかれらは黙々と生存を続ける意志を失いません。
ランプに照らされた彼らは最後の聖家族のように思えます。

破滅へ向かう二人の六日間は、まさに「逆天地創造」の時間と言えます。
しかし私たちの誰もがそのような時間を生きているのだと監督は語ります。
「毎日、我々は同じことの繰り返しと感じているが、実は毎日少しずつ違っている、確実に人生は短くなっています。日々、だんだんと人は弱まり、最後は靜かな孤独と共に終末のときを迎え、消えてゆきます。これは私も皆さんも同じことです。本作はこのような問いかけに触れたかったのです。」

3.11あるいは3.12以後の只中にいる私たちに
これからも生き続けることの裸形の意味を
魂の次元でもたらしてくれる映画です。

2012年6月 6日 (水)

「大阪朝鮮学園支援府民基金(大阪府民基金)立ち上げ集会」のお知らせ

   朝鮮学校への「高校無償化」適用を実現し、大阪府・大阪市などの自治体からの補助金の復活を目指して、224団体・個人の賛同のもと、2012年3月1日に結成された「無償化連絡会・大阪」の呼びかけで、「大阪朝鮮学園支援府民基金(大阪府民基金)」を立ち上げることになりました。
 たくさんの方々のご参加をお願い致します。

     大阪朝鮮学園支援府民基金(大阪府民基金)立ち上げ集会
                                        -朝鮮学校の子どもたちに笑顔を-

日 時: 6月16日(土) 午後7:00~
場 所: クレオ大阪中央 4F セミナーホール
     大阪市天王寺区上汐5-6-25/TEL 06-6770-7200
     地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅1、2番出口から徒歩約3分、「天王寺」から約10分
    http://www.creo-osaka.or.jp/chuou/index.html

内 容:①「大阪府・市の補助金削減の経緯と問題点」
      大阪産業大学教授 藤永壯さん(無償化連絡会・大阪共同代表)
    ②「大阪朝鮮学園支援府民基金について」
      甲南大学教授 高龍秀さん(無償化連絡会・大阪事務局)
     ③ 保護者、支える会、弁護団からの発言
参加費: 500円(場所代、資料代カンパ)

主 催:朝鮮高級学校無償化を求める連絡会・大阪(無償化連絡会・大阪)
問合せ:大阪市北区西天満3-14-16 西天満パークビル3号館 たんぽぽ総合法律事務所 TEL06-6360-0550

■条件はクリア、なのに朝鮮学校のみ無償化除外、大阪府・市は補助金不支給
 朝鮮高級学校(日本の高校に相当)が日本政府による「高校無償化」適用から除外されたまま2年以上がたちました。日本政府は「外交問題を教育問題にからめない」としたにもかかわらず、何度も何度も先のばしにし、今も無償化は実現していません。
 さらに大阪府は、1991年以来支給してきた朝鮮学校への「私立外国人学校振興補助金」を2011年度は支給しないという暴挙を行いました。2010年度に橋下徹(当時)大阪府知事が高級学校に関して2010年度分を不支給とし、2011年度には、初・中・高級学校すべてに対する補助金を停止しました。

■学びの場に深刻な危機
 創立以来60年以上、朝鮮学校には国からの補助は一切なく、教員・保護者・支援者の懸命の努力で厳しい運営をしいられてきました。2009年度に1億2100万円支給されていた、この大阪府振興補助金カットは朝鮮学校という学びの場を深刻な危機に追い詰めるものです。
 大阪市も、橋下市長になった2011年度末に「大阪府振興補助金の交付対象」以外には補助金を出さないと突然交付要綱を変更し、前年度2650万円支出していた補助金を不支給にしました。

■子どもたちに不信とあきらめを与えるのか、それとも信頼と希望を与えるのか
 自らのルーツに誇りをもち、民族の言葉や文化を学び、豊かな人間性を育ててきたのが朝鮮学校です。これらは、日本政府も批准している「子どもの権利条約」や「国際人権規約」「人種差別撤廃条約」などでも保障されていることです。
 また地域での公開授業、日本学校との交流が盛んに行われ、新しい共生のモデル校でもあるのです。そして、朝鮮学校の卒業生は医療福祉や教育・言論・法曹・芸能・スポーツ界ほか、さまざまなジャンルで目覚ましい活躍をしています。
 未来への夢を持ち、これからの時代をになう子どもたちの学びの場を奪うことは許されません。朝鮮学校に学ぶ子どもたちに不信とあきらめを与えるのか、それとも信頼と希望を与えるのか、今私たち大人が問われています。

■一日も早い無償化適用と補助金給付を!
 一日も早い朝鮮高級学校への「高校無償化」適用と大阪府・大阪市補助金支給の実現を求めます。それとともに、困難に直面している大阪朝鮮学園を財政的に支えるために「朝鮮高級学校無償化を求める連絡会・大阪」は「大阪朝鮮学園支援府民基金(略称「大阪府民基金」)を発足することとなりました。金額の多少、個人・団体問わず、各界各層、幅広く、多くの方々のご協力をお願いいたします。

「大阪朝鮮学園支援府民基金」 会則(案)

第1 条(名称)
 本会の名称を、「大阪朝鮮学園支援府民基金」(略称「大阪府民基金」)とする。
第2 条(目的)
 本基金は、日本政府の朝鮮高級学校に対する「高校無償化」不適用と、大阪府・大阪市の学校法人大阪朝鮮学園に対する不当な補助金不支給に抗議し、在日コリアンの民族教育権を支援し大阪朝鮮学園に対する財政的支援を行うために、「朝鮮高級学校無償化を求める連絡会・大阪」(以下「連絡会・大阪」という)の下に設ける。
第3 条(寄付金その他収入)
 1 本基金は、第2条の目的を達成するために、大阪府民および全国各地、海外の市民(民族や国籍など問わず)より寄付金を募る。団体や企業からは広告代などを募る場合がある。
 2 寄付金額は、個人一口1,000 円、団体一口1 万円(複数口も可)とする。
第4 条(賛助金)
 1 本基金の収入は、郵送代などの運営費を除く全額を、大阪朝鮮学園が運営するすべての朝鮮学校への賛助金に当てる。
 2 第1項の規定にかかわらず、収入の1割を限度として、「高校無償化」および大阪府・大阪市補助金関連の裁判費用を支援する場合がある。
第5 条(呼びかけ人と事務局)
 1 本基金に事務局を置く。事務局は呼びかけ人、および第2 条の目的に賛同する者の中から呼びかけ人が推薦する5 ~ 15 人によって構成する。
 2 事務局には互選により、事務局長1 人、会計責任者1人、名簿管理責任者1 人を置く。
 3 本基金に会計監査をおく。会計監査は、連絡会・大阪が推薦した者とする。
 4 一年度を4 月から翌年3 月末までとし、事務局会議を年2 回以上開催して募金活動報告と会計報告を審議し、活動計画と基金の運用計画、会則改正など、本基金の運営体制を定める。
 5 事務局は半年ごとに、募金活動報告と会計報告をまとめた「中間報告書」と「年間報告書および会計監査報告書」を作成し、ホームページなどで報告する。

振込先:ゆうちょ銀行 店名〇九九 当座 0164342  口座名義:大阪朝鮮学園支援府民基金
郵便振替口座記号 00980-6-164342

呼びかけ人(50音順):伊地知紀子(大阪市立大学)、宇野田尚哉(大阪大学)、高龍秀(甲南大学)、蔡徳七(大阪大学)、鄭雅英(立命館大学)、丹羽雅雄(弁護士)、藤永壯(大阪産業大学)、裴光雄(大阪教育大学)、文京洙(立命館大学)、文鐘聲(太成学院大学)

2012年6月 4日 (月)

6月4日京都新聞朝刊 「詩歌の本棚」

6月4日京都新聞朝刊 「詩歌の本棚」

                                  河津聖恵

 辺見庸氏の新刊『死と滅亡のパンセ』所収のエッセイ「『眼の海』をめぐる思索と想念」は、今詩を考える上で興味深い。大震災の衝撃は氏に新たな詩の境地をもたらした。その内的経緯はまさに原初の詩の発生を見るようだ。「出来事に揺さぶられ、わたしの奥底で眠っていたオブジェみたいなものが生き返って噴き出してくるような感じがありました。」「自分でも考えてもいなかったような想念や言葉、シンタックス(構文)が出てきました。また、そうでなければ嘘だということです。」3.11後も社会は「死と滅亡」に眼を背け続ける。だからこそ詩は、言葉が負う傷口から、破滅の「光景」を見つめる方途を模索すべきなのだ。
 有吉篤夫 『細流』(洛西書院)は、庭や部屋の内部や故郷の風景といった何気ない「光景」を、記憶と現在の往還によって揺らがせつつ描く。それが単なる描写に終わらないのは、主体である「私」が「光景」の内部にいないからだ。「私」は詩の外側に消え、内側に「言葉の意識」がはりつめる。「光景」は日常を装いながらも、不穏なエネルギーを静かに溜めていく。
「圧倒的な蟹がいる/石組に嵌込まれている土管に入っていく/列をなして茶色の土管に入っていく/暗い穴の奥で蠢いている//雨上がりの廃寺の水溜りで/沢蟹を見つけた/手にとると/柔らかな甲殻に弱さを覚えた/月日とともに記憶は薄れていくのに/その甲殻の柔らかさは指先に残ったままだ//潮の干満を繰り返す海辺に/蟹がいる/限りない数の蟹は移動する」(「蟹」)
 『藤井雅人詩集』(土曜美術出版販売)は、詩とエッセイのアンソロジー。詩論「詩と祝祭」で藤井氏は、「批判的語り部」たることを「自らに課したい」と書く。その意味は、「まず原初的共同体における語り部につらなる存在としての自己の位置をはっきりさせ、全体感覚という詩の基盤を自覚すること」だ。それは複雑化し、根源を見失った現代詩へのアンチテーゼであるが、その上で氏は、かつて戦争協力詩を生んだ時代のように、詩が原初的感覚に無批判に頼る危険に陥ることを危惧し、自己批判と読者からの批判の双方に鍛えられることを主張する。氏の「人類の祝祭のなかだち」という詩の定義は、今大いに頷くものがある。作品に「歌」や「祈り」が散見するのも、氏の詩観と深く関わるだろう。
「在らせてください 平安のなかに と/ことばが洩れでる瞬間に/それはむなしい抜け殻だろう/おまえは竦んで ひからびた反響を聴くだろう/堂の空虚に ことばが消えゆく時を耐えながら//ゆらぎながら おまえは待ちうけている/ことばでないことばが おまえに満ちる一瞬を/その時 おまえのすべての臓腑はつかみとられ/旅だつのだろう 非有のことばとともに/空の涯をさして」(「祈りの場」)
  真田かずこ『奥琵琶湖の細波(さざなみ)』(コールサック社)は、五年前に憧れの琵琶湖に念願の定住を果たした著者の、湖へのオマージュ。「私はこの地へ『来た者』ではなく、『戻ってきた者』のような気がしてならない。」(「あとがきに代えて」)その回帰の喜びが、詩に音律やリフレインの波を呼び起こした。詩を書くことで、湖は著者の蘇生の「光景」となった。
「ただただ 湖を眺めて暮らすことは可能だろうか/夜明けまえ 漁舟が静かに視界を横切っていくのを/お日様の黄金の道が 湖面を走ってやってくるのを/水辺の柳はみどりに霞み 桜の花びらが波形にただようのを 」(「奥琵琶湖」)

2012年6月 2日 (土)

本日オープン!「朝鮮学校の正しく新鮮な情報をお届けするウリハッキョon the web」

本日、新しいサイトがオープンしました。
「朝鮮学校の正しく新鮮な情報をお届けするウリハッキョon the web」http://urhk.jp/
私も下記のような応援メッセージを寄せました。
多くの方々に是非見てほしいと思います!

応援メッセージ
自分の未知の力を信じて頑張ってほしい
2007年、「文藝春秋」に書いた「プロメテウス」という、戦時下に虐殺された詩人尹東柱へのオマージュ詩が、2009年に「朝鮮新報」に取りあげられました。
それがきっかけで、知り合った京都の朝鮮学校出身者に、同年12月に同校のクラブ活動の見学に連れていってもらったのが、朝鮮学校との交流の始まりです。
2010年2月には授業風景も見学させて頂きました。
その直後、朝鮮学校の無償化除外の問題が浮上しました。
同校を取り巻く言葉の暴力に対して私は大いに危機感を抱きましたが、同じ気持でいた詩人たちと共に、同年3月には除外反対のアピール、4月にはリーフレット、また8月には『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』を出しました。
その後は京都、広島、東京、東北など各地の朝鮮学校を会場にして、あるいは学校の協力のもとに、朗読会を行っています。
その時々において朝鮮学校の魅力を発見しているように思います。
初めてクラブ活動を見た時は、民族舞踊部の少女たちのひたむきに舞う姿と、リーダーの大人びたまなざしに驚き、心を揺さぶられました。
また、授業風景では、先生たちがどれほど生徒達を思いやっているのかが、声とまなざしからひしひしと伝わってきました。
生徒たちの背中から、それぞれの思いを抱いてここで学んでいるのだと感じ取れました。
私は朝鮮語が分からず、すべての印象は直感的なものでしたが、その後交流を深める中で、自分の直感が間違っていなかったことを実感しています。

朝鮮学校に通う学生たちへメッセージをお願いします。
多くの人々の思いに支えられた学び舎があなたに与えた生きる力は、人生のどんな時にでもあなたを支えてくれるでしょう。
自分の未知の力を信じて頑張ってほしいです。
そしてあなたの新しい力で、在日コリアンの人々だけでなく、日本人にも少なからず存在する良識と真実を求める人々をもどうか励まして下さい。
言葉によって、対話によって、そして知恵を出し合って、この社会をより善きものにしていきましょう。
出会いと触発の喜びをもって。

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