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2014年4月

2014年4月10日 (木)

4月7日付京都新聞朝刊・詩歌の本棚/新刊評

4月7日付京都新聞朝刊・詩歌の本棚/新刊評

「ひとつのどよめき――いま/真実そのものが、人間どものなかに/歩みいった、/暗喩たちのふぶきの/さなかに」。飯吉光夫『パウル・ツェラン―ことばの光跡』で紹介された詩「ひとつのどよめき」全文。飯吉氏はツェランのこの詩に「大震災のような災害時の教訓」を読み取る。たしかに未曾有の破壊は、「言葉によって築かれる空中楼閣のような詩の世界」を吹き飛ばした。「暗喩たちのふぶき」は続く。三度目の「その日」を越えた今、詩はどのような新たな世界と生を見いだそうとしているか。
 手塚敦史『おやすみ前の、詩篇』(ふらんす堂)に満ちるのは、世界が揮発した後に残ったひんやりとした薄明だ。そこで言葉は線となっては撓み折れ、あるいは粒子となり意味を透き通らせて翳らせる。テーマや「言いたいこと」は、世界や「私」の終焉というより、内的感覚に従い粒子のように動く言葉が生み出す、懐かしくも危うい気配そのものだ。作者はじつは、書く行為自体でラジカルな世界観をおのずと宣言している。言葉とは極小な私であり、私は極小である言葉なのだ、と。巻頭の呼びかけも、言葉という極小へ、極小の私へ帰れ、と命じるように響く。
「ムクドリはその巣へ帰れ。//電光掲示板の文字や、フロントガラスに滲む冬光がいそがせる実像は、無傷なひかりを/ガーベラの花が似合う女の子に差し出し、虚をむすんでいく/冬木立/そのコルネットの完結した調べを窓の半面の傷みとする屈折点から、いま明るく裂開し、あなたは呼ばれている。//ムクドリは、/ムクドリはその巣へ帰れ。」(「99」)
 大谷良太『Collected Poems 2000-2009』(私家版)は、既刊詩集からの詩選集。ここにも空っぽの冷蔵庫のように明るく閉塞した気配が拡がる。作者は無為の旅人として現在だけを観察し感覚する。過去も未来もなく、私は世界と崩壊を競うかのようだ。他者との「冬の連帯」も革命へのノスタルジーも、もはや空耳のような幻想である。だが絶望を丁寧に確認しながら、言葉は詩になろうと向き直る。孤独の荒れた谷底から極小の私がなお他者を求める。最後には粒子となって砕け散りつつ。
「神がいるならば、私は神に願おう。私の死後も、きみに幸いのあらんことを。右眼を射抜かれたきみが尚も嘲笑っている。私もまたくくくと笑う。なかなかいいゲームだったじゃないか。氷雨は降り注いでいる。私は涸沢に仰向けに横たわっている。鉄路を貨車が過ぎ、電線がスパークする。なかなかいいゲームだったじゃないか。オー、オー。きみの隣に、光もまた在る。森林の呼吸。内なる敵をこそ攻めよ。私は襤褸のように…否、私は最早冷たく濡れた襤褸なのだ。鉄路に、夢が散っていた。翡翠色の夢が…。」(「襤褸」)
 内田るみ『赤い靴』(土曜美術社出版販売)は、壊れた生の破片を踏みつつ生き直す素足の、痛みと歓びを伝える。崩壊したのは「世界」ではなく「生」。だから作者は身体を手放さずに蘇生をうたう。たとえ足先だけの、孤独な痛みを伴う蘇生だとしても、それはたしかに秘めやかな誕生だ。
「生きることが/破片になって/これから歩いていく道に/散らばってしまった//これまでは/この硝子に守られて生きてきたのに/(中略)/けれど/上を向いて/これから/暖かな太陽の方へ向かうならば/これから/雨を降らせる雲も呼ばないならば//道に散らばった/鋭い硝子も溶け始めて//破片は足を守る/誰よりも/透明で/真っ赤な靴になり始める!」(「靴」))

2014年4月 4日 (金)

5月3日に「奪われた野にも春は来るか 鄭周河写真展」のオープニングトークに参加します

5月3日に「奪われた野にも春は来るか 鄭周河写真展」のオープニングトークに参加します。

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この写真展のタイトルは李相和の詩「奪われた野にも春は来るか」からとられたものです。
その詩で表現された
植民地主義下の朝鮮の野と、
原発事故によって奪われた現在のフクシマの野。
それらは安易には重ね合わせられません。
二つの痛みは異なります。
むしろ背反するものでしょう。
日本の政府と企業と消費者の「帝国主義的」欲望によって
結果として引き起こされた原発事故の痛みと
日本帝国主義の暴力が朝鮮半島の人々に加えた痛み。
後者によって前者を比喩することは論理的にも倫理的にも難しいでしょう。

けれど両者をつなぐものは本当にないのでしょうか。

美しくもどこか不安をかき立てる鄭さんのフクシマの写真は
見る者の内奥に隠されていた痛みを
静かに白々とした光にさらしていきます。
そこには言葉もなく
廃墟と化しつつある自然や事物だけが何かを語っています。
それらは
人間がいまだ人間自身を傷付け続けているという真実を静かに突きつけてきます。
今刻々細胞という野が傷つけられているという真実を。

朝鮮の痛みとフクシマの痛みを
人の魂の痛みにおいてつなげ、通底させる表現は可能でしょうか。
私たちに隠され
私たちがみずから隠そうとしてきた痛みを
美しさによって誘いだし感覚させる詩とはどのようなものでしょうか。
今詩を書く者として
そんな詩的な問いかけをも携えてトークにのぞもうと思います。
鄭さん、徐さんの言葉に導かれ誘いだされながら
事実と詩に対して不誠実ではない言葉を私なりに語ることかできたら、と。

多くの方々がご参集して下さることを願っております。

立命館大学国際平和ミュージアム「奪われた野にも春は来るか 鄭周河写真展」
会期
2014年5月3日(土)~7月19日(土)

休館日
月曜日(ただし5月5日(月・祝)は開館)、5月6日(火)

時間
9:30~16:30(入館は16:00まで)

会場
立命館大学国際平和ミュージアム 中野記念ホール

参観料
大人400円(350円)、中・高生300円(250円)、小学生200円(150円)
上記( )内は20名以上の団体料金です。※常設展もあわせて見学いただけます。
※国際博物館の日(5月18日)は入場無料です。

主催
立命館大学国際平和ミュージアム

共催
鄭周河写真展実行委員会

協力
立命館大学コリア研究センター

後援

京都府、京都市、京都府教育委員会、京都市教育委員会
京都市内博物館施設連絡協議会、KBS京都、朝日新聞社、京都新聞
毎日新聞社、読売新聞社

関連企画
◎オープニングトーク
日時:5月3日(土)13:30~15:30
場所:展示場内にて
鄭周河(写真家)× 徐京植(作家)× 河津聖恵(詩人)
●通訳あり・当日参観料が必要です。

◎トークセッション
日時:6月7日(土)13:30~15:30
場所:展示場内にて
高橋哲哉(東京大学教授・哲学)× 庵逧由香(立命館大学准教授)× 学生からの発言
●当日参観料が必要です。

2014年4月 2日 (水)

『環』56号 (藤原書店)に「蛇の口から光を奪へ!―立原道造」(「詩獣たち」第13回)を書いています

『環』56号 (藤原書店) に連載「詩獣たち」の第13回として、
「蛇の口から光を奪へ!―立原道造」
を書いています。
(刊行からだいぶたってしまいましたが)

毎回この連載には
時代の危機に抗いながら詩を書いた「獣」たちを
私の共感にもとづいて紹介しています。
今回立原道造を取り上げたのは、
私が詩を書き始めた高校一年の時に
初めて出会って
「詩とは別な時空の入り口である」ことを
自分の心の奥から知らせてくれた詩人だったことを
思い出してのことです。

まだ詩というものがよく分からない15才の私は、
とりわけ「のちのおもひに」という詩にある
次の部分に
どこでもない空虚な時空に吸い込まれるような思いがしました。

――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

「忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには」
とはどのようなことなのか―
詩人自身についてはよく知ることもないまま
この浪漫的な忘却のめくるめくような感じは
解き明かせない謎と生き生きとした魅力として心の奥に残されました。
そして立原の詩に誘い出された
私自身の忘却への欲望(まだ忘却したいほどの何の記憶も経験もない思春期の少女でしたが)。
それが長い時を経て
11年前に出した『アリア、この夜の裸体のために』に収めた
そのタイトルも「今わたしはなにかを忘れてゆく」という詩に
ふいに響き出したのでした。
今回の論を書きながら立原の「忘却」に惹かれた自分についても
考えるよすがを与えられた気がしています。

「「忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには」という一行は恐らく、リルケの「追憶が多くなれば、次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。そして、再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。」(大山定一訳『マルテの手記』)という箇所と共鳴する。この詩の「私」は忘却の主体であり、記憶と「悔い」」(これは詩獣が最も忌避した感情だ)の主体、つまり近代的自我とは対照的な主体である。それは、忘却の果てに現れる絶対的な空虚としての「ふるさと」に溶け込もうとする、いわば「浪漫びと」である。それは満州事変からアジア太平洋戦争へと向かう時代のさなかに、孤絶を選びとった詩獣の「私」のあり方だった。」

この箇所には異論もあるかと思います。
「忘却」とは美しいが無責任なものであり、
「浪漫びと」というあり方は国粋主義をその思想とした「日本浪蔓派」への接近を準備したものではないか―
しかし
小林多喜二よりも11年遅れて生まれた立原の時代の苛酷さと
そこで短い生を予感し詩のためだけに生きようと決意した「詩獣」の生の切実さを
ありのままに想像していきたいと思いました。

戦間期に吹き荒れた時代の暴風雨に抗い
屋根裏部屋から、あるいは避暑地の草むらから
灯された立原の言葉のランプは
今の時代に生きることと書くことをも不思議な舞台のように照らし出してくれると思います。

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