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2015年4月

2015年4月30日 (木)

【告知】5月16日公開討論会「ラクダが針の穴を通るとき」

告知です。
5月16日に京都のキャンパスプラザ京都で
中村純さん、岡島弘子さんと私の三人で
公開座談会「ラクダが針の穴を通るとき─3.11後の時代と女性の言葉」を行います。
司会は一色真理さん、コーディネーターは為平澪さん。

三人それぞれの詩的感受性が、
大震災と原発事故という裂け目を超えてつかみとった詩の可能性とは何か。
いったいどうすれば「ラクダは針の穴を通る」のか。

3,11後、私はむしろ詩にはひとにとって未知の、そして根源的な力があると確信するようになりました。
ひとの最後に残されるのは言葉、そしてうたであると。

今回私は3.11後に書かれた高良留美子さんの詩を
パウル・ツェランの詩論とからませて語りたいと考えています。
多くの方々と対話して新たな詩の可能性を感じ取りたいと思います。

これからの言葉と社会について一緒に考えましょう。

・日時/5月16日(土) 13:30開場 14:00開演(16:30終了予定)
・会場/キャンパスプラザ京都 ホール
・パネラー/岡島弘子(詩人)河津聖恵(詩人)中村 純(詩人)  
司会/一色真理  (総合司会)為平澪 
主催/土曜美術社出版販売「詩と思想」編集委員会 「詩と思想」編集部
・ラクダが針の穴を通るよりも難しいでしょうか? 震災後、核災後の世界で「希望」を語ることは……。閉塞感ただよう時代にひとすじの光を求め、明日へとつながる小さな穴を穿つ、しなやかでやさしい女性詩人の言葉に耳を澄ますひととき。

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2015年4月26日 (日)

4月26日付京都民報/中村純「単独者として花であること―詩獣たち『闇より黒い光のうたを』」

単独者として花であること―詩獣たち『闇より黒い光のうたを』河津聖恵
中村純(詩人)

「詩には、人知れず被った暴力によって傷ついた者たちの呻きがひそむ」。時代が、いのちを押しつぶすものであればこそ、詩で生き延びる希望をつないだ痛々しい詩獣たち。尹東柱、ツェラン、寺山修司、ロルカ、リルケ、石原吉郎、立原道造、ボードレール、ランボー、金子みすゞ、石川啄木、宮沢賢治、小林多喜二、原民喜という、十五人の詩獣=危機を感知し乗り越えるために、根源的な共鳴(うた)の次元で他者を求め、新たな共同性の匂いを嗅ぎ分ける獣―の尊厳と、単独者として花であり続けるあらがいの希望が、本書から立ち上ります。
 魂はなぜ苦しむのか。そして、どう結晶するのか。「尊厳」のため、です。京都にきてから、痛みに満ちた硬質なこのことばは、幾度となく、私の中のあらがいとして日常の中に立ち上がってきました。東日本大震災と原発事故、その後の急速な右傾化。無名の大量な死と棄民に名を取り戻し、花として詩獣として、抵抗すること。 虐殺者や略奪者は責任を逃れ、衆愚のひとりに消えたとしても、歴史を書き換えて名誉を得たとしても、尊厳と生の真実と根源的な信頼―リスペクトを失います。 屠られても、単独者として詩獣であり花であり続けるあらがいには、真実が残ります。詩人としての無償の仕事の意味は、ここにあると思います。京都で、朝鮮学校の無償化除外と、ヘイトスピーチという同時代性にあらがい生きた河津さんが、この四年間をどう生きてこられたか。同時代に、とても近くにいらした河津さんの本書に「尊厳」ということばで共鳴しました。十五人の詩獣と河津さんは、尊厳で結びあっている。私もまた、連なりたいと願います。詩獣は、闇の中からしか見えない傷みを照射し、いのちを悼んでいる。時代が荒々しく波打ち暴走していく中で、見えないものを感受し、孤立した魂同士が共鳴し、単独者として花であることで「あらがい」、外部をおしかえして咲き続けます。    

2015年4月20日 (月)

4月20日付京都新聞「詩歌の本棚・新刊評」

  詩を書く行為は、人のどのような営みにたとえられるのか。夢見る、歌う、泣き笑う――。古来そのような人間的行為は詩と密接に関係している。だが現代詩は、人として生きるために必要な行為がおのずと抑圧されてしまうから、生まれるものでもある。「ひっかく」「刻む」「噛む」に喩える詩人もいた。今詩をテキストを超えて行為として捉え直すことは、新鮮であり必要だろう。
『金堀則夫詩集』(土曜美術社出版販売)は「掘る」。個人詩誌「交野が原」を三十年以上発行し続ける作者は、七夕伝説の発祥地である大阪府交野市に定住しつつ、同地の歴史にロマンをかき立てられ「フィールドワーク詩」を綴ってきた。その過程で姓「金堀」の起源を追究し、農耕と鉄というテーマに行き着き、天の星と地底の鉄が牽き合う壮大な叙事=抒情詩をものした。詩人は詩の鉱脈を求め漆黒の闇を「掘る」。ペン先から微光を放ちながら。
「葦の/広がる古代は 未来へ消えていった/星の輝きも宇宙へ帰っていった/星田の地に/その根が生きていたことを/知っていますか/葦の根に/褐色鉱が出来るのを/葦の豊かさは/鉄の豊かさ/稲作の始まる/弥生は/鉄分を吸い上げる稲穂に/星が/土と水の実を結んで黄金を輝かせる」(「豊葦原」)
 たかぎたかよし『路傍 scene』(霧工房)は、「身じろぐ」。詩集の主体は、各所で立ち現れる「人」だ。草や木と混然としながら、「人」以外何者でもない身じろぎをする「人」。それは「心」の顕現だ。心そのものとして淡く繊細に描かれる「人」は、時に首を傾げ、反り、頷く。それは作者が詩へと放心する一瞬の「身じろぎ」でもある。
「棘きりりと/花点々と白く/天上に//倒錯かしら/ええ 野の径なかです/人でしかないですね 私は//ぺきぺき 狼藉 いいえ/地の茨折りしだいて//今日 人心の/私です」(「野茨を抜けてゆく」)
岩井洋『地下水道』(竹林館)は「聞く」。作者は長年下水道の仕事に携わってきた。詩集のタイトルは、ワルシャワ蜂起の悲惨な結末を描いた映画から取られた。虚実が入り交じり、下水道というモチーフから必然的に社会への風刺や批判も生まれる。だが刮目すべきは、そこで働く者だけが感受する抒情だ。詩人はかすかな水音を命の音として、そして光としてさえ聞く。深夜、耳にした美しい旋律の正体は――。
「本当のことを言うと/蛇口からは、ひとしずく/水がふくらんでは/落ちていただけだったのに、ね//やがて、朝になると/光のしずくが部屋に満ち//そこには/君のきりりと美しい姿が/映し出され//流れる水とともに/生きる力があふれ出てきて//君と僕の一日は/きっと、そのように始まる/きっと、そのように――」(「小夜曲(セレナード)」)
 楡久子『明日への体操』(詩遊社)は「結ぶ」。作者にとって詩とは、現実と非現実の契りを結ぶことである。しかしそれは梢に結ばれた和紙のようにゆるい。そのゆるさが、比喩やリズムや発想の自由へと豊かにつながっている。
「詩歌と契りを結んだんだ/あの木の上の/高いところに/白い和紙が/結んであるだろ/あれだよ//熱い夏の風が吹いても/雨にも/鳥が来て啄んでも/ほどけていないから/まだ大丈夫/花が咲いて/葉が出て/しらずゆるんで/結びがほどけても/泣かない/鳥が嘴の先をぬぐうのに/使ってくれたのなら/それで/よしとしておく//詩歌小僧は/傘をふりふり/そう話して/林の奥へかえっていったよ」(「誰にもいわない」全文)

2015年4月19日 (日)

『闇より黒い光のうたを』書評(東京新聞、朝日新聞)

4/19付東京新聞の「新刊案内」で拙著『闇より黒い光のうたを』(藤原書店)が紹介されました。大変的確な内容でした。「詩の力」という言葉が嬉しいです。

「ツェラン、ボードレール、石原吉郎、原民喜…。近現代に活躍した内外の詩人十五人の作品の魅力と、時代や人生の危機に直面した詩人像を紹介し、彼らの詩の力を考察した論集。詩とは本能的な危機意識に関わるものであり、すぐれた詩人とは時代の闇に牙をむ〈詩獣〉のような存在なのだという。詩人の内面に潜む獣性という視覚から、言葉と人間存在を照射する。」

なお、4/5には朝日新聞でインタビュー「著者に会いたい」で紹介されました。

2015年4月18日 (土)

鴨川の源流地、岩屋山志命院を訪れました

京都・雲ケ畑の、岩屋山志明院を訪れました。
二年くらい前に新聞で、ここに小さな岩屋に鴨川の源流地があり、祈祷されていると知り、ずっと行ってみたいと思っていた場所です。

北山杉がうっそうと茂る雲ヶ畑の最奥地でした。
時に忘れられた、というより、自然も集落の雰囲気も、
時が濃厚にいきづいていると思える場所でした。

門前に美しい花が咲いていました。

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有名なシャクナゲも、赤い蕾を覗かせていました。

役行者がひらいた古えのままの、古色蒼然とした苔むした石段や石仏。
あるいは水の神のオーラをまとう龍の像。
歌舞伎で有名な「鳴神」も祀られていました。
「鳴神」を演じる役者は必ずここを訪れるとか。

源流は、山の上にある岩屋の中に、滴っていました。
闇に響く水滴の清らかな音に心を洗われ、静かな感動の念を覚えました。

敷地内は写真禁止でした。
写真は外にあるものばかりです。

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和尚さんは、ダム建設から鴨川を守った方でもあるとのことです。
『ダムと和尚』という興味深い記録集も置いてありました。
上田正昭さんや梅原猛さんたちも共闘したんですね。
鴨川の水源はまさに京都のいのちの源。ありがたいことです。

雲ヶ畑の集落の民家には「憲法9条を守ろう!」の大きな看板が掲げてあって、ちょっと胸を打たれました。
絶対鴨川を汚すまいと、かつては火葬も遠くで行い、今も合成洗剤は使わず油は流さない。

この地の人々の水への畏敬の念と平和への祈願は、深くつながっているのでしょう。
市中心部の有名寺社にはなかなかない、自然の神々への純粋な心を感じました。

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