« 2015年7月 | メイン | 2015年9月 »

2015年8月

2015年8月28日 (金)

「詩と思想」9月号に公開座談会「ラクダが針の穴を通るとき―3.11後の時代と女性の言葉」が掲載されました

「詩と思想」9月号に、5月16日にキャンパスプラザ京都で行われた、
公開座談会「ラクダが針の穴を通るとき―3.11後の時代と女性の言葉」
の内容が掲載されています。

原発事故後、
この国では美しい自然と社会の構造と人の心に、
無数の針の穴が空きました。
無痛でありながら一度自覚すれば、
それは胸を永遠のようにつらぬきつづける。
今もさらに針はふえ、無慈悲さと鋭さをましている。
何ができるのか。
痛みについて語り合い、痛みをとおして連帯するしかないのだと思います。

このトークからもう三ヶ月以上の時が経ちました。
もう遙かな過去のような気もしますが、
こうして活字となったものを読むと
あらためてあの時の時空が明滅します。
三人のパネリストと五十名強の参加者は
たしかにひととき、
人間と言葉の尊厳をないがしろにしてやまないこの国の片隅で、
言葉という存在を信じてかたりあったのです。

私自身はこの座談会のなかで、
「声の道」という希望のタームを見出しました。
それが岡島さんに引き継がれ、中村さんにも響いていく展開となっています。

多くの方々にぜひ読んで頂きたいと思います。

Img_25561


Img_25591

2015年8月 3日 (月)

『奪われた野にも春は来るか 鄭周河写真展の記録』(高文研)が刊行されました

このたび、
『奪われた野にも春は来るか 鄭周河写真展の記録』(高文研)
が刊行されました。

本書は3.11直後から福島の原発被災地で風景写真を撮り続けた韓国の写真家・鄭周河さんの、
日本各地で開催された写真展でのトークセッションの全記録を収録したものです。

タイトルの「奪われた野にも春は来るか」は、植民地下朝鮮の詩人、李相和の詩から取られました。
鄭さんの写真(口絵に一部掲載)は、植民地となった朝鮮と放射能によって無人になった福島の土地が、オーバーラップする思いで写されています。

それらの写真から触発されて各地で生まれた言葉は、それぞれの固有の時空と五感から語られ、また他者からの問いかけに応答するという姿勢のもとに語られています。この本には従来の議論にはないリアリティと新鮮さがあり、多くの共感の輪を拡げていく可能性があると信じます。

今も進行中の原発事故を、多くの人がみずから忘却しようとしているように思えます。
しかし私たちは今も確実に奪われ続けている。
そのことを否認し続けることによって、さらに奪われていくことになるでしょう。
私たちがしなくてはならないのは、
奪われた他者たちの痛みに想いを馳せることによって、
奪われていく自分の足下の痛みを自覚してそこに向き合い、
その痛みの中から他者へ繋がっていく方途を見出すことではないでしょうか。

この一書は、「苦痛の連帯」は可能か、という問いかけを総がかりで訴えています。
どうか今苦しむ多くのたましいに届きますように。
  
なお私も京都でのトークに参加しています。
その時の発言とこの展覧会に寄せた詩「夏の花」が第6章に収録されています。
アマゾン注文ページ
高文研注文ページ

Img_24732

Img_24741

フォトアルバム

リンク

ウェブページ