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2016年5月

2016年5月 9日 (月)

6.4『パルレシア―震災以後、詩とは何か』出版記念イベントのお知らせ

『パルレシア―震災以後、詩とは何か』出版記念イベント          
         映画上映+河津聖恵の詩とコトバ

日時:6月4日(土)15時~
料金:2000円
場所:つづきの村(奈良市学園朝日町4-4)
定員:30名
問合・申込:0742-48-1076(会場)、kiyoe51803291@kib.biglobe.ne.jp(河津)

【プログラム】
第1部・映画「自然と兆候/四つの詩から」
 (監督・岩崎孝正、2015年山形国際ドキュメンタリー映画祭出品作品)
内容:福島県南相馬市在住の若松丈太郎、河津聖恵らの詩を手がかりにしながら、露口啓二とチョン・ジュハの二人の写真家、また、「プリピャチ」を監督したニコラウス・ゲイハルターの取材に、それぞれ地元の案内役として同行しながら描く、福島と重なり合う言葉(声)と映像―。
※同作のURLもあります

第2部・「新刊『パルレシア―震災以後、詩とは何か』(思潮社)をめぐって」
(話と朗読・河津聖恵、チェロ伴奏・任キョンア、ダンス・飯田あや)

世界が静かにめくれていく
何者かに剥ぎ取られるのではない
おのずからめくれ上がり裏返るのだ
それは焼亡というより
深淵の夏の開花
季節を超えてしまった下方へ
冷たい暗闇を落ちながらひらく
花弁の感覚
                   (「夏の花」より)

「詩の中の言葉が声を求め、声は言葉に目覚まされた。発せらる場所を求めた声は、出口を見つけ、明るく平穏な七十年後の広島の空気に抱きとめられたー。その時放たれた声は、今も私の内部に戻って来ていない。声は通路を探し始めたのだ。新たな言葉と福島/フクシマへ向かう「声の道」を、今この時も一羽の小さな鳥のように探している。」
          (河津聖恵『パルレシア―震災以後、詩とは何か』より)

※当日は同書籍の割引販売も致します。

2016年5月 2日 (月)

2016年5月2日付京都新聞「詩歌の本棚・新刊評」

昨秋神戸で行われた鈴村和成氏の講演記録「ランボー砂漠をゆく」(『イリプス』18号)で砂漠のランボーを知る。二十一歳で詩に別れを告げ、アラビアの砂漠で商人になった詩人ランボー。彼は生活の場としての凄まじい荒野だった砂漠で、多くの手紙を書き残した。晩年はイスラム世界に浸り、臨終にはイスラムの祈りを繰り返した―。ランボーの砂漠(イエメン)は今や危険で渡航出来ない。「ランボーが入って行った世界というのは、今我々が入ることができない世界」なのだ。120年以上の時を経て今、砂漠のランボーが現れる。私達に「世界という砂漠」を突きつけるために。
利岡正人『危うい夢』(ふらんす堂)の「ぼく」は、現在を覆う不可視の砂漠に身体を曝しつつ、覚醒と眠りの間で内外の砂漠化を微細に感じ続ける。脱出は出来ずただ自分から自分を剥離する。光さえ乾き屑となる世界で塵に乗る「ぼく」の、無声は激しい。砂漠と一体化したランボーの遙かな陰画のようだ。
「薄明のさなか/猛禽類の徒競走/感光体を気取って/マスクを装着する忘我/嘴を失くした/ぼくは咳き込む/地下にはもう眠る場所がない/掘り当てたのは眩暈だ/誰よりも速く階段を駆け下りる/まだ終止符はうたれない/光の漏れもない/口は塞がれていた/だが何を希求しているのか/ぼく自身わからない/どこか見覚えのある顔を/追い抜こうとしたそのとき/ガラス扉に激突する/これからは手探りで進むだろう/光を散乱させてしまった」(「薄明のさなか」全文)
 望月逸子『分かれ道』(コールサック社)は、原発事故や戦争によって壊れゆく世界の砂漠で、ひとすじの音楽に耳を澄ませつつ丹念に詩を紡ぐ。各作品の背景には人間のドラマがあるが、暗示にとどまる。平易でありながら絶妙な言葉の所作が、不可視の現実の広がりを読む者に感触させる。言葉の一つ一つが、世界がより良い共同体となるようにという祈りをこめて、丁寧に選択されている。
「帰る故郷のないわたしは/耳の底で起きていることを語った//ようやくあの二楽章が流れだした/今流れている ANDANTE//あなたはフルートを吹くときの首の傾げ方をして/わたしの話に頷いた//太陽の光を浴びて呼吸する若葉を繁らせ/葉の細胞が一斉に紅になるドミノを巻き起こし/余分な言の葉を一切もたず 冬を越し/梢の先まで桜色の樹液を巡らせ 花を咲かせることができたら/また この樹の下で逢いましょう//夕刻の風が河を遡(さかのぼ)るとき/あなたは振り返り 羽衣橋で大きく手を挙げ/まだ通ったことのない道を歩きだした」(「帰るところ」)
 mako nishitani『汚れた部屋』(澪標)は、痛苦の記憶の底で言葉への不信を抱えた女性が、大阪文学学校で言葉そのものの力に気づかされ、闇に点じていった詩の光の星座である。
「あたしのコトバは/まるでダルマみたいに手足をもがれていた/喘息みたいに喘いでいた/でもあの瞬間あたしは飛んだ、と思ったの//そしてどさっとマットに落ちた/夏の朝が/バーの辺りに引っかかってる//白っぽかった空が青に変わった/あたしはそうっとマットから下りると/何度も何度もバンザイをした」(「祝福」)
 田中国男『夏の家』(私家版)は、二十年前故郷で沈潜した一刻一刻から生まれた短詩集。
「ひじき煮るくらい父の里/隷属の骸骨を掘る父の里/どんな思想も詩もいらない/毛むくじゃらの犬になる君」(「父の里」)

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