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2016年6月

2016年6月20日 (月)

6月20日付京都新聞・詩歌の本棚/新刊評

今年は詩人黒田喜夫の生誕九十年に当たる(一九八四年没)。一月には出版社共和国から詩文撰『燃えるキリン』が出た。難解だが今最も学ぶべき詩人の一人だと思う。前衛の手法でプロレタリア詩に新たな可能性を切り拓いたが、その魅力は、現実の重みに耐えかね生まれる幻想のイメージや表現の斬新さにある。「燃えるキリンの話を聴いた/燃えるキリンが欲しかった」という印象的な二行から始まる、ダリの絵から触発された詩「燃えるキリン」。読み返してみると、その幻想の炎の色は、さらにあかあかと今ここにある危機を照らし出すようだ。
 船田崇『鳥籠の木』(書肆侃侃房)は、失意や敗北感という現在的で根源的な感情をベースに、そこからしか見えない幻想を炙り出していく。おとぎ話のような語り口だが、幻想のイメージは危機の陰翳を確かに孕む。
「小径を行くと/縁石の上で/白桃が西日を浴びている//貧者の国の/王女の気高さで/路面に一筋の影が落ちる//緩やかに/傾斜していく/一分一秒の腐敗と/私から/君から失われていく甘い水……//血のように/刺青のように/白い肌を滴り落ちていく悲しみに/私は/悴んだ手を伸ばした」(「白桃全文」)
 塩嵜緑『そらのは』(ふらんす堂)は、古えの日本語の美しさとゆたかさを意識的に用いながら、過去と現在、生と死、自然と自己を交錯させる。梢に「そらのは」がさやぐように、言葉の先端で亡き人々のいのちが蘇る。第2部と第3部は古えの貴人、上人、民衆へのオマージュだが、第1部のテーマは母の死の悲しみだ。前者の境地は恐らく後者の体験をくぐってこそ生まれたのだろう。
「菊の花のうつくしい季節に/母は死者となり//非在の家内(やぬち)に//一日前は言葉を交わした/二日前はみかんを食べた/その前は/その前は前は/などと」
「花がその命を終えて/花弁を散らすときに/途方もない力を生むものかと/思いもした//大輪の菊が/自身の重みに耐えながら/ある日 とつぜんに/その太い立派な茎の向きをかえて/ぐらりと/花首をまわす//菊は/どのように/飛んだのだろうか」(「菊がとぶ」)
 手塚敦史『1981』(ふらんす堂)は、固有の文法と文脈で言葉の破線を紡いでいく。きれぎれの詩の吐息は、現実に繋がれつつ明滅する幻想の、明滅そのものを伝える。ただ何らかの形で方法論を示す必要はあるように思う。
「いまは一房のぶどうが/皿の上のしずくを、数えている/空にのぼり気づかれないほど毎日の/些細な/あけくれに、かけることばも/持ち合わせず/雲影のコーラスに混ざる/その脈を浮かべた/あかむらさきの生物たちとともに/ゆっくりと進み/もはや他者が合いに来ることもない場所で/ずっと視線を、ダンスフロアの/自由な、映像の彼らの/吹き消されそうな、/日々へ、灼き付けている」(「ふたりのどこか」)
 荒木時彦『要素』(私家版)は、一人の男を探して旅をするという物語を、感情や情緒の表現を排しミニマルに描いた散文詩集。同じ内容を少しだけずらし淡々と反復する、抽象的なアートとしての詩世界である。これも幻想の乾いた描き方なのだろう。
「私は一人の男を探していた。その男は、街の電信柱に、自分で作ったステッカーを貼っていた。そのステッカーは、ダブルダガーに装飾を施したデザインだった。それが何を意味するのか、様々な憶測があったが、確からしいものは一つもなかった。」(「001」)

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